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プロローグ

「お母さん、ミライね、将来シンガーになる!」


あれは、たしか7歳の頃だった。


いつものように自宅のリビングで、「ライブ映像のDVD」を再生していた幼い私は、マイクに見立てたリモコンを握りしめて歌いながら、ソファーに座っていた母に向かって叫んだ。


「まあ、ミライったら。お母さんと同じだね!」


私の夢をことのほか喜んでくれた母は、ふわりと微笑んで私の頭を優しく撫でてくれた。


色鉛筆で「未来の夢」を描いたノートを見せながら、私は無邪気に熱意をこめて自分の夢を語り続ける。そのノートには、ステージ上で歌う私の姿が描かれ、観客席には父と母の姿もあった。観客席は超満員で、盛り上がっているように見える。



母はかつて、かなり名の知れたプロのシンガーだった。当時の流行りだったアイドルなどではなく、今っぽく言えば「本格派アーティスト」で、どんな曲でも軽やかにパワフルに、そして感動的に母は歌いのけていた。


今でもたまに、コンビニの有線などで母の曲が流れてくることがあるから、星の数ほどいるプロデビューを果たしたバンドやアーティストの中でも、それなりに成功した部類に入るだろう。当時を知るオジサン達からは「歌姫」だったと賞賛され、今でも根強いファンがいるらしい。


DVDで再生される映像の中で、ステージ上でスポットライトを浴びて歌っている若き日の母の凛々しい姿は、7歳の私にとってダイヤモンドのように世界で一番キラキラ輝いて見えた。


「だって、お母さんみたいに、たくさんの人の前で歌いたいもん!」


「そうね、ミライはとっても歌が上手いものね。きっと、お母さんよりも素敵なシンガーになれるよ」


私の夢を素直に肯定してくれる母の言葉は、幼い私の心をいつも温かく満たしてくれた。将来、かならず母のように……、いや、母を超えるようなシンガーになる。――それが、私と母の、大切な約束だった。



                 ◆ ◆ ◆



…………だけど、その約束は果たされることなく、17歳の私は夢を諦めようとしている。


ベランダから見える夕焼けを見ながら、私は母との思い出を振り返っていた。カラカラとガラス窓を閉めて室内に入り、制服から着替えた私は、家族で撮った写真立てに目をおとす。


もちろん、諦めたくて諦めるのではない。しかし、私はシンガーになれないのだ。それも致命的に、破滅的に……。これまで、どうあがいても無理だったのだから、仕方ないじゃないか! ――やり場のない怒りと悔しさを、何度ココロの中で繰り返しただろう。


表紙に『みらいのゆめ』と書かれたノートには、17歳の私が流した涙によって、小さな雫の跡を残していた。それは、まるで夢に破れた私自身を突き付けられたようで、憂鬱な気分になった私はノートを隠すように、机の引き出しの奥にしまった。


とうに夕焼けは沈んで室内はうす暗くなっていたが、灯りをつけるような気分にならず、そのままベッドに横たわった。静かに瞳を開いた私は、押しつぶされるような暗い天井を見上げた。


「将来シンガーになる」という夢は、母との大切な思い出と共に、決して開けることのない『パンドラの箱』の中に閉じ込められたまま、私のココロに重くのしかかっていた。



それから数日後、うだるような夏休み前の7月。


私の平凡な日常は、二人の幼馴染、ノゾミとショーリの一言によって、再び動き始める。

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