第16話 謁見(えっけん)は、処刑台への花道
「英雄」という言葉の定義をご存知だろうか。
辞書によれば「才知・武勇に優れ、常人にできないことを成し遂げた人」。
だが、今の俺に言わせればこうだ。
「誤解と勘違いのミルフィーユにより、逃げ場を失った哀れな道化」。
「アルラウネ爆殺事件(俺はただ愛を食わせただけ)」により、『チーム雑草』の名声は成層圏を突破していた。
街を歩けば黄色い声援。
ギルドに行けばサイン攻め。
そしてついに、恐れていた事態が起きた。
「――王城よりの使者である! 冒険者ソウマ・ユウリ、およびその一行! 国王陛下が謁見を求めておられる!」
宿屋『ドブネズミ亭』の前に、黄金の馬車が横付けされていた。
近衛兵がラッパを吹き鳴らす。近所迷惑だ。
「……居留守だ。俺はいないと言ってくれ」
俺は部屋の押し入れに隠れながら、震える声で言った。
「何を仰いますか、師匠!」
ルミナが押し入れの戸をガラッと開けた。無駄にキラキラした正装を着ている。
「これは好機です! 陛下の前で師匠の高潔な精神を示せば、国中が貴方の教え(という名の奇行)を理解するでしょう!」
「嫌だ! 王城なんて行ったら、堅苦しいマナーで胃に穴が開く! それに『姫』とかいたらどうする! 王族フラグなんて死亡率1000%だぞ!」
「大丈夫よ」
セラフィナが新品のローブ(なぜかスリットが深い)を着て現れた。
「王都のデータによると、第一王女エリザベス様は『氷の華』と呼ばれるほどの男性嫌い。貴方が即死する確率は、統計学的にほぼゼロよ」
「男性嫌い? ……本当か?」
「ええ。彼女に近づいた男は、その傲慢な態度に心を折られて去っていくそうよ」
……なるほど。
傲慢で、男嫌い。
つまり、俺がどれだけイキっても、カッコつけても、鼻で笑って無視してくれる存在。
最高じゃないか。
王城こそが、俺の求めていた「嫌われるための聖地」かもしれない!
「わかった。行こう。ただし!」
俺は押し入れから這い出した。
「服はこれで行く」
俺が指差したのは、いつものヨレヨレのシャツと、膝が破れたズボン。
正装? するわけがない。
国王相手にこの格好で行けば、確実に「不敬罪」で投獄される。
牢屋に入れば、ヒロインたちとも隔離されて安全だ!
◇
王城、玉座の間。
煌びやかなシャンデリア。整列する騎士たち。
その最奥に、威厳ある国王が座っている。
そしてその隣には――噂の王女、エリザベス・ヴァレンシュタイン=ルミナリアが立っていた。
金髪縦ロール。
扇子で口元を隠す仕草。
見るからに「お高い」オーラを放っている。
よし、あいつだ。あいつに嫌われれば勝ちだ。
「面を上げよ」
国王の重厚な声が響く。
ルミナ、セラフィナ、ミルミル(無理やり服を着せられた)は、優雅に礼をしている。
だが、俺だけは棒立ちだ。
しかも、あくびを噛み殺すフリをした。
「……貴様、王の前でその態度は何だ」
宰相らしき男が怒鳴る。
「礼を尽くせ! その薄汚い格好は何事か!」
キタキタ! その反応を待っていた!
俺は鼻をほじりながら(フリだが)言い放った。
「へっ。俺は冒険者だ。堅苦しい挨拶なんて知らねえよ。用がないなら帰っていいか? 宿の布団が俺を待ってるんでな」
場が凍りついた。
不敬の極み。即・打ち首レベルの暴言。
さあ、怒れ! 俺を牢屋にぶち込め!
「……カッカッカッ!」
沈黙を破ったのは、国王の豪快な笑い声だった。
「愉快だ! 余の威光に怯えぬ男など、何十年ぶりか! 報告通り、権力に媚びぬ『真の自由人』であるな!」
は?
「そのボロボロの服も、着飾ることで本質をごまかそうとする貴族どもへの痛烈な皮肉……。見事だ、ソウマ・ユウリよ!」
違う! ただの貧乏着だ!
「素晴らしい……」
隣にいた王女エリザベスが、扇子を閉じて一歩前に出た。
彼女はカツカツと階段を降り、俺の目の前までやってきた。
香水の匂い。
見下ろすような視線。
「そこの男」
「あ?」
「貴様、私の美しさに圧倒されないのか?」
エリザベスが顔を近づけてくる。
確かに美人だが、今の俺には「即死爆弾」にしか見えない。
「興味ねえな。俺の好みは『金』だけだ。お前の顔より、その王冠の宝石の方が価値がある」
俺は言い放った。
女性に対して「顔より金」と言う。最低の侮辱だ。
プライドの高い王女なら、激怒して「処刑よ!」と叫ぶはず――
ドクン。
心臓が跳ねた。俺のじゃない。王女の方だ。
彼女の白い頬が、みるみるうちに赤く染まっていく。
「……私を、無視した……?」
エリザベスの瞳が揺れている。
「今まで、どんな男も私にひれ伏し、美辞麗句を並べ立てた……。なのに、この男は……私の瞳すら見ようとしない……!」
【警告。新規ルート発生】
【エリザベス王女。特性:「プライド」と「Mっ気」のハイブリッド】
【「自分になびかない男」=「攻略すべき希少種」と認識されました】
嘘だろ!?
そのパターンかよ! 「おもしれー男」認定されちゃったよ!
「……名前は?」
「あ? ユウリだ」
「ユウリ……。覚えておくわ」
エリザベスが扇子で俺の顎をくいっと持ち上げた。
「貴様を、私の『教育係』に任命する」
「はぁ!?」
「私の心を乱した責任を取りなさい。私が貴様を屈服させ、その薄汚い口から『好きです、王女様』と言わせてやるわ」
宣戦布告だ。
王城のど真ん中で、国を挙げた「落とし合い(デスゲーム)」が始まってしまった。
「お断りします!」
すかさず、ルミナが割って入った。
「師匠は我々『チーム雑草』のリーダー! 王族といえど、引き抜くことは許しません!」
「あら? たかが一騎士風情が、王女に盾突く気?」
エリザベスが冷笑する。
「所有権なら主張済みよ」
セラフィナが反対側に立つ。
「彼は私の未発表論文のテーマそのもの。渡さないわ」
「ユウリはあたしのー! シャーッ!」
ミルミルが威嚇する。
玉座の間で、聖女vs魔女vs獣人vs王女の火花が散る。
国王は「若いのぉ、青春じゃのぉ」とニコニコしている。止めてくれよ陛下。
俺は悟った。
第二部。
舞台は広くなったが、やることは変わらない。
逃げるのだ。愛という名の死神から。
「……トイレ行っていいですか?」
俺の小さな現実逃避の声は、美女たちの口論にかき消されて誰にも届かなかった。




