表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第四章 風雲、大阪城

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

38/55

第30話 ハリケーン襲来




「最近、秀頼様と風呂に入るたび、ぐるんぐるんをやらされます」

「へっ!?」



 今日も秀頼と昼食を共にし、淀の方を軽くからかって笑い合った帰り道のことだった。


 秀頼の側近であり、同時に淀の方にも仕える大野治長が、俺を呼び止めた。

 『少し来ていただきたい』と告げられたので従ったところ、思いのほか長い道のりを歩かされることになった。


 辿り着いた先は、豊臣家の財が積まれた金蔵の一つ。


 無数の千両箱が整然と積まれ、重苦しい静けさが漂っている。

 重い出入り口の扉が閉まると、たちまち闇が押し寄せた。


 光と呼べるものは、天井近くに設けられた小さな換気窓から差し込むわずかな明かりのみ。

 大野治長は右手に持った灯明皿の小さな炎で、その暗がりをぼんやりと照らしていた。



「これのことです」



 こんな場所までわざわざ連れてきたのだから、よほど人に聞かれたくない話なのだろう。

 そう思った矢先、立ち止まった大野治長がこちらに振り返り、腰を軸に二度三度と円を描くように動かした。


 その独特な動きに、俺は大野治長の意図をすぐに悟った。

 大阪城に凱旋した折、俺が秀頼を笑わせるために披露した、あの『嵐を呼ぶ』宴会芸だ。


 二枚目の大野治長が、真面目な顔で『嵐を呼ぶ』と、ギャップが凄い。

 これが風呂場で全裸だったなら、嵐どころか、ハリケーンである。


「あーー……。気に入っちゃったんだね」

「はい、とても」

「……って、うおっ!?」



 俺は必死で笑みを噛み殺した。

 だが、大野治長がおもむろに灯明皿を床に置き、そのまま土下座をした瞬間、息が詰まった。



「小早川様、お願いがあります!」

「お、おう……。」

「秀頼様の父親になっていただきたい!」

「……な、何だって?」



 そのお願いの内容が、あまりにも意味不明だった。

 俺は目を丸くし、思わず何度もパチパチと瞬きを繰り返した。



「最近の秀頼様は、よく笑います!

 私たちでは、あんな子供らしい無邪気な笑みを引き出すことなど、ついぞ叶いませんでした!」


「しかし、あなたは違った!

 小早川様は『うつけ』を解かれて以来、瞬く間に秀頼様の心をお掴みになられたのです!」


「最初は戸惑いました。……反発心もあったでしょう。

 秀頼様を相撲に誘うなど、茶々様が怒るのは目に見えていましたから……。」


「ですが、日を重ねてゆくうちに、秀頼様が小早川様の来訪を待ちわびている姿を目にし……。

 特に先日の論功行賞での様子を見て、あれこそが秀頼様の本当の姿だと確信したのです!」


「お願いします!

 秀頼様の父親になってください!」



 俺は頭の中が真っ白になった。

 まさか、こんなお願いが飛んでくるとは、想像すらしていなかった。


 とりあえず、大野治長だけが土下座しているのは気が引けたので、俺もその場に正座した。


 大野治長が呼んでいる『茶々』とは、尊称である『淀の方』の名前だ。

 二人は乳姉弟であり、生まれた時からずっと一緒に育ってきた間柄である。


 恐らく、興奮のあまり尊称を忘れてしまったのだろう。


 しかし、無理もない。

 大野治長は敢えて口にはしていないが、その意図を要約すれば、『淀の方と結婚してください』ということだ。


 正直なところ、心は大きく揺れた。

 別人だと分かっていても、俺は淀の方に、初恋で憧れ、叶わずに終わった『姉ちゃん』の面影を見てしまう。


 しかも、それは日を追うごとに増すばかりだった。



「いや……。言っている意味、分かってる?」

「無論です!」

「今のままでいいんじゃね? 

 出来るだけ会いに来るからさ。……というか、秀頼様に毎日会いに来ているよ?」



 だが、駄目だ。


 日本史のみならず、世界には、権力者の死後、その妻や愛妾を娶った例は数多く存在する。

 そう、権力を継いだ者が、自らの基盤を固めるためにだ。


 もし、俺が豊臣秀吉の側室であった淀の方と結ばれたら、世間は必ず、俺が豊臣家を乗っ取ろうとしていると勘違いするだろう。


 それだけは、絶対に避けなければならない。

 俺が貫くのは『格好いい小早川秀秋』である。

 決して『裏切り者の小早川秀秋』にはならない。


 そのために、俺は今日まで、ひたすら走り続けてきたのだから。


 それに、俺には古満と雪がいる。

 その二人に、どう説明したらいいのか分からない。


 せっかく古満との問題が解決し、雪も側室として認められ、二人の仲も良好だ。

 順調に物事が進んでいるところに、波風は立てたくない。



「本当の目的は、茶々様ですよね?」

「……えっ!?」



 しかし、隠していたはずの想いを、大野治長は見破っていた。

 頭を伏せたまま告げられたその言葉に、俺は思わず目を大きく見開いた。



「私はこの耳でしかと聞きました。

 秀頼様が相撲をとり、激怒した茶々様が小早川様にやり込められて逃げたとき、小早川様が『可愛い』と漏らしたのを……。」

「え、ええっと、その……。き、聞き間違いじゃない?」



 加速する早鐘のような胸の鼓動。

 それを押さえつけるように腕を組み、俺は顔を背けながらとぼけた。

 残念ながら、声の震えは隠せなかったが、認めるわけにはいかなかった。



「なるほど……。誠意を見せろということですね。わかりました」

「うん? ……うん?」



 すると、大野治長は大きく息を吐いた。

 ゆっくりと頭を上げ、真剣な眼差しで俺の瞳を覗き込んでくる。



「小早川様も一度は耳にしたことがあるはずです。

 私が茶々様と不義密通をしているという噂を……。」

「ま、待てっ!」



 俺は慌てて顔を正面に戻し、右の掌を突き出した。



 こいつは今から、豊臣家の闇を話そうとしている。

 俺が知る後世の歴史家ですら、真実を追い求めながら解き明かせなかった豊臣家の謎を、今、明かそうとしているのだ。


 戦国時代好きの一人として、それを知りたくないわけではない。


 いや、正直に言えば知りたかった。

 だが、今の俺の立場を考えれば、聞きたくもなかった。


 それを聞いたが最後、後戻りできない気がしたからだ。



「いいえ、待ちません。

 秀頼様の父親になってもらうためなら、私は私の秘密を明かしましょう」

「やべぇ……。完璧にキマっちゃってるよ」



 しかし、大野治長の眼差しは力強く、すでに覚悟を決めた者のものだった。

 俺は唾をゴクリと飲み込み、ここまでホイホイついてきた自分を呪った。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