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愛、即、死。――恋した瞬間、君は死ぬ。  作者: 墻寧
第一部「即死能力発覚編」
5/16

第5話 野良猫は、死神の匂いを纏って

 聖女の「過保護」と、魔女の「実験」。

 二つの脅威から命からがら逃げ出した俺は、王都の裏路地にあるゴミ捨て場の陰に身を潜めていた。


「はぁ……はぁ……撒いたか……?」


 心臓が早鐘を打っている。

 これは恋のときめきではない。純粋な生存本能による恐怖だ。

 あの二人、俺を「師匠」やら「サンプル」やらと呼んでいるが、その瞳の奥にあるのは明確な「独占欲」だ。捕まれば、即ちラブ・クラッシュである。


「くそっ、異世界転生特典が『モテデス』とか、どの神様の悪ふざけだ……」


 俺は膝を抱えてうずくまった。

 今の俺に必要なのは、孤独だ。

 誰の視線にも晒されず、誰の感情も向けられない、完全なる孤独こそが癒やしなのだ。


 ――くんくん。


 不意に、鼻をすする音が聞こえた。

 頭上だ。


「……あ?」


 見上げると、路地裏の塀の上に、影があった。

 逆光でよく見えないが、小柄な人影だ。頭には……三角の耳? お尻には、ゆらゆらと動く長い尻尾?


「にゃは。見つけた」


 その影は、重力を無視した身軽さで飛び降りてきた。

 トン、と音もなく俺の目の前に着地する。


 茶色のショートヘア。

 健康的な褐色の肌。

 露出度の高い盗賊風の軽装からは、引き締まった手足が伸びている。

 猫獣人の少女だ。


「くんくん……うん、やっぱり! この路地で一番『いい匂い』がする!」


 少女は俺の首筋に鼻を近づけ、思い切り息を吸い込んだ。

 近い。近すぎる。

 初対面の距離感パーソナルスペースがマイナスに振り切れている。


「誰だお前! 警察呼ぶぞ! いや、保健所か!?」

「あたし? あたしはミルミル! ねえねえ、お兄さん、美味しそうな匂いだね。マタタビ酒と、あとなんか……危なくて甘い匂い!」


 ミルミルと名乗った少女は、俺の胸板にペタリと張り付いた。

 柔らかい感触と、獣特有の日向の匂いがする。


【警告。新規ヒロイン接触】

【ミルミル・テイルスナッチ(猫獣人)。危険度判定:計測不能】

【理由:本能で生きているため、ブレーキが存在しません】


 ブレーキがない車に乗せられるようなものか!

 俺は慌てて彼女を引き剥がそうとした。


「離れろ! 俺は臭いぞ! 風呂に3年入ってない! 脇の下から毒ガスが出てるんだ!」

「ううん、いい匂い! これ好きー!」


 だめだ、嘘が通じない。

 というか、俺の「危険な色気(スキル補正)」が、獣人の本能には「極上の獲物」として認識されているらしい。


 ミルミルは俺の腕に頬ずりを始めた。

 ゴロゴロと喉を鳴らしている。


「あーん、落ち着くぅ……。ねえ、お兄さん。あたしの『飼い主』になってよ」

「断る! 俺はペット禁止のマンションに住んでるんだ!」

「じゃあ、あたしが『飼い主』になってあげる! お兄さんを拾ってあげるね!」


 論理が飛躍した。

 そして、彼女の瞳孔がスッと縦に細まった。

 獲物を狙う目だ。


【警告。対象の興奮レベル上昇】

【「所有欲」および「食欲(性的な意味含む)」の混在】

【心拍数同期率、80%……危険域です】


 視界が明滅する。

 ミルミルが俺を押し倒そうと体重をかけてくる。小柄なくせに馬鹿力だ。


「大人しくしててね? まずは『マーキング』しなきゃ……ガブってしていい?」

「ダメに決まってんだろ狂犬病!」


 ガブッ=契約=つがい認定=即死。

 この連想ゲームは絶対に阻止しなければならない。

 俺は必死にポケットの中を探った。何か、何かないか。彼女の興味を逸らすものが!


 手につかんだのは、さっきルミナから押し付けられた金貨袋に入っていた、一粒の「ビー玉(お守りの宝石)」だった。


「見ろ! 光る玉だぞ! キラキラだぞ!」


 俺はビー玉を路地の奥へと全力で放り投げた。


「ほら取ってこい! 取ってきたら褒めてやる!」


 犬扱いだ。猫だけど。

 プライドの高い獣人なら激怒して冷めるはず――


「にゃっ!? キラキラ!」


 ミルミルの目が釘付けになった。

 彼女は俺からパッと離れ、四つん這いになってビー玉を追いかけた。


「わーい! 捕まえるー!」


 チョロい!

 野生の本能、チョロすぎる!

 今だ、逃げろ!


 俺は反対方向へダッシュした。

 心の中で勝利のファンファーレが鳴る。

 聖女は理屈で丸め込み、魔女は狂気でドン引きさせ、獣人は物で釣る。

 完璧なサバイバル術だ。


 だが。

 路地裏を抜ける直前、背後から凄まじい風切り音が聞こえた。


 ドォォン!!


 俺の目の前の地面に、何かが突き刺さった。

 それは、さっき投げたビー玉だった。壁にめり込んでいる。

 そして、その横にミルミルが着地していた。


「取ってきたよ! はい、あげる!」


 彼女は満面の笑みで、粉々になったビー玉の破片を俺に差し出した。

 速すぎる。音速かよ。


「……あ、ありがとう……」

「へへっ、お兄さんと遊ぶの楽しい! 『取ってこい』遊び、もっとやる?」


 ミルミルの瞳が、爛々と輝いている。

 そこにあるのは、純粋無垢な「好意」。

 そして、遊び相手に対する「執着」。


【警告。好感度上昇。「楽しい遊び相手」から「手放したくないオモチャ」へ昇格】

【即死リスク、継続中。むしろ運動後の高揚感で心拍数アップ】


「はぁ……はぁ……もう疲れた……」

「だらしないなぁ! じゃあ、元気が出るように……ちゅーしてあげる!」


「!?」


 ミルミルが顔を寄せてくる。

 唇が迫る。

 待て、それは死の口づけだ。物理的にも社会的にもアウトだ!


 俺はとっさに、近くにあったゴミ箱の蓋を盾にした。


 ガンッ!


 ミルミルのキス(というか頭突き)が、ゴミ箱の蓋に炸裂した。


「痛っ! ……むぅ、固いよお兄さん」

「俺は全身が金属でできてるサイボーグなんだ! キスすると唇が火傷するぞ!」


「ふーん……。変なの。でも、そういう『硬い男』も嫌いじゃないよ?」


 ミルミルはニシシと笑い、俺の周りをグルグルと回り始めた。


「決めた。あたし、お兄さんのパーティーに入る!」

「は? 募集してないぞ」

「だって、お兄さんの側にいれば、毎日楽しそうだもん! 退屈しなそう!」


 彼女の尻尾が、俺の手首にクルリと巻き付いた。

 それはまるで、手錠のように。


「逃さないからね、ご主人様マスター♪」


 ……終わった。

 聖女は「師匠」。

 魔女は「サンプル」。

 そして獣人は「ご主人様」。


 俺の呼び名が増えるたびに、寿命が縮んでいく気がする。

 路地裏の空を見上げると、カラスがアホと鳴いた。

 俺の『ハーレム拒絶戦争』は、まだ始まったばかりだ。

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