第10話 秀吉マジック
「ふっ…。まるで別人のようか。
そうか、そうか……。フハっ、フハハっ……。」
動揺を必死に押し殺し、かすかな笑みを浮かべる。
もしこの瞬間、目が合ったら絶対に視線が泳いでしまう。
だから目を閉じ、物理的に遮断する。腕を組みながら、ウンウンと頷いた。
これで、石田三成の言葉を冗談として受け流し、まるで自嘲しているかのように見えるはずだ。
忙しい日々の中で、こういう瞬間のために、厠や風呂など一人になれる場所で何度も練習を重ねてきた。
「三成は、俺が元服した歳を覚えているか?」
「もちろんでございます。七歳の時でした」
聞き取り調査を周囲にそれとなく行った結果、やはり小早川秀秋に対する評価は非常に残念なものだった。
稲葉のおっさんでさえ言葉をオブラートに包んでいたが、やはり俺が知る歴史の評価と同じく、まず最初に挙げられたのは酒癖の悪さだった。
真っ昼間、いや午前中から飲み始めることも珍しくなく、酔いが回ると周囲に絡みまくる。
さらに、気に入らないことがあると癇癪を爆発させ、時には嵐が過ぎ去るのをただ待つしかないほど大暴れしたという。
「普通、元服というのは十五歳。早くても十二、三歳だろう。
それを俺は七歳か。……どう考えても早すぎる。無茶が過ぎるだろ?」
「で、ですが……。そ、それには当時の複雑な事情がありまして……。」
当然、そんな酒浸りの日々では、政務がまともにできるはずもない。
そもそも基本的に受け身で、自分から能動的に動かず、何度も急き立てられて初めて行動する。
重要な決断は迷いながらも自ら下すこともあったようだが、その先は家臣たちに丸投げしていたそうだ。
「うん、今ならそれも分かる。
でもさ……。俺、すごく嫌だったんだよね。
あっ!? 元服が嫌だったんじゃないぞ? 一人前だって、接待で酒を飲まされるのがだ」
「まあ、子供が酒を飲まされても、辛いだけですからな」
しかし、一時は豊臣秀吉の後継者候補だった頃に受けた英才教育の賜物か。
月に二、三度ほど気まぐれに酒を控え、夕飯まで政務に励む日があったという。その働きぶりは、まさに名君と称えるに相応しいものだったらしい。
稲葉のおっさん曰く、『殿は、やれば出来る子なのです!』である。
「それが分かっていたなら、止めろよ。
お前、下戸だろ? 辛さを一番分かっているお前が止めないでどうする?」
「い、いや……。そ、それは、その……。ひ、秀吉様が……。」
逆に意外だったのは、刀の造詣が深く、名刀と呼ばれる逸品をいくつも所有している趣味だ。
それも、ただ所有するだけでなく、その刀にふさわしい腕前を身につけるべく、日々真摯に鍛錬を重ねていたという。
腕前についてはお世辞も多く、正確には定かではない。
それでも、稲葉のおっさんたちは、小早川秀秋が油断さえしなければ足軽に倒されるはずがないことを知っていた。
だからこそ、俺が関ヶ原の戦いで行った無謀な一騎駆けも、許されたのではないかと考えている。
「そう、その秀吉様だ」
「……と言いますと?」
「俺が接待はもう嫌だと、酒は飲みたくないと泣きついた時、こう言ったんだ」
しかし、俺と小早川秀秋は、性格も考え方もまったく違う。
共通しているのは、小早川の姓と、若さを取り戻した顔だけだ。違和感を覚えないほうが無理というものだ。
そう、石田三成が『まるで別人のようだ』と言ったように。
関ヶ原の戦い当日は、勝ち戦の高揚感もあって、特に追及してくる者はいなかった。
だが、二日、三日と日が経ち、暇を持て余した俺が小早川秀秋とは正反対に仕事を求め始めると、周囲は違和感を明確に覚え始めた。
そのたびに、矛盾が生じないよう少しずつ練り上げてきた言い訳。それが、この設定というわけだ。
「今は分からなくても良い……。
だが、儂のこの言葉は、心にしかと刻んでおけ。
酒は、人の口を滑らかにする薬だ。
酒を飲めば、どんなに口が堅い者でも、心に秘めたものをポロリと漏らす。
しかも、その者は漏らしたことを覚えていない。
これほど都合の良い薬は他にない。……よいか、酒は飲んでも、飲まれるな。上手く飲むのだ」
豊臣秀吉は稀代の英雄である。
日本史上、農民から関白まで、たった一代で成り上がり、臣位を極めた存在は、後にも先にも豊臣秀吉一人だけだ。
しかも、ここは戦国時代。現代とは違う。
豊臣秀吉の名前は日本史で必ず習うが、その途方もない偉大さはなかなか伝わらず、テストのために覚える名前にしかなっていない。
しかしここでは、二年前に亡くなったばかりで、その鮮度は非常に高い。
ましてや、小早川秀秋は、十二歳になるまで豊臣秀吉の養子だった。
幼い頃は豊臣秀吉の奥さん『北政所』の手で育てられたため、親子でしか知り得ない逸話を持っていても不思議ではない。
それを、あたかも遠い昔を思い出すかのように天井を見上げながら語れば、説得力が生まれる。これぞ、名付けて『秀吉マジック』だ。
「おおっ!? 金言ですな!
