第11話 宴(うたげ)は、理性の決壊(ブレイク)祭り
酒は、心の潤滑油だという。
だが、その油が俺にとっては「火に油」にしかならないことを、この時の俺はまだ知らなかった。
夜。王都の安酒場『赤提灯亭』。
俺たち『チーム雑草』は、パーティー結成記念(という名の、三人が勝手に企画した飲み会)を開催していた。
「カンパーイ!」
「乾杯です、師匠!」
「プロトコル『宴会』、開始」
ジョッキがぶつかり合う。
俺のグラスに入っているのは水だ。絶対に酔えない。酔ってガードが下がれば、ポロリと本音が出るか、あるいはポロリと死ぬかだ。
「ぷはーっ! 仕事の後の聖水(という名の度数50度の蒸留酒)は効きますね!」
ルミナが豪快にジョッキを空けた。
聖騎士、酒豪かよ。しかも飲み方がオッサンくさい。
「師匠も飲んでください! 今日は無礼講です!」
「いや、俺は宗教上の理由で水しか……」
「水臭いです! ……あ、水だけに!」
ルミナが自分で言って自分で爆笑し、俺の背中をバンバン叩いた。痛い。筋力がゴリラだ。
頬が赤い。目が座っている。
……嫌な予感がする。
「ねえねえユウリ! これ美味しいよ! 『マタタビ・ハイボール』!」
ミルミルが尻尾を逆立ててニヤニヤしている。
瞳孔が開いている。
マタタビ。猫にとっては麻薬のようなものだ。
「あはは……世界が回るぅ……ユウリが二人に増えたぁ……二人とも好きぃ……」
「増やすな! 俺一人でも処理しきれないのに!」
そして、一番静かなのがセラフィナだ。
彼女は青いカクテルを静かに揺らし、眼鏡の奥から俺を見つめている。
「……アルコール摂取による前頭葉の麻痺。ドーパミンの過剰分泌。……なるほど、これが『酩酊』ね」
「おい、大丈夫か? 顔色が白いぞ」
「問題ないわ。ただ……」
セラフィナがふらりと立ち上がり、俺の隣に座り直した。距離ゼロセンチ。
「普段なら抑制されている『本能』が、論理の檻を破ろうとしている……。ユウリ、貴方の唇の温度を測定させて?」
「座れ! 檻に戻れ!」
ダメだ。全員酔ってる。
酒の席、それは「本音」が出る場所。
つまり、「隠していた恋心」が爆発する場所だ!
【警告。対象:全員。理性のタガが外れました】
【ここからは無法地帯です】
【即死判定、3倍速モードへ移行】
「師匠ぉ……聞いてくださいよぉ……」
ルミナが俺の肩に頭を預けてきた。重い。
「私ぃ、ずっと我慢してたんですぅ。聖騎士だからってぇ、清く正しく生きろってぇ……。でもぉ、本当はぁ……」
「そ、それ以上言うな! 愚痴なら聞く! 愛の告白以外なら何でも聞く!」
「本当はぁ……師匠のその、ゴミを見るような目が……ゾクゾクするんですぅ……」
ドMか!
なんだその性癖カミングアウトは!
「もっと罵ってください……『雌豚』って呼んでください……」
「呼べるか! 聖女だろお前!」
「呼んでくれないと……好きって言っちゃいますよぉ? 愛してるって叫んじゃいますよぉ?」
脅迫だ!
これは「罵倒」か「即死」かの二択を迫る悪魔のゲームだ!
「わ、わかった! この……泥棒猫!」
「んふぅ……効くぅ……♡」
ルミナがとろけた顔でジョッキを舐めた。
地獄だ。このテーブルだけ空気がピンク色に濁っている。
「にゃーん! ユウリ、食べちゃうぞー!」
ガブッ。
反対側の肩をミルミルに噛まれた。
「痛っ! 肉を食え! 唐揚げを!」
「やだ! ユウリの方がジューシーだもん! 首筋からフェロモン出てるもん! ペロペロさせてー!」
ミルミルのザラザラした舌が、俺の首筋を這う。
くすぐったいとかじゃない。
「捕食」と「求愛」の中間だ。
【警告。ミルミル・テイルスナッチ、興奮度MAX】
【このまま首筋にキスマークをつけられた場合、所有権が確定し、即死します】
「離れろ! 俺は今、皮膚病なんだ! 『猫をハゲさせる菌』を持ってるんだ!」
「ハゲてもいい! ユウリと一緒ならハゲも怖くない!」
愛が重い! そしてハゲへの恐怖心が麻痺している!
