第7話 雑魚寝は、ときめきの密着地獄
「チーム雑草」。
それが俺たちのパーティ名であり、俺の社会的地位を表す言葉だ。
しかし、現実は残酷である。
「ここが……師匠の城ですか」
ボロ宿『ドブネズミ亭』の、さらに最奥にある一番安い部屋。
広さは四畳半。
壁には謎のシミ。天井には蜘蛛の巣。床は歩くたびに悲鳴を上げる。
そこに、王都のトップ美女三人がひしめき合っていた。
人口密度が限界だ。
酸素が薄い。代わりに、フローラルと柑橘系と獣の匂いが充満している。
これは「パラダイス」ではない。「毒ガス室」だ。
「おい、話が違うぞ!」
俺は部屋の隅、壁にへばりつきながら叫んだ。
「なんで全員ついてくるんだ! 解散だろ!? お前らは高級ホテル『グランド・ロイヤル』に泊まれよ! 俺の全財産(ルミナから巻き上げた金)をやるから!」
俺は金貨袋を投げつけた。
だが、ルミナはそれを空中でキャッチし、静かに首を横に振った。
「師匠。私たちを試すのはやめてください」
「試してない! 本気で追い出そうとしてるんだ!」
「貴方は言いました。『チーム雑草』と。雑草は温室では育ちません。この劣悪な環境でこそ、真の絆が育まれる……そうおっしゃりたいのですね?」
「言ってない! 一言も!」
ルミナが感動した目で俺を見る。
ダメだ、この聖女、脳内に「超解釈フィルター」が実装されている。
「それに」
セラフィナが眼鏡を光らせて続く。
「この部屋の湿度、カビの分布、ダニの生息数。すべてが人体実験には最適な過酷環境よ。貴方の生存能力を測定するには、ここ以外ありえないわ」
「お前は俺を実験動物か何かだと思ってるのか!」
「んー、あたしはどっちでもいいけどー」
ミルミルがベッド(煎餅布団)の上でゴロゴロと転がる。
「狭いほうが、くっつけるし! ここ、ユウリの匂いでいっぱいだもん。落ち着くー!」
彼女はすでに俺の枕に顔を埋め、スーハースーハーと深呼吸していた。やめろ、加齢臭を嗅ぐな。
結論。
脱出不可能。
今夜、この四畳半で、男女四人の「雑魚寝」が確定した。
◇
夜が更けた。
消灯の時間だ。
だが、俺の心臓はエマージェンシー・モードで高速回転している。
配置はこうだ。
中央に敷かれた唯一の布団。
そこに「川の字」ならぬ、「団子」状態で三人の女が寝ている。
そして俺は――
「……なぜだ」
俺は、部屋の隅にある柱に、ロープで自分の体を縛り付けていた。
直立不動。
ミノムシスタイルだ。
「師匠? なぜ布団に入らないのですか?」
ルミナが不思議そうに聞いてくる。
「修行だ」
俺は歯を食いしばって答えた。
「これは『立禅』という高等な修行だ。俺は立ったまま眠ることで、三半規管を鍛えている。決して、お前らと肌が触れ合って即死判定が出るのを防ぐためではない」
「立ったまま……! やはり常人ではない……」
「感心してないで寝ろ!」
とりあえず、物理的な距離は確保した。
これで安眠できるはず――
ガサッ。
暗闇の中で、誰かが動いた気配がした。
「……寒い」
ミルミルの声だ。
「ユウリ、寒いよぉ……湯たんぽ欲しい……」
ぺた、ぺた、と足音が近づいてくる。
獣人の夜目は効く。彼女は正確に俺の位置を把握し、柱に縛られた俺に抱きついた。
「あったかーい……」
ぎゃああああ!
密着! 全身の密着!
薄着の獣人娘の体温が、服越しにダイレクトに伝わってくる!
