第1話 告白は、お葬式の始まり
告白というのは普通、青春の1ページであり、輝かしい未来への入り口だ。
だが、俺にとっては違う。
俺にとっての告白とは――殺人予告に他ならない。
「す、好きです! ユウリさん、初めて会った時からずっと……!」
異世界の片田舎、平和な村の裏路地。
村娘のニーナちゃん(推定16歳、そばかすが可愛い)が、頬を赤らめて俺を見上げている。
その瞳は潤み、今まさに恋という名の果実が熟れ落ちようとしていた。
俺、相馬・ノクターン・ユウリの脳内で、けたたましい警報音が鳴り響く。
『警告。対象からの好意、閾値を突破。「憧れ」から「恋愛」への変質を確認』
『致死判定、スタンバイ』
「待てェェェェッ!!」
俺は絶叫した。
ロマンチックな雰囲気を木っ端微塵にする、必死の形相で。
「ニーナちゃん! 頼むから考え直してくれ! 俺を見ろ、目つきが悪いだろ!? 昨日の夕飯もニンニク増し増しだったぞ! 口が臭い! 性格も悪い! 足も臭い! な!?」
「うふふ。そんな風に自分の欠点をさらけ出してくれるところも……誠実で、素敵……」
「違う違う違う! ポジティブ解釈をやめろ!」
ダメだ、止まらない。彼女の瞳の中のハートマークが巨大化していく。
そして、その瞬間は訪れた。
「――大好き」
ドクン、と。
世界がスローモーションになる。
ニーナちゃんの笑顔が固まった。
瞳からハイライトが消える。
膝から力が抜け、糸切れた人形のように崩れ落ちる。
そして、口から半透明の白いモヤ(魂)が「すぅーっ」と抜け出した。
「ぎゃあああああああ! 出たあああああ!」
俺は光の速さでタックルし、彼女の崩れ落ちる体を抱き留め、抜けかけた魂を両手で掴んで口の中にねじ込んだ。
「戻れ! 戻ってくれニーナちゃん! 死ぬな! 恋ごときで死ぬんじゃない!」
俺は彼女を地面に寝かせ、必死の心臓マッサージ(物理)を開始した。
肋骨が折れるギリギリの強打。
ガン! ガン! ガン!
「い、息を……吹き返せ……ッ!」
「……かはっ!?」
ニーナちゃんが大きく息を吸い込み、白目を剥いて覚醒した。
よかった、間に合った。即死判定の直後、0.5秒以内の蘇生措置。
彼女はぼんやりとした目で俺を見つめ、呟く。
「あれ……私……天国でお花畑を……?」
「夢だ! それは夢だ! いいか、俺のことは忘れろ! 俺に関わるとロクなことがない!」
俺は彼女が完全に意識を取り戻す前に、脱兎のごとくその場から逃げ出した。
背後から「待ってぇ、王子様ぁ……」といううわ言が聞こえたが、振り返らない。振り返れば、今度こそ彼女は永眠する。
俺は路地裏を走り抜けながら、虚空に浮かぶ自分だけのステータス画面を睨みつけた。
【名称】相馬・ノクターン・ユウリ
【ユニークスキル】愛、即、死。(ラブ・エクスキューショナー)
【効果】対象が所有者に「恋愛感情」を抱いた瞬間、対象の心臓を停止させる。
【備考】発動は絶対。不可逆。防御不能。
「ふざけんなクソ神ィィィィッ!!」
俺の慟哭が、異世界の青空に虚しく響き渡った。
◇
俺がこの世界に転生して(正確には日本人の父と異世界人の母を持つハーフとして覚醒して)から、数週間が経つ。
わかっていることは一つ。
俺は、「誰からも愛されてはいけない」ということだ。
好意、尊敬、友情。ここまではセーフ。
だが、「異性として意識」した瞬間、相手は死ぬ。
文字通り、俺の魅力(自分で言うのも何だが、無駄に「危険な色気」があるらしい)に当てられて、ショック死するのだ。
つまり俺は、世界を救う勇者になる前に、「世界一嫌われなきゃいけない男」になってしまった。
「はぁ……はぁ……とりあえず、あの村からは離れよう」
森の中を早足で進む。
目指すは王都。
人口が多い場所なら、俺みたいな「目つきの悪い男」なんて誰も気にしないはずだ。
そう、「空気」になりたい。モブになりたい。誰の視界にも入りたくない。
ガサッ。
藪の向こうから、不穏な音が聞こえた。
獣の唸り声。そして、金属がぶつかる音。
「……戦闘?」
無視だ。関わればフラグが立つ。
俺は「君子危うきに近寄らず」の精神で迂回しようとした。
「くっ……! なんて数なの……!」
凛とした、だが切迫した女性の声。
チラリと見えてしまった。
燃えるような赤い髪。白銀の鎧。
一人の女騎士が、十数匹のオークに囲まれている。
彼女は強そうだが、すでに肩から血を流し、息が上がっていた。
オークたちの下卑た笑い声。
――あ、これ、異世界モノでよくある「くっ殺(くっ、殺せ!)」の場面だ。
「……見なかったことに……」
できるかボケェッ!!
