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愛、即、死。――恋した瞬間、君は死ぬ。  作者: 墻寧
第一部「即死能力発覚編」
3/16

第3話 同室宿泊は、心停止へのカウントダウン

 冒険者にとって、宿選びは命に関わる。

 セキュリティ、清潔さ、食事の質。普通ならそれらを重視するだろう。

 だが、俺の基準は違う。


 1.壁が薄く、隣のいびきが丸聞こえであること(ロマンチックな雰囲気にならない)。

 2.布団がカビ臭いこと(清潔感は恋の温床)。

 3.主人が無愛想であること(フラグ回避)。


 王都の下町、路地裏の吹き溜まりにあるボロ宿『ドブネズミ亭』。

 こここそが、俺の選んだ城だ。


「……よし。ここなら聖騎士様なんて高貴な存在は寄り付かない」


 ギプスのように固いベッドに腰を下ろし、俺は深く息を吐いた。

 今日の成果は散々だった。

 嫌われるためにやったカツアゲが「高潔な教え」と解釈され、聖女ルミナに「師匠」呼ばわりされた。

 だが、さすがにこのボロ宿までは追ってこれまい。あのお嬢様には、このカビと埃の匂いは耐えられないはずだ。


 コン、コン。


 控えめだが、芯のあるノックの音が響いた。


「……ルームサービスは頼んでないぞ」

「私です、師匠。ルミナです」


 終わった。

 なんでバレたんだ。GPSでも埋め込まれてるのか。


「か、帰れ! 俺は今、全裸で瞑想中だ!」

「失礼します」


 ガチャリ。鍵をかけていたはずのドアが、いともたやすく開けられた。

 聖騎士の怪力、ナメてた。


 ルミナが入ってきた瞬間、狭くて薄汚い部屋の空気が一変した。

 彼女が放つ「清廉潔白オーラ」が、部屋の汚れを浄化していくようだ。

 彼女は部屋を見渡すと、眉ひとつ動かさずに言った。


「さすが師匠。これほど劣悪な環境に身を置き、常に精神を鍛えられているとは」

「違う。金がないだけだ」

「ご謙遜を。私が渡した金貨があれば、王城にすら泊まれるはず。それをあえて使わず、民草の暮らしを知ろうとする姿勢……感服いたしました」


 ダメだ、会話が通じない。

 俺は頭を抱えた。


「で、何の用だ。サインなら書かないぞ」

「護衛です」

「は?」

「師匠は命を狙われるほどの実力者。就寝中の隙を、私が守ります」


 ルミナは当たり前のように部屋に入り、鍵を閉め、ドアの前に仁王立ちした。

 狭い。

 四畳半くらいのスペースに、男と女。しかも美女。

 窓の外からは、酔っ払いの喧嘩の声が聞こえるが、室内は奇妙な沈黙に包まれている。


 ――マズい。


 俺の野生の勘が警鐘を鳴らした。

 「密室」「男女」「夜」。

 ラブコメにおけるスリーアウト満塁の状況だ。


「……師匠。背中の鎧、外していただけませんか? リラックスしてください」

「断る。これは俺の皮膚だ」

「無理をなさらないでください。……あ、汗をかいていますね。拭きましょうか?」


 ルミナが一歩近づく。

 ハンカチを取り出し、俺の額に手を伸ばす。

 その顔には、慈愛という名の猛毒が満ちている。


【警告。対象との距離、危険域に突入】

【「甲斐甲斐しい世話」イベント発生中】

【このまま身体接触した場合、好感度が「母性」から「恋慕」へ変質する確率98%】


 視界が赤く点滅する。

 ドクン、ドクンと俺の鼓動も早くなる。

 ルミナの頬がわずかに赤い。「師匠の世話ができるなんて……」とか考えているのが丸わかりだ。


 殺してなるものか!

 俺はハンカチを避け、ベッドの上で奇声を上げた。


「キェェェェェイ!!」


 ルミナがビクッとして固まる。


「し、師匠……?」

「触るな! 俺の身体には『触れた者を3日でハゲさせる呪い』がかかっている!」

「……えっ?」

「強力な呪いだ! 俺の汗一滴で、お前のその綺麗な赤髪もツルッパゲだぞ! それでもいいなら拭け!」


 どうだ。年頃の娘にとって、死よりも恐ろしい「ハゲ」の脅威。

 これでドン引きして帰るはず――


 ルミナは一瞬驚いた顔をしたが、すぐに決意の表情で頷いた。


「構いません」

「はぁ!?」

「髪など、また生えます。ですが、師匠の疲れを癒やす機会は今しかありません。私の髪と引き換えに師匠が安らげるなら、本望です!」


 重い!

