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愛、即、死。――恋した瞬間、君は死ぬ。  作者: 墻寧
第一部「即死能力発覚編」
11/16

第11話 宴(うたげ)は、理性の決壊(ブレイク)祭り

 酒は、心の潤滑油だという。

 だが、その油が俺にとっては「火に油」にしかならないことを、この時の俺はまだ知らなかった。


 夜。王都の安酒場『赤提灯亭』。

 俺たち『チーム雑草』は、パーティー結成記念(という名の、三人が勝手に企画した飲み会)を開催していた。


「カンパーイ!」

「乾杯です、師匠!」

「プロトコル『宴会』、開始」


 ジョッキがぶつかり合う。

 俺のグラスに入っているのは水だ。絶対に酔えない。酔ってガードが下がれば、ポロリと本音が出るか、あるいはポロリと死ぬかだ。


「ぷはーっ! 仕事の後の聖水(という名の度数50度の蒸留酒)は効きますね!」


 ルミナが豪快にジョッキを空けた。

 聖騎士、酒豪かよ。しかも飲み方がオッサンくさい。


「師匠も飲んでください! 今日は無礼講です!」

「いや、俺は宗教上の理由で水しか……」

「水臭いです! ……あ、水だけに!」


 ルミナが自分で言って自分で爆笑し、俺の背中をバンバン叩いた。痛い。筋力がゴリラだ。

 頬が赤い。目が座っている。

 ……嫌な予感がする。


「ねえねえユウリ! これ美味しいよ! 『マタタビ・ハイボール』!」


 ミルミルが尻尾を逆立ててニヤニヤしている。

 瞳孔が開いている。

 マタタビ。猫にとっては麻薬のようなものだ。


「あはは……世界が回るぅ……ユウリが二人に増えたぁ……二人とも好きぃ……」

「増やすな! 俺一人でも処理しきれないのに!」


 そして、一番静かなのがセラフィナだ。

 彼女は青いカクテルを静かに揺らし、眼鏡の奥から俺を見つめている。


「……アルコール摂取による前頭葉の麻痺。ドーパミンの過剰分泌。……なるほど、これが『酩酊』ね」

「おい、大丈夫か? 顔色が白いぞ」


「問題ないわ。ただ……」

 セラフィナがふらりと立ち上がり、俺の隣に座り直した。距離ゼロセンチ。


「普段なら抑制されている『本能』が、論理の檻を破ろうとしている……。ユウリ、貴方の唇の温度を測定させて?」

「座れ! 檻に戻れ!」


 ダメだ。全員酔ってる。

 酒の席、それは「本音」が出る場所。

 つまり、「隠していた恋心」が爆発する場所だ!


【警告。対象:全員。理性のタガが外れました】

【ここからは無法地帯ノー・ルールです】

即死デス判定、3倍速モードへ移行】


「師匠ぉ……聞いてくださいよぉ……」


 ルミナが俺の肩に頭を預けてきた。重い。


「私ぃ、ずっと我慢してたんですぅ。聖騎士だからってぇ、清く正しく生きろってぇ……。でもぉ、本当はぁ……」

「そ、それ以上言うな! 愚痴なら聞く! 愛の告白以外なら何でも聞く!」


「本当はぁ……師匠のその、ゴミを見るような目が……ゾクゾクするんですぅ……」


 ドMか!

 なんだその性癖カミングアウトは!


「もっと罵ってください……『雌豚』って呼んでください……」

「呼べるか! 聖女だろお前!」


「呼んでくれないと……好きって言っちゃいますよぉ? 愛してるって叫んじゃいますよぉ?」


 脅迫だ!

 これは「罵倒」か「即死」かの二択を迫る悪魔のゲームだ!


「わ、わかった! この……泥棒猫!」

「んふぅ……効くぅ……♡」


 ルミナがとろけた顔でジョッキを舐めた。

 地獄だ。このテーブルだけ空気がピンク色に濁っている。


「にゃーん! ユウリ、食べちゃうぞー!」


 ガブッ。

 反対側の肩をミルミルに噛まれた。


「痛っ! 肉を食え! 唐揚げを!」

「やだ! ユウリの方がジューシーだもん! 首筋からフェロモン出てるもん! ペロペロさせてー!」


 ミルミルのザラザラした舌が、俺の首筋を這う。

 くすぐったいとかじゃない。

 「捕食」と「求愛」の中間だ。


【警告。ミルミル・テイルスナッチ、興奮度MAX】

【このまま首筋にキスマークをつけられた場合、所有権が確定し、即死します】


「離れろ! 俺は今、皮膚病なんだ! 『猫をハゲさせる菌』を持ってるんだ!」

「ハゲてもいい! ユウリと一緒ならハゲも怖くない!」


 愛が重い! そしてハゲへの恐怖心が麻痺している!

