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愛、即、死。――恋した瞬間、君は死ぬ。  作者: 墻寧
第一部「即死能力発覚編」
12/16

第12話 湯けむりは、裸の決闘(デス・マッチ)の合図

 異世界ファンタジーにおいて、「温泉回」というのは約束されたファンサービスだ。

 読者は喜び、視聴率は上がり、キャラクターの親密度は深まる。

 だが、俺にとっては「処刑場」以外の何物でもない。


 スライム退治の報酬として、村長から『秘湯の利用券』をもらったのが運の尽きだった。

 山奥にある、源泉かけ流しの露天風呂。

 効能:疲労回復、美肌効果、そして**恋愛成就**。

 余計な効能つけやがって!


「……よし。完璧な布陣だ」


 俺は仁王立ちして、目の前の「壁」を見上げた。

 男湯と女湯を隔てる、高さ2メートルの竹垣。

 それだけでは不安なので、俺はさらに岩を積み上げ、脱衣所に落ちていた板を張り付け、バリケードを築いていた。

 名付けて『絶対拒絶のウォール・オブ・バージン』。


「いいかお前ら! 絶対に覗くなよ! こっちに来るなよ!」


 俺は壁の向こうに叫んだ。

 チャポン、と水音が響く。


「はい、師匠。武人の嗜みとして、決して覗き見などいたしません」

 ルミナの真面目な声。


「非効率ね。貴方の裸体データなど、すでに服の上からのスキャンで予測済みよ」

 セラフィナの冷徹な声。


「えー? ユウリと背中流しっこしたーい! 一緒に入ろうよー!」

 ミルミルの無邪気な声。


 油断ならない。特に最後の一匹。

 俺は湯船の隅っこ、壁から一番遠い場所で小さく縮こまった。

 湯気で視界が悪い。心拍数が上がる。のぼせているのか、死にかけているのか判別がつかない。


「はぁ……極楽……」


 そう思ったのも束の間。


「師匠?」


 壁の隙間(俺が埋め忘れた数ミリの穴)から、ルミナの声がした。


「背中は流さなくてよろしいのですか? 弟子の務めとして、師匠の凝り固まった筋肉をほぐしたいのですが」

「いらん! 俺の背中には『見ると石になる呪い』がかかってる!」

「メデューサですか……。ならば、目を閉じて洗えば問題ありませんね?」


 ザパーン!

 壁の上から、白いタオルが投げ込まれた。

 続いて、ルミナが壁をよじ登ろうとする気配!


「来るなァァッ! お前は聖女だろ! 混浴なんてハレンチなことしたら神様に破門されるぞ!」


「神など恐れません! 私が仕えるのは今や神ではなく、師匠あなたです!」

「重い! 信仰の対象を変えるな!」


 ガガガッ!

 竹垣が悲鳴を上げる。聖騎士の腕力で、物理的に壁を破壊しようとしている!

 やばい。裸の聖女が降ってくる!


「ユウリ、あたしが先だー!」


 ドォォォン!!

 ルミナが作った隙をついて、ミルミルが砲弾のように空を飛んだ。

 猫獣人の跳躍力。軽々と壁を越え、俺の目の前の湯船に着水する。


 バッシャーーーン!!


 大量のお湯が津波のように俺を襲う。

 湯煙の中から現れたのは、一糸まとわぬ褐色の肌……ではない。


「……あれ?」


 俺は目をこすった。

 ミルミルは、なぜか全身に白いモヤのようなものを纏っていた。


「にゃはは! セラフィナがね、『そのまま入るとユウリが死んじゃうから』って、湯気で隠す魔法をかけてくれたの!」


 ナイスだ魔女!