【警告。ミルミル・テイルスナッチ、接触による快楽値上昇】
【「安心感」が「依存」へ変化中】
【即死カウントダウン、開始。5……4……】
「離れろ! 俺は熱々の鉄柱だぞ! 火傷するぞ!」
「んぅ……? でも、ドキドキしてるよ? ユウリもあたしとくっついて嬉しい?」
違う! 死のカウントダウンだ!
ミルミルが顔を上げて、潤んだ瞳で俺を見上げる。
月明かりに照らされたその表情は、無邪気ゆえに破壊力抜群だった。
――やばい。
これは「落ちる」顔だ。
俺は必死にロープの中で身をよじり、とっさに叫んだ。
「ノミだ!!」
「え?」
「俺の体には、新種の巨大吸血ノミが住んでいる! 一噛みで血を1リットル吸う化け物だ! 今、お前の尻尾の方に移動したぞ!」
「にゃっ!?」
ミルミルが飛び退いた。
彼女は自分の尻尾を追いかけ回してグルグル回り始めた。
「とって! とってー!」
「自分で取れ! あとそのまま運動して体温上げとけ!」
ふぅ……危なかった。
だが、安心したのも束の間。
「……騒がしいわね」
セラフィナが起き上がった。
彼女は眼鏡の位置を直し、冷静な声で言った。
「ユウリ。貴方の心拍変動データ、異常値を示しているわ。睡眠時無呼吸症候群の疑いがある。……人工呼吸の準備が必要かしら?」
「必要ない! 息はしてる! 過呼吸なだけだ!」
「いいえ、リスクは排除すべきよ」
セラフィナが近づいてくる。
その手には、なぜか怪しげな「ピンク色のポーション」が握られていた。
「私の特製『安眠薬』よ。これを口移しで摂取すれば、朝まで泥のように眠れるわ」
「口移しの必要性を論理的に説明しろ!!」
「粘膜吸収の方が効率が良いからよ」
嘘つけ! 絶対楽しんでるだろ!
彼女の目が、獲物を甚振る時のサディスティックな光を帯びている。
あるいは、それが彼女なりの「愛情表現」なのかもしれないが、どちらにせよ致死性だ。
「やめろ! 来週まで寝ないって決めてるんだ!」
俺は柱に縛られたまま、芋虫のようにジャンプして逃げようとした。
だが、ロープが解けない。
絶体絶命。
ピンク色のポーションを持った魔女が迫る。
尻尾を追いかける獣人が暴れ回る。
カオスだ。
「――静粛に」
その時、凛とした声が響いた。
ルミナだ。
彼女は立ち上がり、聖剣を鞘のまま構えた。
「師匠の『立禅』を妨げる者は、私が許しません。セラフィナ殿、その怪しい薬をしまいなさい。ミルミル、座りなさい」
聖女の威圧感。
場が静まり返る。
ああ、助かった……さすが聖騎士様だ。
「師匠。安心して修行に励んでください」
ルミナは俺の目の前に正座した。
そして、両手を組み、祈りを捧げ始めた。
「私が一晩中、貴方を見守り続けます。瞬き一つせず、貴方の寝顔(苦悶の表情)を目に焼き付けます……」
怖いよ!
目の前で聖女に見つめられながら寝れるわけないだろ!
しかもなんか背景に後光が見える!
【警告。ルミナの視線による「信仰心」の高まりを検知】
【崇拝が行き過ぎると、「神」として昇華され、人間としてのユウリの存在が消滅(死)する可能性があります】
愛されて死ぬか、崇められて死ぬか。
どっちも嫌だ。
「……寝る」
俺は諦めて目を閉じた。
気絶するしかなかった。
柱に縛られたまま、意識を強制シャットダウンする。
翌朝。
全身の関節が悲鳴を上げている俺の周りで、三人の美女がスッキリした顔で「おはようございます、師匠(サンプル、ご主人様)」と挨拶してきた。
これが、俺たちの冒険の始まり。
魔物を倒す前に、俺の精神が魔王に倒されそうだ。
(第7話 完)




