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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第三章 決戦、岡崎城

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幕 間 胸のつかえ



 浜松城下の屋敷の縁側。

 朝食前の手持ち無沙汰に始めた、日課の薬草調合。


 あぐらをかいたまま、徳川家康はふと沈んだ色の空を仰ぎ、呟いた。



「……降ってきそうだな」



 鉄製の舟形の皿『薬研』に、家康は干した薬草をそっと盛った。

 軸の付いた車輪状の挽き具『薬研車』を転がし、静かな廊下にゴロッ、ゴロッと擦り合う音が響く。


 今年、徳川家康は57歳を数える。


 戦国の寵児、織田信長は本能寺の変で斃れ、享年49歳。

 その後を継いだ豊臣秀吉も、天下をほぼ手中に収めながら、病で急速に衰え、61歳でこの世を去った。


 二人の例を挙げるまでもなく、近代に入るまで、『人生五十年』と謳われた時代である。

 評定の間に居並ぶ家臣たちを見渡すたび、家康は己の高齢を痛感せざるを得なかった。



「昨日のうなぎは効きすぎたな……。」


 昨夜の夕食は、うなぎの蒲焼だった。

 浜松名物の旬の味を楽しんでもらい、気落ちする家康を少しでも元気づけようとする、家臣たちの心尽くしである。


 徳川家康は幼少期を浜松城がある遠江の隣、駿河で過ごし、うなぎに親しんできた。

 そのため、家臣たちの心尽くしにもすぐ気づいた。


 だから、日頃は質素を心がけ、豪華な食事を拒んでいても、昨夜は無下にはできなかった。

 家康は笑顔と共に労いの言葉をかけ、箸をつけた。


 しかし、老いた身体には、旬のうなぎの脂身は堪えた。

 お残しは言語道断と常々考えているため、半分食べて一度箸を止めたが、再び進めてすべて平らげた。


 食後は、家臣たちに力こぶを作ってみせ、改めて労いの言葉を添えた。



「まだだ……。まだ、あんな若造に負けてたまるものか」



 だが、満腹感以上のうんざり感が、ひどくのしかかった。

 動くのも億劫で、風呂に入れなかった。


 用意された風呂を断り、早々に床についたが、吐き気に目を覚まし、深夜に飛び起きた。

 原因がうなぎと分かっていたため、その場で戻しそうになるのを必死にこらえ、厠に小走りで急いだ。


 おかげで、元気づけるはずのうなぎが逆効果だったことは、家臣たちには知られていない。


 しかし、今度は酷い胃もたれを感じ、なかなか寝付けない。

 口と喉を水で洗ったが、たびたび起こる胃液の逆流で口の中はすっぱく、喉はいがらっぽい感覚が残った。



「……これで少しは胃も休まるだろう」



 そんな浅い眠りを重ね、今朝の家康は少し寝不足だった。

 朝食は粥と梅干しだけでよいと伝え、今は胃腸薬を調合していた。



「んっ!?」



 ふと、薬研車の音に混じって、誰かが廊下を歩く足音が聞こえた。

 家康は薬研から顔を上げ、近づく足音のする廊下の先をじっと見つめた。



「……康政か」



 現れたのは、徳川家の重臣中の重臣『榊原康政』であった。


 関ヶ原の戦いを前に、徳川家康の嫡子『徳川秀忠』は中山道を進み、徳川家の別働隊を率いていた。

 だが、信濃の上田城で大幅な足止めを受ける。3万5千を超える兵力が関ヶ原の戦いに間に合わない大失態を招いた。


 当然、家康は大激怒した。

 平服して謝罪する徳川秀忠は『お前の顔など見たくない!』と扇子を投げつけられ、浜松城に入ることを許さず、浜松城と岡崎城の間にある吉田城の守りを命じられている。


 その徳川秀忠を補佐していたのが、榊原康政である。


 吉田城にいるはずの榊原康政が、ここにいる。

 それだけで、家康は訪目的を悟った。



「朝早くに失礼いたします。岡崎城が落ちました」

「そうか……。」



 薬研に視線を落として、薬研車を転がす。

 静寂を取り戻した廊下にゴロッ、ゴロッと擦り合う音が響いた。




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