 ……いや、待て。

 「見えない」というのは、逆に想像力を掻き立てる。

 チラリズムの極致だ。


「ユウリ、洗ってあげるー!」


 見えないミルミルが、俺の背中に抱きついた。

 感触はある。

 柔らかい。温かい。ヌルヌルする。


【警告。ミルミル・テイルスナッチ、スキンシップによる幸福度上昇】

【「裸の付き合い」により、心の壁も全撤去されました】

【即死カウントダウン、開始。残り5秒】


「離れろ! 俺の体はタワシより硬いぞ! 肌が削れるぞ!」


「んー? 気持ちいいよ? ユウリ、心臓すごい音してる! 興奮してるの?」

「恐怖だと言ってるだろ!」


 俺はミルミルをひっぺがして、湯船の反対側へ投げ飛ばした(優しく)。

 息が切れる。

 心臓が痛い。

 のぼせた。もう限界だ。出よう。


 俺が立ち上がろうとした瞬間、脱衣所の方から冷たい声が響いた。


「動かないで」


 セラフィナだ。

 彼女はいつの間にか、脱衣所の入り口に立っていた。

 もちろん、バスタオル一枚の姿で。眼鏡が湯気で曇っているのが逆に怖い。


「な、なんだ。覗きか? 変態魔女め!」


「データ収集よ。温泉成分と、貴方の体液(汗)が混ざり合った時の化学反応を観測しているの」


 彼女は手に持ったフラスコにお湯を汲んだ。

 そして、曇った眼鏡をくいっと上げ、俺を凝視する。


「……意外ね」

「何がだ」

「もっと貧相な体かと思っていたけれど……無駄のない筋肉。古傷の数々。……美しいわ」


 ピタリ。

 俺の動きが止まる。

 セラフィナの瞳から、理性の光が消えかけている。

 「観察対象」としての興味が、「性的対象」としての興味にスライドする音がした。


【警告。セラフィナ・フロスト=ルクス、発情係数上昇】

【「美しい」という感情は、恋への入り口です】

【このまま裸を見せ続ければ、彼女の論理回路が焼き切れて即死します】


 見られるな!

 隠せ!

 男の尊厳(股間)だけでなく、全てを!


「うおおおおおっ! 隠れ蓑の術!」


 俺は湯船に深く潜った。

 鼻までお湯につかる。

 これなら顔しか見えない!


「あら、隠すの? 恥じらい……それもまた、そそる要素ね」

 セラフィナが一歩、湯船に足を踏み入れる。


「待て! 入るな! 溢れる! アルキメデスの原理でお湯が溢れる!」


「師匠! 私も参戦します!」

 壁を破壊したルミナも乱入してきた。

 タオル一枚の聖女、タオル一枚の魔女、湯気まみれの獣人。

 三方向から包囲された。


 ここはお風呂場。

 逃げ場はない。

 武器もない(素っ裸)。


 俺に残された武器は、口先だけだ。


「……ふっ。愚かな」


 俺は湯船の中から、渋い声を出した。


「え?」


「俺がなぜ、ここまで頑なに体を隠すか……わからないか?」

「な、なぜですか?」


「俺の体には……『愛した女の名前』が刻まれているからだ!」


 シーン……。

 湯気が揺れる音だけが響く。


「昔、死んだ女の名だ。俺はそいつを忘れないために、全身に刺青を入れている。……お前らに、その重い過去(刺青)を見せるわけにはいかないんだよ」


 大嘘だ。

 刺青なんてワンポイントもない。

 だが、これで「過去の女を引きずる重い男」になれる。

 女ってのは、未練がましい男が嫌いなはずだ!


 ルミナが口元を押さえた。

「……なんてこと」

 涙ぐんでいる。


「亡き人を想い続け、自らの体にその証を刻む……。それほどの深い愛を持った方だったなんて……!」

「え?」


「一途……! 尊い……! 貴方のその『一途さ』に、私の心は焼かれそうです!」


 逆効果だー!!

 聖女には「一途な愛」がクリティカルヒットしてしまった!


「過去ごと愛します! その刺青、私に見せてください! 私が上書きしてあげます!」

「私も興味あるわ。記憶の定着と皮膚組織の関係性……解明したい」

「ユウリにお絵かきしてあるの? 見たーい!」


 ザパーン!

 三人が同時に湯船に飛び込んできた。

 津波。

 俺は物理的に流された。


 薄れゆく意識の中で、俺は思った。

 温泉なんて二度と来るか。

 次は砂漠に行こう。水のない、乾いた土地へ……。


 翌日。

 「のぼせて気絶した」ということにして難を逃れた俺だったが、ルミナからは「いつかその背中を見せてください」と熱っぽい目で見られ続けることになった。

 見せられない。

 だって、何もないツルツルの背中だから。

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