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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第二章 打倒、徳川

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第11話 春は桜、天下は二合半




「ああ、その通りだ。今まで騙していたことは謝るよ」



 小早川秀秋といえば、酒。

 そんなイメージを、ここで少し壊しておきたい。



「でもさ、これが意外と面白くてな。

 当時の俺なんて、まだ子供だったから、警戒されるなんてこともなかった。

 酔ってきたところをちょっと誘導してやれば、これくらい喋っても平気だろうと秘密をペラペラと喋ってくれる。

 だから、もっと上手くやるにはどうすればいいか考えて思いついたのが、『うつけ』ってわけさ」



 やはり、時代が積み重なるということは、技術も積み重なるということだ。

 戦国時代の日本酒は、どこか味に野性味が強く、現代の洗練された味を知る俺にはいまひとつ。というより、そもそも日本酒自体があまり得意じゃない。


 やっぱり酒といえば、俺はストロング系だ。

 仕事の疲れも、ストレスも、すーっと忘れさせてくれるケミカルな風味がたまらない。


 無論、付き合いなら飲む。

 現代では意識も変わってきたが、接待の席で酒が飲めないのは、何だかんだで大きなマイナスになる。営業マンだった俺は、その感覚をよく知っている。



「……あっ、そうだ。今だから言うけど、実は俺、酒ってそんなに好きじゃないんだよね」



 しかし、酒を次から次へと注がれても困る。

 この身体は酒に慣れすぎてかなり強いと自覚しているが、とことん酔いたいと思わない限り、食事をより美味しく楽しむ程度で十分だった。



「な、なんとっ!?」

「こうやって指を喉に突っ込んでさ。厠や庭の隅で、無理やり吐いて戻していたんだよ」



 石田三成が大口をあんぐり開けて驚く。

 その姿に苦笑しながら、俺は右手の中指と人差し指を喉の奥に差し込んで見せた。



「それは……。随分とご苦労なさったのですね」



 大谷吉継は眉をひそめ、目元に深い痛みを滲ませた。

 表情そのものは頭巾に隠れて見えないが、俺に同情していることはよく分かった。


 二人の様子に手応えを感じ、俺は口の中で『よし!』と呟く。

 ここで駄目押しの秀吉マジックを追撃する。これでミッションコンプリートだ。



「……と言っても、秀吉様にはバレていたけどな。

 もう少し上手くやれ、酒を薄める工夫くらいしろと助言されたよ。

 それに、家康が本性を現すその時まで耐えろとも……。俺が小早川になる少し前の話さ」

「あの頃から…。」

「では、小早川隆景殿が秀秋様を『阿呆』と称したのは?」



 新たに出てきた名前『小早川隆景』は、小早川秀秋の義父である。

 軍略と政略の両面に長け、豊臣秀吉からは『日本の西は小早川隆景に任せれば全て安泰』と評されたほどの英才だ。

 豊臣秀吉に仕えつつも、毛利家を第一に生涯を捧げ、その最たる功績が、もともと毛利家に養子入りする予定だった小早川秀秋を引き取ったことにある。



「敵を欺くなら、まず味方から……。そう、孫子の兵法にもあるだろ?

 秀吉様が義父を巻き込み、俺たち三人で信憑性を高めるために作った話さ。

 実際、あの小早川隆景が言うのだから、お前たちも信じて疑わなかっただろ?」



 ここでのポイントは、小早川隆景もまた故人であるという点だ。

 俺が作ったでっちあげの真偽を確かめる術はなく、真実は闇の中にある。



「確かに……。しかし、なぜです?

