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愛、即、死。――恋した瞬間、君は死ぬ。  作者: 墻寧
第一部「即死能力発覚編」
8/16

第8話 初クエストは、ヌルヌル地獄の予感がする

 冒険者ギルドの掲示板前。

 俺は腕組みをして、羊皮紙の束を睨みつけていた。

 『チーム雑草』の記念すべき初クエスト選びである。


 選択肢は重要だ。

 ドラゴン退治? 論外だ。吊り橋効果で即死する。

 要人護衛? 却下だ。護衛対象(姫とか)に惚れられたら終わる。


「……これだ」


 俺は一枚の依頼書を剥ぎ取った。


『依頼:森の掃除屋さん』

『内容:増えすぎたブルー・スライムの駆除』

『報酬:スライムの核1個につき銅貨5枚』


 完璧だ。

 スライム。最弱のモンスター。

 知能はないし、見た目もただのゼリーだ。これならドラマチックな展開も生まれようがない。

 淡々と作業して、淡々と解散する。俺が求めていた「ドライな職場」がそこにある。


「師匠? そのような低ランクの依頼を?」

 ルミナが不思議そうに覗き込んでくる。


「基礎だ」

 俺はもっともらしく言った。

「どんな達人も、基本を疎かにすれば死ぬ。お前たちのようなエリートこそ、泥臭い作業で心を洗うべきだ」


「……ッ!」

 ルミナが息を呑む。

「驕りを捨てよ、ということですね……。確かに私は、聖騎士の力に自惚れていたかもしれません。承知しました、スライム相手に全力を尽くします!」


「全力は出すな! 森が消し飛ぶ!」


          ◇


 王都近郊の森。

 木漏れ日が差し込む平和な草むらに、プルプルとした青い球体が数匹転がっている。

 ブルー・スライムだ。可愛いもんだ。


「よし、作戦を伝える」

 俺は三人を振り返った。


「俺はここで総指揮を執る(サボる)。お前たちは自由に狩れ。ただし、絶対にカッコいい技は使うな。地味に、事務的に処理しろ」


「了解、ご主人様! 行ってきまーす!」


 ミルミルが最初に飛び出した。

 彼女は短剣を逆手に持ち、目にも止まらぬ速さでスライムを切り裂いていく。


「にゃはっ! ぷにぷにしてて気持ちいいー!」


 続いてルミナ。

「はぁっ! 聖炎突き(セイクリッド・スティンガー)!」

 突き一発でスライムが蒸発した。核まで燃え尽きてるぞ、報酬がゼロになる!


「非効率ね」

 セラフィナが杖を振るう。

凍結フリーズ

 一瞬で周囲のスライムが氷像になり、砕け散った。


 ……強い。強すぎる。

 俺の出番など1ミリもない。

 これなら安全だ。俺は木陰で昼寝でも――


 ボヨヨン!!


 不快な音が響いた。

 見ると、森の奥から巨大な影が現れた。

 通常のスライムの100倍はあるだろうか。色が違う。鮮やかなピンク色だ。


「……あれは?」

 セラフィナが眼鏡を直す。

変異種レアね。『ピーチ・メルティ・スライム』。特徴は、あらゆる繊維を溶かす強力な酸を分泌すること」


「繊維を……溶かす?」


 俺の脳裏に、最悪の想像が走った。

 繊維を溶かす。つまり、服を溶かす。

 服が溶ける。つまり、ポロリがある。

 ポロリがある。つまり――


 『キャッ、恥ずかしい!』

 『俺は見ないようにする(紳士的行動)』

 『まあ、私のために目を背けてくれたのね……ポッ(恋)』

 『即・死』


 ――この黄金パターンだ!!


「逃げろォォォォッ!!」

 俺は叫んだ。

「あれとは戦うな! 戦略的撤退だ! 今すぐにだ!!」


「師匠、何を仰いますか!」

 ルミナが剣を構えた。

「民を脅かす変異種を見逃すなど、騎士の恥! 私が仕留めます!」


「やめろバカ! お前の装備は軽装なんだよ! 防御面積が少ないんだよ!」


 遅かった。

 ルミナは果敢にも巨大スライムに突っ込んだ。

 スライムが体を波打たせ、ピンク色の粘液を噴射する。


 ジュワアアアアッ!


