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大逆転、関ヶ原! ~小早川秀秋、難波の夢を露と落とさず~  作者: 浦賀やまみち
第二章 打倒、徳川

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第8話 湯上がり問答




「う~~~ん……。秀元殿は継戦派か」



 燈台の油皿で揺れる明かりが、畳の上を淡く照らしている。

 胡座をかき、腕を組んだまま、前に広げられた戦場図をじっと見つめた。



「はい、関ヶ原では静観に徹したため、どうしても手柄を立てたく思っているのでしょう」

「それに、大阪城の輝元殿からは、叱責の書状が幾度も届いているとか」



 戦場図を挟んで向かい合うように、二人の男が正座している。

 背筋をお手本のようにぴんと伸ばす『石田三成』と、白頭巾の奥から静かに目元だけを覗かせる『大谷吉継』である。


 それは、夕食を終えて、風呂に入っているときの出来事だった。


 屋敷の門を激しく叩く音が響く。

 にわかに屋敷の内が騒がしくなり、足音が廊下を駆け抜けた。

 まさか敵襲かと、俺は褌だけを慌てて締め直し、濡れた身体も拭わぬまま浴場を飛び出した。


 だが、雪の身を案じて駆け出したその先で、跪き頭を垂れていたのは、石田三成と大谷吉継。思いもよらぬ来訪であった。



「……で、宇喜多殿は停戦派?」

「はい、宇喜多殿は関ヶ原で最も苦しい位置におられましたから」

「獅子奮迅の働きではありましたが、その文、消耗も激しく……。」



 二人が持ってきたのは、今後の展望だった。

 東軍との戦いを続けるか、それともここで止めるか。


 俺以外の西軍が集結する鳴海城では、意見が真っ二つに割れており、雰囲気は日に日に悪化しているらしい。

 この岐阜城は西軍の勢力圏内とはいえ、日が暮れるのも顧みず、供回りも連れずに二人だけで馬を走らせてきた事実を考えると、鳴海城は俺が想像する以上にまずい状態なのかもしれない。