 愛が重いよ聖女様!

 しかも一歩踏み込んできた!


【警告。致死性判定、レッドゾーン。心停止まで残り5秒】


 死ぬ死ぬ死ぬ!

 彼女の献身がリミットを越えようとしている。


「寝る!」


 俺は叫んだ。


「俺はもう寝る! だがベッドでは寝ない! 俺の流儀はこれだ!」


 俺はベッドから飛び降り、床に這いつくばった。

 そして、部屋の隅にあるゴミ箱(空っぽだが汚い)を頭から被った。


「俺は『ゴミ箱のポーズ』でしか熟睡できないんだ! これぞ究極のヨガ! お前も真似できるか!? できないなら未熟者め、床で正座して反省しろ!」


 完全に奇行だ。

 聖騎士が見るべき姿ではない。

 ゴミ箱を被った男。これに恋する女がいたら連れてこい。


 沈黙。

 長い沈黙。

 ゴミ箱の中で、俺は己の呼吸音だけを聞いていた。

 さすがに幻滅したか? 「変態」と罵って出ていったか?


「……わかりました」


 隣で、衣擦れの音がした。


「これが、常識を捨てるための修行……『ゴミ箱のポーズ』……」


 ガサゴソ。

 ルミナが、部屋の隅にあったもう一つのボロ布(雑巾)を頭に乗せた気配がした。

 そして、俺の隣で同じように床に這いつくばった。


「師匠と同じ景色を見ます。おやすみなさい、師匠」


【ピコン。好感度変動なし。カテゴリ『狂信』へ移行】

【即死リスク、一時的に低下】


 低下したけど!

 隣に女子がいる状態で、ゴミ箱被って寝る夜って何だよ!


 結局、俺はその夜、一睡もできなかった。

 隣からはルミナの規則正しい寝息と、時折聞こえる「師匠……素敵……」という、心臓に悪い寝言が聞こえ続けたからだ。


          ◇


 翌朝。

 目の下にクマを作った俺と、なぜか肌ツヤの良いルミナは宿を出た。

 ゴミ箱睡眠のおかげか、彼女は「何かを掴みました」とスッキリした顔をしている。何を掴んだんだ。


「さて、今日はどうしますか、師匠?」

「俺は一人になりたい」

「では、お一人の時間を私が全力でお守りします」


 会話にならないキャッチボールをしながら、大通りに出た時だ。

 周囲の空気が、急激に冷え込んだ。


 キィィィィィン……。


 季節外れの霜が、石畳を覆っていく。

 通行人たちが寒さに身を震わせ、道を開ける。

 その先に立っていたのは、一人の女性だった。


 腰まで届く銀髪。

 理知的な光を宿す、眼鏡と青い瞳。

 王都の大魔導士、セラフィナ・フロスト=ルクス。


 彼女はまっすぐに俺を見ていた。

 いや、俺を通り越して、俺の「心臓」あたりを見ているような、解剖学的な視線だ。


「見つけたわ、サンプルA」


 セラフィナがコツコツと歩み寄ってくる。

 ルミナが瞬時に反応し、剣の柄に手をかけた。


「セラフィナ殿。私の師匠に対し、その無礼な呼び方は何ですか?」

「師匠? 非論理的ね。その男の魔力値は平均以下。剣技も自己流。あなたが師と仰ぐ要素はデータ上存在しない」


 セラフィナは淡々と言い放ち、俺の目の前で足を止めた。

 そして、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。


「相馬ユウリ。貴方に『共同研究』の申し込みをします」

「……お断りします」

「拒否権はないわ。なぜなら」


 彼女は眼鏡をクイッと押し上げ、口元だけで笑った。


「貴方が『恋されると困る』理由……私が暴いてあげるから」


 ドキリとした。

 こいつ、気づいてやがるのか?

 ルミナとは違うベクトルで、この女は危険だ。


【警告。新規ルート発生】

【セラフィナ・フロスト=ルクス。攻略難易度(即死回避難易度):SSS】

【「好奇心」は「猫」を殺すといいますが、この場合、「研究心」が「俺」を殺します】


 聖女の次は、魔女。

 俺の安眠は、今日もゴミ箱の中ですら訪れそうにない。

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