第14話 ダンジョンの罠は、ピンク色のガス室
金がない。
前回の決闘で、小銭入れごと投げ飛ばして回収し忘れたせいで、俺の財布は氷河期を迎えていた。
こうなれば、冒険者の基本に立ち返るしかない。
即ち、ダンジョン探索である。
「師匠。この『忘却の地下迷宮』は、古代の遺物が眠るとされる高難度ダンジョンですが……本当にここでよろしいのですか?」
松明の灯りを頼りに進む暗い石畳の道。
ルミナが心配そうに聞いてくる。
「ああ、ここがいい。人気がないからな」
俺は即答した。
高難度ゆえに冒険者が寄り付かない。=誰にも会わない。=新たなヒロインフラグも立たない。
完璧な選択だ。魔物なんて、後ろの最強女子会(チーム雑草)に任せておけばいい。
「くんくん……変な匂いがする」
先頭を歩いていたミルミルが鼻をひくつかせた。
「甘い匂い? お菓子かな?」
「バカ、ダンジョンにお菓子があるわけ……」
カチッ。
俺の足元で、ベタなスイッチの音がした。
ゴゴゴゴゴ……!
床が抜け落ちた。
「うわあああああああ!」
「師匠!?」
「ユウリ!」
「重力加速度gを確認!」
俺たちは真っ暗な穴へと落下していった。
◇
ドスン。
着地したのは、柔らかいクッションの上だった。
いや、部屋全体がピンク色の柔らかい素材で覆われている。
「……なんだここ」
俺は身を起こした。
四方を壁に囲まれた密室。
出口らしき扉は一つあるが、ハート型の鍵穴がついている。
そして、壁には古代語でこう刻まれていた。
『真実の愛を叫ばねば、扉は開かぬ』
――出た。
ラノベ名物、『〇〇しないと出られない部屋』だ。
よりによって「愛の告白」強要タイプだ。
「……なるほど。古代の『求婚の儀式』に使われた部屋ね」
セラフィナが冷静に壁の文字を解読する。
「この部屋は嘘を検知するわ。本心からの『愛の言葉』を音声入力しない限り、永遠に出られない」
「簡単じゃん!」
ミルミルが尻尾を立てて、俺を見た。
「あたし、ユウリのこ……」
「待てェェェェェッ!!」
俺はミルミルの口を両手で塞いだ。
危ない! こいつは躊躇がない!
「むぐっ!?」
「いいか! 俺の名前を言うな! 絶対にだ!」
もしここで「ユウリが好き!」なんて言われて、部屋が「正解(ピンポン!)」と判定したらどうなる?
俺のスキル『愛、即、死。』が発動し、扉が開くと同時に俺の葬式が始まる!
「じゃあ、どうするのですか師匠?」
ルミナが困り顔で尋ねる。
「嘘は通じないのですよね? 私たちが今、最も愛している存在といえば……やはり……」
ルミナが熱っぽい瞳で俺を見る。
やめろ。その「貴方です」みたいな顔をやめろ。
【警告。密室効果により、恋のボルテージ上昇中】
【さらに、部屋に充満し始めたピンク色のガスに『催淫効果』および『自白剤成分』を検知】
【即死リスク:5分以内に心停止】
プシューーー……。
壁の隙間から、甘ったるい匂いのガスが噴き出し始めた。
「んぅ……なんか、体が熱い……」
ミルミルが俺の腕にすり寄ってくる。
「ユウリ、いい匂い……かじりたい……」
「いけません……理性が……」
ルミナが膝をつき、荒い息を吐く。
「師匠……私に……命令を……」
「脳内物質の分泌量が制御不能……」
セラフィナが眼鏡を外し、潤んだ瞳で俺を見上げる。
「論理が……感情に塗り潰される……」
地獄だ。
催淫ガス充満の密室で、好感度MAXの美女三人に囲まれる。
男の夢? 違う、これは処刑執行室だ!
誰か一人でも口を開けば、確実に「愛してる」と言うだろう。
そうすれば俺は死ぬ。
だが、言わなければ一生ここから出られず、ガスで理性が飛んで……結局襲われて死ぬ(腹上死的な意味で)。
詰んだ。
いや、まだだ。
「誰か」が愛を叫べばいいんだ。
つまり、俺だ。
俺が、俺の「本心からの愛」を叫べば、扉は開くはずだ!
「くっ……これしかない……!」
俺は部屋の中心で仁王立ちになった。
三人の視線が集まる。
期待に満ちた視線だ。「まさか、師匠が私たちへの愛を!?」と思っているのが丸わかりだ。
すまない。
俺が愛しているのは、お前らじゃない。
俺がこの世で最も愛し、渇望し、執着しているもの。
それは――!
「うおおおおおおおっ!!」
俺は腹の底から叫んだ。
「金ェェェェェェッ!! 俺は金が大好きだァァァッ!!」
シーン……。
部屋の空気が凍りついた。
「金貨! 銀貨! 宝石! 俺は何よりも金が欲しい! 金さえあれば平和が買える! 老後の安心が買える! 愛してるぞ諭吉(異世界通貨単位)ィィィ!!」
ピンポンパンポーン♪
軽快なチャイム音が鳴り響いた。
ガチャン。
ハート型の扉が、ゆっくりと開いた。
判定:正解(True Love)。
「はぁ……はぁ……開いた……」
俺は膝から崩れ落ちた。
助かった。
だが、代償として「守銭奴」というレッテルを貼られた。
三人の冷ややかな視線が刺さるだろう。
「最低」「金目当てだったのね」と。
それでいい。嫌われることこそが、俺の生存戦略なのだから。
俺は恐る恐る振り返った。
「……師匠」
ルミナが震えている。
目には涙が溜まっていた。
「嘘つき……」
やはりか。軽蔑されたか。
「私たちを守るために……あえて『金が好き』なんていう汚名を被って……!」
「はい?」
「この部屋は『真実の愛』しか受け付けないはず。でも、師匠のその叫びには、私たちへの配慮が滲み出ていました」
ルミナが俺の手を握りしめる。
「貴方は知っていたのですね。もし私たちが愛を叫べば、それは『秘密の暴露』となり、私たちが恥をかくことを。だから、貴方は自らをピエロにして、一人で泥を被った……!」
「違う! 俺は本気で金が好きなんだ! 部屋も正解判定だしただろ!」
「いいえ。あれは『仲間を守りたいという黄金の精神』に対する正解判定です!」
なんでだよ! AIガバガバかよ!
「素敵……」
ミルミルが抱きついてくる。
「ユウリの『好き』は、みんなを守るための『好き』なんだね!」
「興味深いパラドックスね」
セラフィナが眼鏡をかけ直す。
「『金への愛』を装うことで『隣人愛』を貫く……。貴方の精神構造、やはり神聖な領域に達しているわ」
『ピコン。全員の好感度、さらに上昇』
『カテゴリ:「聖人君子」』
『「自分の欲望(金)すら、他者のために利用する男」として神格化が進行中』
俺は開いた扉の向こう、暗いダンジョンの通路を見つめながら、涙を流した。
神様。
俺の「本音」は、いつになったらこの世界に届くのでしょうか。
金が欲しい。
ただそれだけの叫びすら、愛の賛歌に変換されるこの世界が憎い。




