第8話「教室で陽鞠と昼食を摂る」
「俺は姉さんの隣に立ってるだけのアイドルなのか?」
そんなわけはない。そんなわけはないはずなんだ。たしかに姉さんには遠く及ばないかもしれないが俺だって日々のレッスンやアイバトの修練は続けている。
それはきっとDUALでのアイドル活動にも言えた。
「くそ、七条め……」
登校時にナナの言った言葉が俺の頭の中で繰り返し響いていた。俺が姉さんのーー星海千鶴の、足手まといで腰巾着でただ隣で突っ立ってるだけで言いだの。
「……俺だってこれでも努力してんだ」
授業中の大半はそのことばかりで、どんな教師の言葉も頭に入って来なかった。
「凪……? 凪! 聞いてるの? ごはんにしよーよ!」
「メシ……? ひとりで食えよ」
「なに拗ねてんの? ほら、お弁当持ってきたんだから食べよーうよー」
昼休みになると幼い顔立ち、銀髪のクルクルツインテールに碧眼の少女が机と椅子をくっつけてきた。
その少女は紛うことなき俺の幼馴染、陽鞠だった。
陽鞠は俺の顔をつんつんと人差し指で突いてくる。大変鬱陶しかった。
「弁当ってどうせ光先輩が作ってくれたやつだろ」
「それはーーそうだけど……でも、そういう凪だって! そのお弁当は千鶴お姉ちゃんが作ってくれたやつでしょ?」
「それはーーそうだけど……にしても光先輩が弁当を作ってくれるなんて意外だよな」
「えへへ! うちのお姉ちゃんはなんでもできますから!」
なぜか自分のことのように得意げに笑うと八重歯が見えた。陽鞠はなんだかんだ姉の光先輩のことは慕っている。どんなに厳しく当たられても、どんなに追い込まれてもめげない。そこには姉妹という確かな繋がりがあるかもしれない。
そんな光先輩が作ってくれた弁当という言葉は自分で言ってても違和感がすごいが、人は見かけによらないというやつだ。
でも弁当作りのキッカケはおそらく姉さんの影響だろう。
光先輩は昔からなにかと姉さんに突っかかっては勝負を仕掛けていた。
このお弁当もその勝負のときのお弁当対決で得たもののひとつに過ぎないと俺は思った。
光先輩はアイドルだけじゃなく、日常生活のあらゆる場面で姉さんを敵視していた。
「なんで陽鞠が得意げなんだよ……てか喧嘩してたんじゃないのか」
「あ、レッスン室のやつ? お姉さまはアイドルとプライベートは分けるタイプだから。アイドル以外のことでは優しいよ」
「ふーん……そうなのか。意外だなーーってハートマークって新婚夫婦かよ!?」
陽鞠が弁当箱を開けると、まず俺の目に飛び込んできたのはハートの形をしたおにぎりにハートの形に見えるように配置すら考えられたおかずたち。
あの人、自分の妹が好きすぎるだろ。
「? ごめんなさいってときはいつもこうしてくれるんだー! かわいいでしょ?」
「たしかに可愛いけど、光先輩が作ったんだよな?」
「もちろん! 陽鞠、料理できないから!」
「誇るなよ、そんなことを」
陽鞠は瞳をキラキラさせて俺に見せびらかしてくる。陽鞠自身は料理はできないというかしないのは周知の事実だが俺自身も料理は姉さんに任せきりだ。そういうところも陽鞠と俺は似た立ち位置にいるかもしれない。
「えへへ、いいじゃん! でも……」
「うん?」
「こうやってふたりでお昼食べてるとさ、やっぱりちょっとだけ寂しくなるね」
「ああ……そうだな」
陽鞠は少しだけ落ち着いた声になると弁当に視線を落としながら話す。
きっと俺たちの共通の友達で元クラスメイト、七条ナナのことだろう。
俺もどこか気まずくなって自分の弁当箱のフタを開けてみる。
そこには姉さんらしいバランスの取れたおかずが並んでいた。
「ナナちゃん、今どうしてるかな……新しくできたお友達とお昼ごはん、食べてるのかな」
「知るか。あんなやつのこと……!」
陽鞠の言葉で今朝のナナとのやりとりを思い出しながら素っ気なく言い返すと、箸箱から箸を取り出してプチトマトを無造作に口の中に放る。トマト独特の酸っぱさが口の中に広がり、少しだけ嫌な気分になる。
「あんなやつって……ナナちゃんと何かあったの?」
「なあ陽鞠……」
「ん? なーに?」
「なぜ姉さんと光先輩はお互いを敵視してると思う?」
俺と陽鞠は似ている。逆に言うとそれは俺たちは姉さんや光先輩とは似ていないということだ。例えば俺と陽鞠は共闘はしても敵対したことはほとんどなかった。
「うーん? なんだろ? ライバル……だから?」
「それなら俺と陽鞠は? 俺とお前はライバルじゃないのか?」
「んー……! わかんない。急にどうしたの?」
思えば俺はいつも誰かと一緒だった。陽鞠か姉さんかナナか……もしくは他の誰かか。必ず誰かが俺の傍にいた。
それはもしかしたらナナの言うところの腰巾着なのかもしれない。
もしも俺が姉さんと光先輩が高め合ってるように陽鞠とそんな関係になれたら俺はDUALの星海凪ではなく、ただの星海学園のアイドル・星海凪になれるんじゃないか? そう思ったら居ても立ってもいられなくて気づいたら俺は箸を置いて、椅子から立ち上がり俺は陽鞠に言った。
「なぁ、陽鞠……俺とアイドルバトルしないか?」