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愛、即、死。――恋した瞬間、君は死ぬ。  作者: 墻寧
第一部「即死能力発覚編」
4/16

第4話 実験室は、ときめきの処刑台

 目の前に、氷の魔女がいる。

 背後には、炎の聖女がいる。

 この状況を物理学的に説明すると、「挟み撃ち」であり、精神的に説明すると「詰み」である。


「セラフィナ殿。私の師匠を『サンプル』呼ばわりするとは、聞き捨てなりませんね」


 ルミナが剣の柄に手をかけ、低い声で威嚇する。その体からは赤い闘気(と書いて『ヤル気』と読む)が立ち上っていた。


「非論理的ね、聖女ルミナ。貴女のその『熱量』は、冷静な判断力を鈍らせるだけよ」


 セラフィナ・フロスト=ルクスは、冷ややかな視線を向けるだけだ。

 だが、その眼鏡の奥の瞳は、獲物を見つけた肉食獣のように俺をロックオンしている。


「相馬ユウリ。貴方には特異な『魔力波形』と、周囲の人間を狂わせる『未確認フェロモン』の疑いがあるわ。王立研究所への同行を命じます」


「断る! 俺はこれから二度寝の時間だ!」

「拒否権はないと言ったはずよ」


 セラフィナが指をパチンと鳴らす。

 瞬間、地面から氷のつたが伸び、俺の足首をガシリと掴んだ。


「うおっ!?」

「連行します」

「ちょ、待て! 拉致だ! 憲兵を呼んでくれー!」


 俺の体はズルズルと引きずられていく。

 ルミナが「師匠ォォッ!」と叫んで飛び出そうとしたが、セラフィナが生み出した氷の壁に阻まれた。


「師匠! 今助けますからね! この壁を溶かすまで、そこで耐えてください!」

「溶かす前に俺が凍るわ!」


 俺の悲鳴は虚しく遠ざかり、気付けば視界が反転していた。


          ◇


 目が覚めると、そこは白一色の部屋だった。

 薬品の匂い。

 無機質な機材。

 そして、俺はなぜか手術台のようなベッドに、魔法の拘束具で固定されていた。


「目が覚めた?」


 白衣を纏ったセラフィナが、上から覗き込んでくる。

 近い。

 整いすぎた顔立ち。透き通るような肌。

 彼女は俺の顔をまじまじと観察し、手元のボードに何かを書き込んだ。


「覚醒後の瞳孔反応、正常。心拍数、やや上昇気味。……恐怖を感じているの?」

「当たり前だ! いきなり拘束されて喜ぶのは一部の特殊な趣味の奴だけだ!」

「安心して。解剖は最終手段よ。まずは非侵襲的な実験から始めるわ」


 さらっと「解剖」という単語が出たぞ今。


「実験1。精神干渉の検証」


 セラフィナは無表情で告げると、突然、ベッドの横に手をつき、顔を近づけてきた。

 いわゆる、床ドン(ベッドだけど)の体勢だ。


「……な、何をする気だ」

「文献によると、異性が至近距離で視線を交わすと、脳内に恋愛物質ドーパミンが分泌され、判断能力が低下するというわ。通称『吊り橋効果』の応用ね」


「それを実験でやる奴があるか!」

「静かに。データを取っているの」


 彼女の顔が、さらに近づく。

 吐息がかかる距離。

 彼女の瞳に、俺の間抜けな顔が映っている。


 ――マズい。


 俺の『愛、即、死。』レーダーが反応し始めた。

 この女、今は「実験」という名目で理性を保っているが、その境界線は非常に脆い。


「ふむ……不思議ね」


 セラフィナが首を傾げる。


対象あなたを見ていると、私の心拍数まで上昇している。計算では、私は常に冷静であるはずなのに」


『警告。対象:セラフィナ。論理回路にノイズ発生』

『「なぜ彼が気になるのか?」という問いが、「恋」という答えに収束しようとしています』


 やめろ! その計算式を解くんじゃない!

 解が出た瞬間に、お前の心臓がエラーを起こして止まるぞ!


