第15話 ボス戦は、愛が重すぎて胃もたれする
ダンジョンの最深部。
巨大な扉を開けた先に待っていたのは、禍々しい紫色のオーラを放つ魔物だった。
上半身は妖艶な美女。下半身は巨大な花のような植物。
ダンジョンボス、『エルダー・アルラウネ』。
その能力は凶悪だ。冒険者の「愛」や「欲望」を吸収し、糧とする精神喰らい(マインド・イーター)。
「あらぁ……。活きのいい男の子と、可愛らしいお嬢さんたちねぇ」
アルラウネがねっとりとした声で俺たちを見下ろす。
その視線が俺に固定された。
「特にそこの男の子……。美味しそうな『トラウマ』と『諦観』、そして隠しきれない『フェロモン』を持ってるわねぇ。ジュルリ」
舌なめずりされた。
普通の冒険者なら戦慄する場面だ。
だが、俺は歓喜していた。
(来た……! これだ!)
俺は心の中でガッツポーズをした。
「愛を吸収する」魔物。
つまり、こいつにルミナたちの「俺への歪んだ愛情」を吸い尽くしてもらえばいいのだ!
愛がなくなれば、俺はただの「目つきの悪い男」に戻れる。
即死リスクも消える。
平和が訪れる!
「おい、化け物!」
俺は一歩前に出て、両手を広げた。
「腹が減ってるんだろ? なら遠慮するな! ここに極上の『愛』があるぞ!」
俺は背後の三人(チーム雑草)を指差した。
「こいつらの愛は脂っこいぞ! コッテリ系だ! 胃袋がはち切れるまで吸い尽くしてくれ!」
「師匠!?」
ルミナが驚愕する。
「まさか、私たちの『師匠への想い』を武器にするおつもりですか!?」
「そうだ! 武器だ! 弾薬だ! 全部撃ち尽くして空っぽになれ!」
「……残酷な指示ね」
セラフィナが眼鏡を直す。
「でも合理的だわ。精神エネルギーを魔力に変換してぶつける……いわば『愛の特攻』ね」
「ユウリのためなら、あたしの『大好き』全部あげるー!」
ミルミルが尻尾を振る。
よし、合意は取れた(誤解だが)。
さあ吸え! アルラウネ!
「ふふふ……いい覚悟ねぇ。なら、いただきましょうか!」
アルラウネが触手を伸ばした。
ピンク色の霧が、ルミナ、セラフィナ、ミルミルの体を包み込む。
吸収開始。
俺は期待に胸を膨らませて見守った。
さあ、吸い取れ。
「師匠素敵!」も「サンプルとして興味深い」も「ご主人様大好き」も、全部だ。
そして俺を解放してくれ!
チュウウウウウ……。
掃除機のような音が響く。
「んっ……ふふっ……甘酸っぱい恋の味……」
アルラウネが恍惚の表情を浮かべる。
よし、いけてる!
「もっとだ! もっと吸え!」
俺は応援した。
「あら、意外と量があるわねぇ……。でも、私の胃袋は宇宙よぉ……」
ズズズズズ……。
吸収が続く。
しかし、1分が経過しても、3人の愛が枯れる気配がない。
それどころか、アルラウネの顔色が徐々に変わってきた。
「……ん? あれ? ちょっと……重い……?」
アルラウネの額に脂汗が浮かぶ。
「な、なによこの『質量』……。ただの恋心じゃないわ……。『崇拝』? 『執着』? 『依存』? うっ、味が濃い……!」
ルミナが目を閉じて祈っている。
「師匠……貴方は私の光……私の道標……たとえ世界が滅びても、貴方の背中を追い続けます……!」
セラフィナがブツブツと呟いている。
「遺伝子レベルでの結合……魂の融合……貴方の全てを解剖して、私の全てで埋め尽くしたい……」
ミルミルがよだれを垂らしている。
「ユウリ……美味しい……ユウリ……食べる……」
「お、おぇっぷ……!」
アルラウネが口元を押さえた。
「ちょ、ちょっとストップ! タンマ! もうお腹いっぱい!」
「ダメだ! 残さず食え! 『出されたものは残さず食べる』のがマナーだろ!」
俺は叫んだ。
ここで止められてたまるか。中途半端に愛が残ったら意味がない!
「無理よ! これ以上入らない! ていうかこの愛、ドロドロしてて消化に悪すぎるわよ! 胸焼けする!」
「ええい、根性なしめ! それでも魔王軍の幹部か!」
「理不尽なこと言わないでよ! ……ぐっ、あああああ!」
バキンッ。
嫌な音がした。
アルラウネの腹部(植物部分)が、限界を超えて膨れ上がっていた。
キャパシティ・オーバー。
「愛が……重すぎるぅぅぅッ!!」
ドカァァァァァァン!!
盛大な爆発音がダンジョンに響き渡った。
アルラウネは、三人のヒロインが抱える「激重感情」を処理しきれず、物理的に爆散したのだ。
ピンク色の煙が舞う中、俺は呆然と立ち尽くしていた。
「……嘘だろ」
魔物を倒した。
だが、愛は減っていない。
むしろ――
「はっ……! 体が軽い!」
ルミナがスッキリした顔で目を開けた。
「心の中のモヤモヤした独占欲を吸い取ってもらって、純粋な『信仰心』だけが残りました! ありがとう魔物さん、おかげで師匠への愛がより研ぎ澄まされました!」
「デトックス効果ね」
セラフィナが眼鏡を光らせる。
「雑念が消えて、貴方への『探究心』がクリアになったわ。さあ、実験を再開しましょう」
「お腹すいたー! ユウリおかわりー!」
ミルミルが飛びついてくる。
逆効果だった。
「不純物」が取り除かれ、より純度を高めた「特級呪物(愛)」が完成してしまった。
【警告。全員の好感度、「純愛」モードへ移行】
【不純物がなくなったため、即死判定の精度が向上しました】
【見つめ合うだけで心停止する可能性があります】
俺は膝から崩れ落ちた。
ダンジョン攻略完了。
報酬:魔石(アルラウネの遺品)。
代償:逃げ場のない愛。
「帰ろう、師匠。私たちの家へ」
ルミナが差し伸べてきた手は、後光が差して見えた。
それが天国への誘いなのか、地獄への招待状なのか。
今の俺には、その手を払いのける気力さえ残っていなかった。