「もう駄目じゃね? 肝心の大将と副将がそっぽを向いているんだしさ」



 俺は家康と一時的な和を結び、来るべき未来の決戦に備える派だった。

 あと三日待って、鳴海城から今後の動向に関する具体案が届かなければ、それを提案しようと考えていた。


 継戦は文字通り、家康と戦い続ける案。

 停戦は、二人が持ち込んだ草案によれば、現状を維持し、来春を待って改めて決戦を行うというもの。


 どちらも、俺には頷けない。


 前線の鳴海城と後方の岐阜城では、視点が違うのだろうか。

 あるいは、巨大過ぎる獲物『家康』を追い詰めた逸りから、余裕を失っているのか。

 鳴海城には俺以上に優秀な者が多いにも関わらず、俺ですら思いついた和睦案を持つ人物は、目の前の大谷吉継一人しかいないらしい。



「お待ちください! 秀秋様のご意見をお聞かせください!」



 石田三成は、継戦派の筆頭である。

 大谷吉継が俺の意見に頷くと、石田三成は正座の腰を浮かせ、待ったをかけてきた。


 しかし、先ほど戦場図を広げ、石田三成が鼻息荒く語った継戦案には、あまりにも穴が多かった。

 計画通りに進めば、確かに徳川家を滅ぼせるかもしれないが、現実には絶対に上手くいかない。机上の空論に過ぎなかった。



「じゃあ、前田家が越後、信濃を経て、駿河で合流するって話さ。

 これ、本当に信用できるの? 利長殿は家康寄りだろ? 駿河で向こうに合流されたら最悪だよ?」



 俺は腕を組み、天井をじっと眺める。

 視線を石田三成に戻すと、継戦案の一つ目の欠点を挙げた。



「ご安心を! 前田殿は芳春院様を大阪城へ差し出すという密書を送ってきました!」

「今、芳春院様は江戸にいるだろ?」

「監視が厳しくても、家康が江戸に留まっていない今なら、連れ出すのは容易いと豪語しています!」



 石田三成は嬉々として反論した。

 俺は口の中で『なるほど』と呟き、納得する。どうやら、俺の知る歴史に通じるものがあるらしい。


 豊臣秀吉の死後、その後継となった豊臣秀頼は、当時わずか五歳だった。

 家康は野心を露わにし始め、豊臣秀吉の盟友であった前田利家の死後、強引な言いがかりをつけて前田家に謀反の疑いありと断じた。


 この横暴に対し、前田家を継いだ利長は一戦を交える覚悟を固めるが、母『芳春院』がこれを止める。

 自ら進んで人質となり江戸へ赴き、その決断力と実行力の高さに、家康が逆に焦ったという逸話がある。


 人質としての芳春院の価値は、非常に高い。

 前述の通り、夫の前田利家は豊臣秀吉の盟友であり、前田家の石高は全国五指に入る大大大名である。

 女性として、芳春院以上の人質といえば、豊臣秀吉の妻『北政所』しかいない。


 また、あの前田家さえも恭順したのだからと倣う大名が現れ、家康はその点を高く評価した。

 俺の知る歴史では、関ヶ原の戦いの後、加賀、能登、越中の百万石を安堵し、破格の待遇を与えた。それは幕末まで続いていく。


 つまり、その歴史が保証する追い風は、豊臣家に吹いている。

 芳春院が大阪城入りしたと天下に知れ渡れば、西軍に旗色を変える者が続々と現れるはずだ。


 だが、俺はもう一歩進めたい。

 家康が真っ先に潰すべきと判断した前田家を、このまま放置するわけにはいかない。


 裏切った者が、また裏切り、再び恭順する。

 この大きなマイナス要素を活かし、可能な限りその力を削いでおきたい。



「足りないな……。利長殿に子供は?」

「おりません」

「兄弟は?」

「弟が一人、姉妹はすべて婚姻済みです」

「なら、利長殿は隠居。秀頼様の相談相手として御伽衆になってもらうのはどうだろう?」

「妙案にございますな」

「領地替えは……。うん、落ち着いてからだな」

「はい、今すぐは危険かと」



 そのためには、前田家に今以上の苦悩を抱えてもらう必要があるが、匙加減は難しい。

 それを口に出すと、大谷吉継が石田三成よりも早く応え、重ねて問いかければ、まるで答え合わせのように即答で会話が進む。


 どうやら、大谷吉継は俺と似た腹案を持っているらしい。


 余談だが、石田三成と大谷吉継の二人も、俺の顔見知りだった。


 石田三成は経理部の部長で、会った瞬間、彼が嫌われる理由もなるほどと納得した。

 経理部の部長は実直で不正を許さず、ちょっとでも疑わしい領収書は、『そこまでやる?』と思うほど徹底的に調べ上げる。

 その結果次第で決済を通さず、会社役員であろうと領収書提出者に自己負担を強いるため、上にも下にも嫌われていた。


 しかし、経理部の部長が会社のブラックな部分も許していなかったことを、俺は知っている。

 出張手当や休日出勤手当、残業手当など、そのすべてを給与にきちんと加算していたからこそ、激務に追われながらも、俺は会社を辞めようと思ったことは一度もなかった。


 大谷吉継は白い頭巾を被り、目元だけしか見えなかったが、すぐに誰だか分かった。

 俺に仕事のいろはを教えてくれた先輩だ。常に抜群の成績を挙げるエリート営業マンで、何度も叱られ、何度も褒められたあの声は、忘れようがない。


 珍しい難病を患い、入院後は世界的なウイルスの蔓延で家族以外は面会謝絶だった。

 葬儀でやっと会えると思ったが、お棺は最初から最後まで閉じられたまま。

 本当に先輩が眠っているのかも分からないまま、会社の後輩でしかない俺は、ただ見送ることしかできなかった。


 恐らく、大谷吉継も、顔を他者に見せるのを躊躇う病を患っているのだろう。

 その声を聞いていると、目が自然と潤んでくる。


 だが、ここで泣いたら、明らかにおかしい。

 目を閉じ、右手の親指と人差し指で瞼を揉む。

 しばらく黙るのがポイントだ。傍目には、考え事をしているだけに見える。


 この一週間、懐かしい顔ぶれと何人も出会ったが、その中には故人もいた。

 そこで編み出した技がこれだ。目を開けた際に充血していたり、潤んでいたとしても、違和感を与えない優れ技である。



「そもそも、今回の騒動は家康の上杉仕置きから始まったものです!