「この熱……この胸の圧迫感……。もしかして、これが未知のウイルスによる感染症?」

「そうだ! 風邪だ! インフルエンザだ! 離れろ、伝染るぞ!」


「いいえ。病理学的な症状とは異なるわ。もっと、こう……衝動的な……」


 セラフィナの瞳が、とろんと潤み始めた。

 頬に朱が差す。

 氷の魔女が、雪解けのように熱を帯びていく。


「もっと、貴方のことを知りたい……奥深くまで……」


『ピコン。即死デス判定、準備完了。カウントダウン5……4……』


 くそっ、このままじゃ「実験中の事故」として処理されちまう!

 俺は拘束された手足をもがき、必死に叫んだ。


「――ママァァァァァーーッ!!」


 実験室に、俺の幼児退行した絶叫が響き渡った。


「……はい?」


 セラフィナの動きが止まる。


「ママ! 僕、おしっこ漏れそう! トイレ! ママ抱っこ! オムツ替えてぇぇぇ!」


 俺は白目を剥き、よだれを垂らしながら、全力で幼児のフリをした。

 いや、幼児というか、ただの不審者だ。

 「クールでミステリアスな実験体」というイメージを、原子レベルで粉砕する。


 セラフィナが、さっと身を引いた。

 彼女の瞳から熱っぽい光が消え、代わりに「困惑」と「軽蔑」が浮かぶ。


「……貴方、精神年齢が退行しているの?」

「バブー! バブバブ! おっぱい欲しいー!」

「……理解不能」


 セラフィナは眼鏡の位置を直し、深くため息をついた。


「どうやら、貴方の脳には深刻なダメージがあるようね。あるいは、極度のストレスによる錯乱……」


『ピコン。即死判定、解除』

『対象の感情が「恋」から「哀れみ」へ移行しました』


 助かった……。

 社会的な尊厳と引き換えに、俺は命を守り抜いたのだ。


「興味深いわ」


 しかし、セラフィナは部屋を出ていかなかった。

 むしろ、メモを取りながらブツブツと呟き始めた。


「通常の人間なら、プライドが邪魔をしてここまでの演技はできない。……まさか、これは私を油断させるための高度な撹乱戦術?」

「えっ」


「そうね。私の『観察』から逃れるために、あえて最も非合理的な行動を取った。つまり貴方は、常人の理解を超えた『演算能力』を持っているということ……!」


 なんでそうなるんだよ!

 俺はただのバブちゃんプレイをした変態だぞ!?


「素晴らしいわ、相馬ユウリ。貴方の思考回路アルゴリズム、ますます解き明かしたくなった」


 セラフィナが不敵に笑う。

 その瞳の奥にある光は、先ほどまでの「恋の熱」とは違う、「マッドサイエンティストの狂気」に変わっていた。

 ……どっちにしろ危険だ!


 ドォォォォォン!!


 その時、実験室の壁が爆散した。

 粉塵の中、炎を纏った聖剣を構えたルミナが現れる。


「師匠ォォッ! ご無事ですか!」


「ゲホッ……ルミナ!?」

「遅くなりました! 氷の壁を溶かすのに手間取りまして! さあ、悪しき魔女の手から逃れましょう!」


 ルミナが俺の拘束具を剣で叩き切る。

 自由になった俺の手を引く彼女。

 しかし、セラフィナが立ちふさがる。


「待ちなさい。実験はまだ終わっていないわ」

「どきなさい、魔女殿。師匠は『バブー』という謎の呪文を唱えて助けを求めていた! これ以上の無礼は許しません!」


 聞こえてたのかよ!

 ていうかそれを「謎の呪文」と解釈するな!


「行くぞ、師匠!」

「ちょ、待て、靴! 靴履かせろ!」


 俺はルミナに引きずられ、半壊した研究所から脱出した。

 背後では、セラフィナが壊れた壁の前に立ち尽くし、熱のこもった瞳でこちらを見送っていた。


「逃がさないわ。……私の計算を狂わせた責任、取ってもらうから」


 こうして、俺の王都生活における「安全地帯」は、完全に消滅した。

 理系の魔女と、体育会系の聖女。

 二つの災厄に挟まれた俺の明日は、どっちだ。

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