 酔っぱらいに理屈は通じない。


「非効率ね」


 セラフィナが、俺のネクタイ(ボロ布)をグイッと引っ張った。

 正面衝突。

 彼女の吐息が酒臭い……いや、甘い香りがする。


「言葉も、スキンシップも、まどろっこしいわ。……『既成事実』を作れば、貴方は私のサンプルになるしかなくなる」

「き、既成事実とは……?」


「こういうことよ」


 セラフィナが俺の膝の上に乗り上げた。

 酒場がどよめく。

 「おい見ろ、あそこで騎乗位が始まるぞ」「すげえ、公開実験か?」


「違う! 降りろ! 重くはないけど精神的に重い!」


「暴れないで。……じっとしていれば、すぐに終わるわ(意味深)」


 セラフィナの手が俺の胸板を這い、心臓の鼓動を確かめる。


「ドクン、ドクン……。貴方も興奮しているのね? 数値は嘘をつかないわ」

「これは恐怖だ! 死刑台に登る囚人の鼓動だ!」


 絶体絶命。

 右にドM聖女。左に噛みつき獣人。正面に騎乗位魔女。

 酒場の客たちは煽り立て、店主は「追加オーダー入ります!」とか叫んでいる。


 ここで誰か一人でも「愛してる」と口にすれば、俺の心臓は止まる。

 あるいは、俺の理性が崩壊して彼女たちを受け入れてしまっても、俺の心臓は止まる。

 どちらに転んでも死だ。


 こうなれば。

 やるしかない。

 『酔っ払いの王』になって、この場を破壊するしかない!


「うおおおおおおおおっ!!」


 俺は雄叫びを上げ、テーブルの上の水を一気飲みした。

 そして、立ち上がってセラフィナを振り落とし、叫んだ。


「俺は酔ったぞォォォ! 水で酔ったぞォォォ!」

「し、師匠!?」


「俺はなぁ! 酒が入ると『説教おじさん』になるんだよ! 座れお前ら! 正座だ!」


 俺の剣幕に、三人がビクッとして座り直す。


「まずルミナ! お前の飲み方は汚い! 小指を立てて飲むな! あと枝豆の皮を散らかすな!」

「は、はい……!」


「ミルミル! 唐揚げに勝手にレモンをかけるな! かける派とかけない派の戦争が起きるだろ!」

「ご、ごめんなさい……」


「セラフィナ! 酒の成分分析をするな! 『エタノール濃度15%』とか言うな! 雰囲気が死ぬんだよ!」

「……以後、気をつけます」


「わかったら解散だ! 勘定は……俺が払うからさっさと帰って寝ろ!」


 シーン……。

 酒場が静まり返る。

 俺は肩で息をする。

 やったか? 「面倒くさい酔っ払い」を演じて、百年の恋も冷めさせたか?


「……素敵」

 ルミナが頬を染めて呟いた。


「私たちの悪癖を、公衆の面前で叱って正してくれるなんて……まさに指導者の鑑……」

「唐揚げの平和を守るユウリ……かっこいい!」

「感情に任せて怒る姿……レアなデータが取れたわ」


『ピコン。全員の好感度、「家族愛」レベルへ昇華』

『「厳しいお父さん」ポジションを獲得しました』


 なんでだよ!

 なんでそうなるんだよ!


 結局、俺は泥酔して動けなくなった美女三人を、一人ずつおんぶして宿まで運ぶ羽目になった。

 背中に感じる体温。

 耳元で囁かれる「むにゃむにゃ……好き……」という寝言(即死判定スレスレ)。


 往復3回。

 俺の筋力トレーニングとしては最高だったが、精神は限界まで摩耗した。

 酒は飲んでも飲まれるな。

 愛されても愛するな。

 それが、この世界の鉄則らしい。

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