「しまっ……!?」


 ルミナの白銀の胸当てが、粘液を浴びて白煙を上げた。

 金属は無事だが、それを固定していた革ベルトが溶け落ちる。

 カシャン、と音を立てて鎧がズレた。

 その下にある薄い布地が露わになり、さらに粘液が浸透していく。


「あ……あぅ……」


 ルミナが顔を赤らめてうずくまる。

 服が透けている。肌色が……見えるか見えないかの瀬戸際!


【警告。ルミナ・フレアハート、羞恥心による心拍上昇】

【「見られるかも」というドキドキと、「助けて」という依存心が混合】

【即死リスク、急上昇中】


 視界が明滅する。

 俺が見てしまったらアウトだ。助けに行ってもアウトだ。


「きゃー! ルミナちゃんがドロドロだー!」

 ミルミルが無邪気に近づこうとする。


「行くなミルミル! お前も服が溶けるぞ! 二次災害だ!」


「興味深い……溶解液の成分を採取しなきゃ」

 セラフィナが試験管を持って近づく。


「お前もだセラフィナ! 理系女子のヌルヌル展開とか需要が高すぎるんだよ! やめろ!」


 どうする。

 このままでは全滅(俺の社会的な死を含む)だ。

 ルミナの服が完全に溶ける前に、何とかしなければならない。


 俺は覚悟を決めた。

 辺りを見回す。

 あった。

 スライムが嫌がるもの。そして、俺の好感度を最低まで下げるもの。


「うおおおおおおっ!!」


 俺は近くにあった泥沼に飛び込んだ。

 全身にヘドロのような泥を塗りたくる。臭い。汚い。最悪だ。

 そして、泥まみれの怪物となった俺は、ルミナに向かって突撃した。


「師匠!?」


「汚物は消毒だァァァァッ!!」


 俺は両手にたっぷりと泥をすくい、あろうことかルミナの全身に叩きつけた。


 ベチャッ! ボトッ! グチャアッ!


「ひゃっ!?」


 ルミナの悲鳴。

 俺は止まらない。溶けかけた服の上から、透けそうな肌の上から、容赦なく泥を塗りたくる。

 これで肌は見えない! 完璧なコーティングだ!


「汚ねぇ! 汚ねぇぞルミナ! なんだその格好は! みっともないから泥でお似合いにしてやるよ! これでオークとお友達になれるな! ガハハハハ!」


 俺は悪役笑いを浮かべながら、ついでに巨大スライムにも泥団子を投げつけた。

 スライムは泥に含まれる不純物を嫌がり、すごすごと森の奥へ逃げていった。


 残されたのは、泥人形と化した聖騎士と、息を切らす俺。


 沈黙。

 鳥のさえずりだけが聞こえる。

 やったか。

 聖騎士たるもの、泥を塗られる屈辱には耐えられないはず。これで俺への尊敬も消え失せ――


「……ありがとうございます」


 泥の中から、澄んだ声が聞こえた。


「え?」


 ルミナが、泥だらけの顔で、ニッコリと微笑んだ(歯だけが白く光って怖い)。


「私の……あられもない姿を、誰にも見せないために……。自らの手を汚してまで、私を守ってくださったのですね」


「は? いや、単なる嫌がらせ……」


「わかります。普通の男なら、私の肌を見て欲情するところ。ですが師匠は、私の『尊厳』を泥でコーティングして守った。……なんて紳士的な泥なのでしょう」


 泥を紳士的って言うやつ初めて見たわ!


『ピコン。ルミナ・フレアハート、好感度上昇』

『カテゴリ:「守護者」』

『心拍数、安定。ただし「泥プレイ」への新たな扉が開いた可能性があります』


 新たな扉を開くな! 閉めろ! 施錠しろ!


「私も塗ってほしい」

 セラフィナが真顔で泥をすくって近づいてきた。

「泥パック効果の検証よ。合理的ね」


「あたしもー! 泥遊びー!」

 ミルミルが背後からタックルしてきて、俺たちは全員泥沼に沈んだ。


 

 帰りのギルドにて。

 全身泥まみれの四人組(チーム雑草)が入ってきた時、冒険者たちは恐怖で道を空けたという。

 「あれが……スライムごときと死闘を演じた勇者たちか……」と。


 違う。

 俺が戦っていたのは、スライムではない。

 「エロス」という名の死神だ。

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