第7話「アイドルをあきらめた友達」
「……結局、あまり眠れなかったな」
昨日の夜、陽鞠との仮ユニット結成を姉さんに完全否定されたせいか、どうにも寝つけなかった。
とはいえ、学校には行かないといけない。我が星海学園は業界最先端のアイドル養成学校だけあって、カリキュラムや設備はとても充実している。
小中高一貫校だけあって子どもの頃からこの生活に慣れすぎていて忘れがちだが、学園を休むということはアイドル候補生としては一歩遅れるということ。それは絶対に避けない。DUALの評判が俺のせいで落ちてしまうなんて、耐えられない。
「やや!? その見目麗しい男の娘美少女然としたお姿は凪殿ではござらんか! 奇遇ですなぁ!」
「おはようナナ。奇遇も何も同じ学園のクラスメイトなんだから当たり前じゃないか」
「いたたっ……痛いところを突かれましたなぁ。さすがはこのななじょーが愛してやまない、我らがアイドルさま!」
「愛したって、別に辞めてないけどな。DUALは今も活動中だぞ」
通学路の桜並木、たくさんの生徒が男女関係なく制服に通学鞄という同じ装いで歩く中、俺に話しかけてきたこいつは、七条ナナ。幼馴染というか腐れ縁の友達に近い存在だ。
茶色のポニーテールに、栗色の瞳。痛バッグを肩にかけ、オタクっぽい見た目は相変わらずだけど、かつて彼女もこの学園でアイドル候補生だった。……俺と、姉さんと、同じステージを目指していた頃が、たしかにあった。
「ーー諸君が愛した星海凪は死んだ! なぜだ!?」
「坊やだからさーーじゃねえよ! 死んでないし生きてるし!」
「あはは! さすが凪くん! ナイスツッコミ!」
「朝から不要なツッコミをさせるなよ……」
オタクノリも相変わらずだ。今では慣れたものだが小学生の頃はよくこいつに振り回されてた頃が懐かしく思える。
「たはは……ごめんね? 凪くんの姿を見かけたらつい嬉しくなっちゃって」
「なんだよ急にしおらしくなって別にナナとのこのやりとりもなんだかんだ楽しいしな」
「……ありがと! ななじょー……は、もうアイドル辞めちゃったし普通科に転入しちゃったけど、凪くんのことは応援してるからね!」
「ナナ……」
ナナがアイドル候補生を辞めて、普通科に転入したのはつい最近のことだ。
ナナは寮生で俺と同室でしかもクラスメイトで隣の席だった。こいつがいなくなった寮部屋や教室は想像よりも味気なく実家から学園からもそう遠くないことから俺が実家から通学することを選ぶくらいにはナナがアイドル科からいなくなったことは俺には衝撃だった。
だからこそ少し気まずそうに一瞬だが目線を落として下を向くナナを見ると胸のあたりがチクリとした。
「でもね? 後悔はしてないんだー。凪くんや陽鞠ちゃんとアイドル目指してた頃も楽しかったし」
「……ああ、楽しかった、な」
「そ、それに……それにね? 今の普通の学園生活? もなんだかんだ楽しいしさー」
ナナは語り始める。アイドル科だった頃と今の普通科の話を比較しながらも楽しそうに話してくれた。俺はというと昔と呼ぶには最近すぎるがこいつがアイドル科にいた頃のことを思い出していた。
俺、陽鞠、ナナはアイドルを志した頃から学校ではいつも一緒だった。それこそ同級生や教師に三馬鹿と揶揄されるくらいには一緒にレッスンをすることも多く、休みの日もナナのオタク趣味に付き合ったり陽鞠の衣装選びに付き合ったりアイドル研究をしたりしていた。
だからか俺の勝手な思い過ごしかもしれないがナナの語る想いの部分はどれも嘘に彩られたものに聞こえる。それこそ言い淀む瞬間なんかは余計にそう聞こえるしそうなんじゃないかと考えてしまう。
「本当にそうか? アイドルをやっていた頃よりも楽しいのか?」
「……は、はぁ? そ、そんなの楽しいに決まってるじゃん! だって……だってアタシはアイドルなんか向いてなかったんだから!」
「向いてなかったらアイドル目指しちゃいけないのかよ……」
そんなことを言うつもりは最初はなかったのになぜだかポロリと口から言葉として出ていた。
気づけばナナは足をぴたりと止めた。俺もそれに倣うように足を止めた。
するとナナは俺の方に向き直り瞳に涙を溜めながら声を震わせて続けた。
「っ……ばか! アタシはもうアイドルやめたの! アイドル続けられて! お姉さんと成功してる凪とは違うの! 良いよね凪は……お姉さんの隣に立ってるだけでいいんだから」
「そ、そんなことは……」
「違わないでしょ? でも今ならわかるよ? 立ててるだけでもすごいんだってさ……だからさ言わないでよ……今の、普通の生活が楽しいんだから変なこと、言わないでよっ!」
「ナナ……」
周囲の生徒がみんながみんな、こちらを振り返る。同然だ大声で泣きながら叫ぶ少女がいるんだから見ないでいられるわけがない。
「でも、凪を応援してるのは本当だから……ごめんね凪。アイドル活動頑張ってね? アタシ、先行くから」
「あっ……ナナ! くそ、何を言ってるんだ俺は……!」
もう全て終わったことなのにナナはもう戻ってこない。いや、戻れないんだ。目指してたあの頃には。ナナだってやめたくてやめたわけじゃないのに……夢を追わない覚悟を尋常じゃない覚悟を決めて決断しただろうに! それで普通科の道をナナは選んだんだ! それなのに俺はなんてひどいことを言ってしまったんだ……
ナナが走り去っていく。その背中を追う資格は今の俺にはない。