酒は飲んでも飲まれるな! 実に素晴らしい!」
懐に戦国時代の携帯筆記用具『矢立』を忍ばせていたのか。
視線を天井から下ろすと、石田三成が自分の着物の袖に、俺の言葉を書き記していた。
さすがは秀吉信者の石田三成と言えるが、その姿に少し引いてしまう。
もしかすると、豊臣秀吉の言葉を集めた独自の語録を作っていそうで、ちょっと怖い。
「まあ、それで……。いつだったかな?
お前の屋敷に秀吉様の使いで壺を届けたのって」
「壺? ……でございますか?」
「そうか……。あの時、酔っ払っていて覚えていないんだな。
ええっと……。名前は何だったかな? ほら、愛染明王の愛を兜の前立てにしている奴!」
「兼続? 直江兼続ですか?」
「そう! 直江兼続だ!
お前が珍しく酒盛りを交わしていてな。
どうして、市松も、虎之助も分かってくれないんだ! 昔は上手くやれたじゃないか!
……ってさ。おいおいと泣きながら愚痴って、直江兼続を随分と困らせていたことがあったんだよ」
「そ、それはお恥ずかしいところを…。」
言うまでもなく、これも作り話だ。
だが、石田三成が下戸であることは誰もが知る事実であり、石田三成と直江兼続が親友同士であることもまた、誰もが知る事実である。
つまり、嘘の中に真実を混ぜて説得力を生ませるテクニックになる。
石田三成の下戸度合いはすでに調査済み。
稲葉のおっさん評によれば、『一口で顔を火照らせ、二口で千鳥足、三口でひっくり返る』とのこと。
大袈裟さを差し引いても、これは酒にかなり弱いと考えて間違いない。
「だけど、そのおかげで、秀吉様が何を言いたかったのかが、ようやく分かったよ」
恐らく、石田三成は一人で過ごしているときには、酒を嗜もうとはしないだろう。
しかし、気心の知れた親友と一緒なら話は別だ。
有史以来、酒は娯楽であり、コミュニケーションの手段でもあるのだから。
事実、周囲は全員それを鵜呑みにし、当の本人も信じ切っている様子を見るに、バレる心配はなさそうだ。
唯一の欠点を挙げるとするなら、嘘のために石田三成を利用し、笑い話ともいえる悪評をばらまいている点で、少し良心が痛むことだろう。
ちなみに、市松は福島正則の、虎之助は加藤清正の幼名を指す。
どちらも石田三成を嫌っており、今回の東西分けでは徳川家康の陣営に加わっている。
石田三成、福島正則、加藤清正の三人は、豊臣秀吉にほぼ同じ時期に仕えており、元服前の小姓時代を共に過ごしている。
そのため、当時は幼名で呼び合っていたはずで、懐かしむときには幼名が自然と出てくるだろうという予想を加えている。
「だって、そうだろ? お前たちの不仲は有名だ。
俺だって、お前たちがいがみ合っている現場を何度も見ている。
もっとも、お前はいつも澄ました顔で相手にしていなかったけどな……。
でも、そのお前が二人の幼名を呼んで泣いている姿を見て、気づかされたよ。
お前は二人と仲直りがしたいんだって……。それが本心なんだってね」
「はははっ……。何が悪かったんでしょうね」
石田三成が視線を伏せ、乾いた笑みを漏らしながら肩を落とす。
研究によって積み重ねられた歴史的事実を知るからこその解き明かしだったが、その漂う哀愁に胸がひどく痛んだ。
実を言うと、嘘を信じ込ませるための作り話はまだ続きがある。
だが、それを語っていいものか、激しく迷う。
この先を話せば、きっと三成をさらに深く傷つけてしまうのが分かっているからだ。
そんな俺の葛藤を見抜いたのか。石田三成の様子を見かねたのか。
しばらく黙って聞き役に徹していた大谷吉継が、静かに口を開く。
「そこまで明かしていただけたのなら、理解に及びました。
つまり、秀秋様は『うつけ』を演じておられたのですね? かの信長公のように」
その言葉こそ、まさに俺が『聞き役』に求めていた、秀吉マジックの要約だった。




