第10話 買い物は、好感度のインフレ市場
冒険者にとって、装備は命だ。
だが、俺にとっての装備とは「モテないための拘束具」であるべきだ。
「師匠。その剣、錆びてボロボロではありませんか?」
街の大通り。武器屋の前で、ルミナが俺の腰の剣を指差した。
俺の愛剣『なまくら丸(拾った鉄くず)』だ。切れ味は皆無。これでスライムを叩くと、切れるというより弾ける。
「これでいいんだ。俺は『不殺』を誓っているからな」
「不殺……! 強大な力を持ちながら、あえて錆びた剣で己を戒めるとは……」
違う。金がないのと、鋭い剣を持つと「剣聖」とか勘違いされそうだからだ。
「しかし、防具は新調すべきです」
セラフィナが口を挟む。
「貴方の防御力は数値上、紙くず同然よ。昨日のように泥でコーティングするのも合理的だけど、街中では衛生的に問題があるわ」
「ユウリ、新しい服買おー! あたしが選んであげる!」
ミルミルが俺の腕を引っ張る。
……まあ、確かに。
俺の服はボロ布だ。これ以上みすぼらしいと、逆に「影のある浪人」みたいでカッコいいとか言われ始めたので、イメージチェンジは必要かもしれない。
「わかった。買いに行く。ただし!」
俺は釘を刺した。
「選ぶのは俺だ。お前らのセンス(キラキラ騎士、インテリ魔導士、露出狂獣人)は信用ならん!」
◇
訪れたのは、王都でも有名な高級武具店……の、向かいにある古着屋『呪い堂』。
店主が死んだ魚のような目をしている、怪しい店だ。
ここなら、「ダサくて」「呪われてて」「誰も近寄らない」装備があるはずだ。
「いらっしゃ……ひぃっ!?」
店主が、俺の背後の美女三人を見て悲鳴を上げた。
聖女、魔女、獣人。この店の客層(主に闇金業者やネクロマンサー)とは明らかに違うオーラを放っている。
「おい親父。この店で一番『人気がない』『不気味な』装備をくれ」
「は、はい……こちらなどいかがでしょう」
店主が震える手で出したのは、フルフェイスの鉄仮面だった。
表面には無数の傷。目の部分は黒く塗りつぶされ、口元には格子。
商品名:『処刑人の沈黙』。
「いいな。これだ」
俺は即決した。
これなら顔が見えない。視線による即死判定を防げる!
俺は早速、その鉄仮面を被ってみた。
ガチャン。
視界が狭まる。呼吸が少し苦しい。
鏡を見る。そこに映っていたのは、どう見てもホラー映画の殺人鬼だった。
「ククク……どうだ。これなら誰も俺に恋などしまい。近づくことすら躊躇うだろう!」
俺は自信満々で振り返った。
さあ、悲鳴を上げろ! ドン引け!
「……なんてこと」
ルミナが口元を押さえた。
その瞳が、なぜか潤んでいる。
「師匠……そこまでして、ご自身の『美貌』を封印されるのですか?」
「は?」
「貴方のその整った顔立ちは、多くの女性を惑わせてしまう。だからこそ、あえて醜悪な仮面でその罪(美しさ)を隠し、孤独に生きようというのですね……!」
なんでそうなる!
俺はただの不審者になりたかっただけだ!
「わかります。仮面の下に隠された素顔を知っているのは、私たちだけ……。背徳的で、ゾクゾクします」
セラフィナが眼鏡を妖しく光らせた。
彼女の頬が赤い。
「秘密の共有」というスパイスが効いてしまっている!
「ユウリ、それカッコいいー! 悪者みたい!」
ミルミルが尻尾を振る。
「ねえねえ、その仮面つけたまま『ガウガウ』ってやって! 襲って!」
【警告。対象:全員。好感度上昇】
【「仮面系男子」というニッチな需要を掘り当ててしまいました】
【ミステリアス値、限界突破】
失敗だ!
仮面は逆効果だった! 「隠されると見たくなる」のが人間の心理か!
「脱ぐ! こんなもん脱ぐぞ!」
俺は仮面を外そうと手をかけた。
……外れない。
「ん? んんんーッ!?」
ガタガタと揺らすが、びくともしない。
そういえば商品名が『呪い堂』だった。これ、呪いのアイテムか!
「親父! 外れんぞ! どうなってる!」
「あ、あのお客さん……それは『一生愛する人とキスをするまで外れない呪い』がかかってまして……」
――時が止まった。
一生愛する人と、キス。
俺の場合、それは「キス=即死」を意味する。
つまり、この仮面は一生外れないことが確定した。
「ふざけんなァァァァッ!!」
俺の絶叫が仮面の中で反響し、不気味な重低音となって店内に響いた。
「あら? キスが必要なの?」
セラフィナが一歩前に出る。
「仮説の検証が必要ね。私のキスで呪いが解けるか、試してみましょう」
「待ちなさいセラフィナ殿。呪解なら聖職者の役目。私の清らかな口付けで浄化します」
ルミナが顔を赤らめて迫る。
「あたしが舐めて溶かすー!」
ミルミルが飛びついてくる。
「寄るな! 全員ステイだ!」
俺は店の中を逃げ回った。
鉄仮面を被った男が、美女三人に追いかけ回される。
はたから見れば「モテモテの鬼ごっこ」だが、実態は「デスゲーム」だ。
ガンッ!
逃げ回る最中、俺は店の商品棚にぶつかった。
棚の上から、一着の服が落ちてくる。
それは、黒い革の拘束衣のようなジャケットだった。
「おっ、それは『魔獣使いのコート』! 着るだけで周囲の魔物を魅了する効果が……」
店主の説明が終わる前に、そのコートが俺の肩に引っかかった。
ズシッ。
呪いの仮面と、魅了のコート。
最悪のコーディネートが完成した。
【警告。フェロモン出力、300%に増幅】
【周囲の女性客(おばちゃん含む)からの視線集中】
【即死エリア、拡大中】
店の外の通行人までもが足を止め、俺を見ている。
「なにあの仮面の人……素敵……」「悪い男の匂いがするわ……」
「違う! 俺は変質者だ! 通報してくれ!」
俺は叫びながら店を飛び出した。
だが、その声も仮面のせいで「渋い低音ボイス」に変換されてしまう。
「ああっ、行ってしまわれる……」
「追いかけましょう、私たちのダークヒーローを!」
背後から迫る『チーム雑草(の美女たち)』。
そして増えていく街のファンたち。
結局、その日の夜。
宿屋の主人(男)に頼み込んで、ペンチで無理やり仮面を破壊してもらうまで、俺はトイレに行くことすらままならない「アイドル地獄」を味わった。
教訓。
変にカッコつけようとするな。
ありのままの俺(ジャージ姿)が一番平和だ。