 なぜ、秀秋様は小早川に……。豊臣の姓を捨てられたのです。豊臣のままであれば……。」



 石田三成は言葉を濁しながら問いかけた。


 秀吉マジックの術中に嵌った者が必ず抱く疑問だ。

 稲葉のおっさんたちも、言葉は違えど同じように問いかけてきた。


 なぜ、栄達を望まないのか。

 なぜ、秀吉の後継者として、関白を目指さないのか。

 今の俺なら、それを望む者もいるだろう。豊臣姓でいるべきだった、と。



「……逆に聞きたい。

 天下を見渡せば、お前の上はそう多くないが……。三成、お前はまだ出世を望むか?」

「いいえ、望みません。

 評価を頂けるのは素直に嬉しいですが、すでに過分な禄を頂いております」



 俺は戦後教育を受けた現代人だ。

 天皇陛下も同じ人間だと知っているし、忠誠心といえば、その誕生日が祝日になっているのを嬉しく感じる程度しか持っていない。


 だが、そんな俺でも畏れ多さは感じている。


 たとえば、たまたま天皇陛下と混雑する電車に乗り合わせ、その隣の席が空いていたとしても、『やった! ラッキー!』とそこに座ったりは絶対にしない。

 出張疲れでどんなに疲労困憊していようが、『これはきっとお忍びに違いない』と見て見ぬふりをしつつ遠くから見守り、天皇陛下がこちらを向いたら即座に視線を逸らす。


 その俺が、天皇陛下の代理人たる『関白』になろうだなんて、絶対にあり得ない。

 小早川秀秋なら違ったのかもしれないが、俺には絶対に無理だ。とても務まらない。



「俺も一緒だよ。もう十分だ。

 道化を演じるのは止めた。だから、政務をきちんとやるようにした。

 だけど、想像していた以上に忙しい。今以上に忙しくなるのは真っ平御免だ。

 だから、三成……。関ヶ原で戦う前にお前と交わしていた約束、あれはもう無しだ」

「しかし……。」



 だから、ここからは嘘偽りのない俺の言葉だ。

 言うまでもなく、現代人云々の話は明かせないので、それらしく語る。



「俺は関白にならない。……なりたくない。

 今の中納言ですら、帝へ返上したいくらいさ。

 春は桜、夏は星、秋は月、冬は雪……。それだけで酒は美味い。

 そう、起きて半畳、寝て一畳、天下獲っても二合半。……俺はそれで十分なんだよ」



 言い切ったところで、爽やかに笑ってみせる。


 完全に決まった。

 何かで読んだ名台詞、人生で一度は言ってみたい言葉を、二つも口にしたのだ。

 心の中で『やだっ! 今の俺、格好良すぎ!』と大喝采を上げ、油断すると達成感でにやけそうな顔を必死に堪える。



「ご立派に……。ご立派になられた!

 秀吉様、見ておられますか! 豊臣は安泰ですぞ!

 秀秋様さえおられれば、鎌倉、室町を上回る天下が! 豊臣千年の国が創れますぞ!」

「秀秋様の深謀遠慮、おみそれいたしました!

 もはや、家康など敵にあらず! その覇道を思うがままに進めてください!

 この身は非才ながらも、秀秋様の天下作りの一助となるため、力の限りを尽くします!」



 しかし、格好良すぎて、効果がありすぎたらしい。

 石田三成と大谷吉継の二人が同時に勢いよく平伏し、声を涙に濡らしながら叫んだその言葉が、とてもまずい。


 俺の気のせいだろうか。

 二人が、まるで俺の天下取りを願っているかのように聞こえたのは。


 豊臣家には、豊臣秀吉の跡を継いだ実子『豊臣秀頼』がいる。

 まだ七歳の幼子であり、それが家康に付け入る隙を与える結果となったが、だからこそ豊臣家の家臣は、豊臣秀頼という旗の下に結束しなければならない。


 それを、豊臣家の重臣である二人が承知していないはずがない。

 耳元でピコーンと音が鳴り、まるで『死亡フラグ』という名の旗が頭の上に立った気がした。



「待ってっ! 待って、待って、ちょっと待ってっ! 待ってっ!

 違くない! 俺、今言ったよね! 忙しくなるのは真っ平御免だって!

 ……穫らないからね? 天下、穫らないよ? 天下を穫るのは秀頼様だからね!」



 慌てて立ち上がり、畳の上に広げた戦場図を大股で跨ぎ、二人の肩を押して頭を上げさせようとするが、石田三成と大谷吉継はなかなか応じてくれなかった。




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