 上杉殿は必ず呼応してくれます!

 そうなれば、佐竹殿も腰を上げてくれるはずです!

 両家が加われば、我々は兵力で大きく勝り、家康を東西から挟めます!」



 しかし、長い沈黙に居心地の悪さを感じたのか。

 石田三成が身振り手振りを交えて、熱弁を振るった。



「それもなぁ~……。」



 俺は目を開け、短く溜息を吐く。

 間延びした声で、渋い顔を浮かべながら難色を示した。


 家康を東西から挟み打つ。

 詳細は省くが、これは関ヶ原の戦いにまつわる逸話『直江状』の基本戦略だ。

 この『直江状』の『直江』とは、上杉家当主『上杉景勝』の重臣である『直江兼続』を指しており、石田三成と直江兼続は大親友の間柄である。


 そのため、石田三成は直江兼続を強く信じているのだろう。


 だが、俺は知っている。

 直江兼続の友人で、傾奇者として名高い『前田慶次』の逸話からも、上杉家は今この瞬間も最上家と激しい戦いを繰り広げており、江戸を攻める余裕などないことを。



「まさか、上杉殿と佐竹殿の忠誠をお疑いでっ!?」

「いや、疑ってはいない。問題は伊達と最上だ」

「……むっ!?」

「上杉と佐竹がいるから、伊達と最上は関ヶ原へ来なかった。

 なら、逆もまた然り。伊達と最上がいるから、上杉と佐竹は動けない」

「むむっ!?」

「それに、もうすぐ冬だ。東北はとても雪深い土地と聞く。

 たとえ、兵を動かせたとしても、それに続く兵糧は滞り、士気の低迷は避けられない」

「むむむっ!?」

「なら、商人たちから調達する他はない。

 だが、それを上杉や佐竹に強いるのは酷というものだ。

 出兵を願った豊臣が支払うのが当然の筋だが、果たしてそれだけの蓄えがあるのか?

 なあ、三成……。豊臣の金蔵番であるお前なら分かるだろう? 本当に大丈夫なのか?」

「むっ、むぅ……。」

「もし、現地の村々からの調達を当てにしているのなら……。それは下策だ。

 そんなことをすれば、豊臣は民から見放される。戦に勝ちながらも天下は荒れ、信長公の時代に逆戻りしてしまうぞ?」



 無論、それを語っても理解は得られないが、営業マンだった俺を舐めてかかられては困る。


 プレゼンテーションは営業マンの必須技能だ。

 それらしいことをつらつらと並べて語るのは慣れているし、鍛え上げてもある。



「三成、聞いたか! 秀秋様も私と同じ考えだ! 今すぐ、家康との和睦を図るべきだ!」

「で、ですが、しかし……。い、今、我々は勢いに乗っており……。」



 その反応は両極端だった。


 大谷吉継は、頭巾の奥から覗く目をキラキラと輝かせた。

 上半身ごと石田三成に勢いよく振り向き、頭巾の口元を靡かすほどの荒々しい鼻息をフンスと吐く。


 一方、石田三成は勢いを完全に失い、声もボソボソと小さくなる。

 頭をがっくりと垂れ、その姿は上から下まで、まさにしょぼくれた手本のようだった。



「うん、その通りだ。だから、今は攻めるべきだ」

「「えっ!?」」



 しかし、俺のターンはまだ終わっていない

 俺は口元が歪むのを抑えきれず、悪どい笑みをニヤリと零した。




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