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愛、即、死。――恋した瞬間、君は死ぬ。  作者: 墻寧
第一部「即死能力発覚編」
14/16

第14話 ダンジョンの罠は、ピンク色のガス室

 金がない。

 前回の決闘で、小銭入れごと投げ飛ばして回収し忘れたせいで、俺の財布は氷河期を迎えていた。

 こうなれば、冒険者の基本に立ち返るしかない。

 即ち、ダンジョン探索である。


「師匠。この『忘却の地下迷宮』は、古代の遺物が眠るとされる高難度ダンジョンですが……本当にここでよろしいのですか?」


 松明の灯りを頼りに進む暗い石畳の道。

 ルミナが心配そうに聞いてくる。


「ああ、ここがいい。人気がないからな」


 俺は即答した。

 高難度ゆえに冒険者が寄り付かない。=誰にも会わない。=新たなヒロインフラグも立たない。

 完璧な選択だ。魔物なんて、後ろの最強女子会(チーム雑草)に任せておけばいい。


「くんくん……変な匂いがする」

 先頭を歩いていたミルミルが鼻をひくつかせた。


「甘い匂い? お菓子かな?」

「バカ、ダンジョンにお菓子があるわけ……」


 カチッ。

 俺の足元で、ベタなスイッチの音がした。


 ゴゴゴゴゴ……!

 床が抜け落ちた。


「うわあああああああ!」

「師匠!?」

「ユウリ!」

「重力加速度gを確認!」


 俺たちは真っ暗な穴へと落下していった。


          ◇


 ドスン。

 着地したのは、柔らかいクッションの上だった。

 いや、部屋全体がピンク色の柔らかい素材で覆われている。


「……なんだここ」


 俺は身を起こした。

 四方を壁に囲まれた密室。

 出口らしき扉は一つあるが、ハート型の鍵穴がついている。

 そして、壁には古代語でこう刻まれていた。


『真実の愛を叫ばねば、扉は開かぬ』


 ――出た。

 ラノベ名物、『〇〇しないと出られない部屋』だ。

 よりによって「愛の告白」強要タイプだ。


「……なるほど。古代の『求婚の儀式』に使われた部屋ね」

 セラフィナが冷静に壁の文字を解読する。


「この部屋は嘘を検知するわ。本心からの『愛の言葉』を音声入力しない限り、永遠に出られない」


「簡単じゃん!」

 ミルミルが尻尾を立てて、俺を見た。


「あたし、ユウリのこ……」

「待てェェェェェッ!!」


 俺はミルミルの口を両手で塞いだ。

 危ない! こいつは躊躇がない!


「むぐっ!?」

「いいか! 俺の名前を言うな! 絶対にだ!」


 もしここで「ユウリが好き!」なんて言われて、部屋が「正解(ピンポン!)」と判定したらどうなる?

 俺のスキル『愛、即、死。』が発動し、扉が開くと同時に俺の葬式が始まる!


「じゃあ、どうするのですか師匠?」

 ルミナが困り顔で尋ねる。

「嘘は通じないのですよね? 私たちが今、最も愛している存在といえば……やはり……」


 ルミナが熱っぽい瞳で俺を見る。

 やめろ。その「貴方です」みたいな顔をやめろ。


【警告。密室効果により、恋のボルテージ上昇中】

【さらに、部屋に充満し始めたピンク色のガスに『催淫効果』および『自白剤成分』を検知】

【即死リスク:5分以内に心停止】


 プシューーー……。

 壁の隙間から、甘ったるい匂いのガスが噴き出し始めた。


「んぅ……なんか、体が熱い……」

 ミルミルが俺の腕にすり寄ってくる。

「ユウリ、いい匂い……かじりたい……」


「いけません……理性が……」

 ルミナが膝をつき、荒い息を吐く。

「師匠……私に……命令を……」


「脳内物質の分泌量が制御不能……」

 セラフィナが眼鏡を外し、潤んだ瞳で俺を見上げる。

論理ロジックが……感情に塗り潰される……」


 地獄だ。

 催淫ガス充満の密室で、好感度MAXの美女三人に囲まれる。

 男の夢? 違う、これは処刑執行室だ!


 誰か一人でも口を開けば、確実に「愛してる」と言うだろう。

 そうすれば俺は死ぬ。

 だが、言わなければ一生ここから出られず、ガスで理性が飛んで……結局襲われて死ぬ(腹上死的な意味で)。


 詰んだ。

 いや、まだだ。

 「誰か」が愛を叫べばいいんだ。

 つまり、俺だ。


 俺が、俺の「本心からの愛」を叫べば、扉は開くはずだ!


「くっ……これしかない……!」


 俺は部屋の中心で仁王立ちになった。

 三人の視線が集まる。

 期待に満ちた視線だ。「まさか、師匠が私たちへの愛を!?」と思っているのが丸わかりだ。


 すまない。

 俺が愛しているのは、お前らじゃない。

 俺がこの世で最も愛し、渇望し、執着しているもの。

 それは――!


「うおおおおおおおっ!!」


 俺は腹の底から叫んだ。


「金ェェェェェェッ!! 俺は金が大好きだァァァッ!!」


 シーン……。

 部屋の空気が凍りついた。


「金貨! 銀貨! 宝石! 俺は何よりも金が欲しい! 金さえあれば平和が買える! 老後の安心が買える! 愛してるぞ諭吉(異世界通貨単位)ィィィ!!」


 ピンポンパンポーン♪


 軽快なチャイム音が鳴り響いた。

 ガチャン。

 ハート型の扉が、ゆっくりと開いた。


 判定:正解(True Love)。


「はぁ……はぁ……開いた……」


 俺は膝から崩れ落ちた。

 助かった。

 だが、代償として「守銭奴」というレッテルを貼られた。

 三人の冷ややかな視線が刺さるだろう。

 「最低」「金目当てだったのね」と。

 それでいい。嫌われることこそが、俺の生存戦略なのだから。


 俺は恐る恐る振り返った。


「……師匠」

 ルミナが震えている。

 目には涙が溜まっていた。


「嘘つき……」


 やはりか。軽蔑されたか。


「私たちを守るために……あえて『金が好き』なんていう汚名を被って……!」


「はい?」


「この部屋は『真実の愛』しか受け付けないはず。でも、師匠のその叫びには、私たちへの配慮が滲み出ていました」

 ルミナが俺の手を握りしめる。


「貴方は知っていたのですね。もし私たちが愛を叫べば、それは『秘密の暴露』となり、私たちが恥をかくことを。だから、貴方は自らをピエロにして、一人で泥を被った……!」


「違う! 俺は本気で金が好きなんだ! 部屋も正解判定だしただろ!」


「いいえ。あれは『仲間を守りたいという黄金の精神』に対する正解判定です!」

 なんでだよ! AIガバガバかよ!


「素敵……」

 ミルミルが抱きついてくる。

「ユウリの『好き』は、みんなを守るための『好き』なんだね!」


「興味深いパラドックスね」

 セラフィナが眼鏡をかけ直す。

「『金への愛』を装うことで『隣人愛』を貫く……。貴方の精神構造、やはり神聖な領域に達しているわ」


『ピコン。全員の好感度、さらに上昇』

『カテゴリ:「聖人君子」』

『「自分の欲望(金)すら、他者のために利用する男」として神格化が進行中』


 俺は開いた扉の向こう、暗いダンジョンの通路を見つめながら、涙を流した。

 

 神様。

 俺の「本音」は、いつになったらこの世界に届くのでしょうか。

 金が欲しい。

 ただそれだけの叫びすら、愛の賛歌に変換されるこの世界が憎い。

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