酔っぱらいに理屈は通じない。
「非効率ね」
セラフィナが、俺のネクタイ(ボロ布)をグイッと引っ張った。
正面衝突。
彼女の吐息が酒臭い……いや、甘い香りがする。
「言葉も、スキンシップも、まどろっこしいわ。……『既成事実』を作れば、貴方は私のサンプルになるしかなくなる」
「き、既成事実とは……?」
「こういうことよ」
セラフィナが俺の膝の上に乗り上げた。
酒場がどよめく。
「おい見ろ、あそこで騎乗位が始まるぞ」「すげえ、公開実験か?」
「違う! 降りろ! 重くはないけど精神的に重い!」
「暴れないで。……じっとしていれば、すぐに終わるわ(意味深)」
セラフィナの手が俺の胸板を這い、心臓の鼓動を確かめる。
「ドクン、ドクン……。貴方も興奮しているのね? 数値は嘘をつかないわ」
「これは恐怖だ! 死刑台に登る囚人の鼓動だ!」
絶体絶命。
右にドM聖女。左に噛みつき獣人。正面に騎乗位魔女。
酒場の客たちは煽り立て、店主は「追加オーダー入ります!」とか叫んでいる。
ここで誰か一人でも「愛してる」と口にすれば、俺の心臓は止まる。
あるいは、俺の理性が崩壊して彼女たちを受け入れてしまっても、俺の心臓は止まる。
どちらに転んでも死だ。
こうなれば。
やるしかない。
『酔っ払いの王』になって、この場を破壊するしかない!
「うおおおおおおおおっ!!」
俺は雄叫びを上げ、テーブルの上の水を一気飲みした。
そして、立ち上がってセラフィナを振り落とし、叫んだ。
「俺は酔ったぞォォォ! 水で酔ったぞォォォ!」
「し、師匠!?」
「俺はなぁ! 酒が入ると『説教おじさん』になるんだよ! 座れお前ら! 正座だ!」
俺の剣幕に、三人がビクッとして座り直す。
「まずルミナ! お前の飲み方は汚い! 小指を立てて飲むな! あと枝豆の皮を散らかすな!」
「は、はい……!」
「ミルミル! 唐揚げに勝手にレモンをかけるな! かける派とかけない派の戦争が起きるだろ!」
「ご、ごめんなさい……」
「セラフィナ! 酒の成分分析をするな! 『エタノール濃度15%』とか言うな! 雰囲気が死ぬんだよ!」
「……以後、気をつけます」
「わかったら解散だ! 勘定は……俺が払うからさっさと帰って寝ろ!」
シーン……。
酒場が静まり返る。
俺は肩で息をする。
やったか? 「面倒くさい酔っ払い」を演じて、百年の恋も冷めさせたか?
「……素敵」
ルミナが頬を染めて呟いた。
「私たちの悪癖を、公衆の面前で叱って正してくれるなんて……まさに指導者の鑑……」
「唐揚げの平和を守るユウリ……かっこいい!」
「感情に任せて怒る姿……レアなデータが取れたわ」
『ピコン。全員の好感度、「家族愛」レベルへ昇華』
『「厳しいお父さん」ポジションを獲得しました』
なんでだよ!
なんでそうなるんだよ!
結局、俺は泥酔して動けなくなった美女三人を、一人ずつおんぶして宿まで運ぶ羽目になった。
背中に感じる体温。
耳元で囁かれる「むにゃむにゃ……好き……」という寝言(即死判定スレスレ)。
往復3回。
俺の筋力トレーニングとしては最高だったが、精神は限界まで摩耗した。
酒は飲んでも飲まれるな。
愛されても愛するな。
それが、この世界の鉄則らしい。