俺は根が善人なんだよ! チクショウ!
放っておいて彼女が惨殺される夢見の悪さと、助けて惚れられて即死させるリスク。
天秤にかければ、まだ後者の方がコントロールできる可能性がある!
「オラァァァァッ!!」
俺は藪から飛び出した。
武器は腰に差していた安物の鉄剣。
だが、今の俺には「逃げ足」で鍛えた脚力と、ストレスで煮詰まった殺意がある。
「ブヒッ!?」
背後から強襲されたオークが、何が起きたかわからない顔で首を飛ばされた。
俺はそのままの勢いで、女騎士の前に滑り込む。
「下がってろ! 雑魚が何匹集まろうが、俺の『イライラ発散』の邪魔なんだよ!」
口から出たのは、精一杯の悪役ムーブ。
本当は「大丈夫ですか!? 怪我は!?」と聞きたい。
だが、優しさは死を招く。
ここは「通りすがりの粗暴な冒険者」を演じるしかない!
「あ、あなたは……?」
「黙って見てろ、三下!」
俺は剣を振り回した。
スキル『愛、即、死。』の副作用なのか、俺の身体能力は異常に高い。
たぶん、「惚れさせて殺す」ために、無駄にカッコいい戦闘スタイルが最適化されているのだ。ふざけるな。
流れるような剣舞。
オークたちが次々と沈んでいく。
返り血が頬に付着し、それを親指で拭う。
月光(昼だけどイメージ)を背に、最後のオークを突き刺す。
静寂。
俺は、ゆっくりと女騎士の方を振り返った。
そして、最大限に顔を歪め、「ゲスな笑み」を作ろうとした。
「へっ。掃除完了だ。おい女、助けてやったんだから金貨の一枚も……」
そこまで言って、俺は言葉を失った。
女騎士――ルミナ・フレアハート(後に知る名前だ)が、俺を見ていた。
その赤い瞳が、キラキラと輝いている。
頬が、上気している。
乱れた赤髪が、風になびく。
……まずい。
非常にまずい空気が流れている。
『警告。対象:ルミナ・フレアハート。好感度上昇を確認』
『「命の恩人」フラグ成立。尊敬値、急上昇』
『心拍数増加。瞳孔散大。フェロモン感知』
視界の端で、赤い警告灯が点滅を始めた。
「……素晴らしい」
ルミナが、うっとりとした声で呟く。
「無駄のない剣技。圧倒的な実力。それなのに、名乗ることもせず、ただ『邪魔だ』と言い放つ孤高の精神……」
いや違う。ただの八つ当たりだ。
「貴方は……私の、理想の……」
ピコン。
脳内で、決定的な音がした。
即死カウンター、起動。残り3秒。
「――っ!?」
ルミナが胸を押さえた。
顔色がサッと青ざめる。
「あれ? 胸が、苦しい……? 高鳴りすぎて、痛い……?」
それは恋のドキドキじゃない! 心停止の前兆だ!!
「近寄るなァァァァッ!!」
俺は彼女に向かって、本日二度目の絶叫を放った。
そして、あろうことか彼女の足元に唾を吐き捨てた。
「ぺッ! なんだその貧相な鎧は! 見ているだけで貧乏が伝染る! 俺は金持ち以外には興味がねえんだよ! 失せろ貧乏人!」
どうだ! 最低だろ!
命の恩人が一転、守銭奴のクズ野郎だ!
これで「百年の恋」も冷めるはず!
ルミナは呆然と俺を見ている。
胸を押さえた手が震えている。
警告音が止んだ。心停止の危機は去ったようだ。
ふぅ、と俺は心の中で安堵の息をつく。
これで嫌われた。軽蔑された。
もう二度と会うこともないだろう。
「あばよ! 二度と俺の前にツラ見せるな!」
俺はマントを翻し、森の奥へと走り去った。
完璧だ。完璧な「嫌われ撤退」だ。
俺はまた一つ、尊い命を救ったのだ――。
◇
(ルミナ視点)
森の中に残されたルミナは、去っていく男の背中を見つめていた。
胸の痛みは引いたが、熱い昂りは収まらない。
「……あえて、悪役を演じたのですね」
彼女は、男が唾を吐いた場所を見た。
そこには、オークの死体に隠れて見えなかった猛毒の薬草が生えていた。
彼は唾を吐くフリをして、私がそれを踏まないように牽制してくれたのだ(※完全な偶然です)。
「貧乏人……そう言ったのは、私に礼をさせる負担を負わせないため……」
「名前も告げず、見返りも求めず、ただ汚れ役を買って出て去っていく……」
ルミナは胸の前で手を組んだ。
聖騎士として、清廉潔白を旨として生きてきた彼女にとって、その不器用な優しさは、どんな宝石よりも眩しく映った。
「探さなければ。あの方こそ、私が生涯をかけて支えるべき……真の勇者様」
勘違いの炎が、森の中で静かに、しかし激しく燃え上がっていた。
相馬ユウリの地獄は、まだ始まったばかりである!!!!




