第6話「姉の存在」
「姉さんはなんて言うか……」
思えば姉さん以外とユニットを組むことはなかった。
別に組みたくなかったとかではないが単純に機会がなかっただけで特別な理由はない。
「姉さん以外の人と……しかも相手は陽鞠か」
陽鞠とユニットを組むなんて考えもしなかったな。お互いに圧倒的な実力を持つ姉と組んでいるんだからわざわざ能力の低い方と組む理由なんてないはずだ。でも能力値的には俺と陽鞠はほとんど差はない。ただ得意なことが違うだけでーー
「ただいま」
「おかえりなさい凪。遅かったわね?」
「うん、レッスンにちょっと熱が入ってしまって」
「ふうん……いつもながら熱心ね。ごはん、もうできてるから食べちゃいなさい」
「はーい」
家に着くと学園の制服にエプロン姿の姉さんが待っていた。学園でもトップクラスのアイドルが家にて、しかもエプロン姿で出迎えてくれるのはなかなかできない体験なはずだ。
ただ当たり前の日常すぎて少々もったいなくも感じる。
どうやら今日は姉さんがごはんを作ったらしい。とりあえずと俺は自分の部屋に通学鞄などの荷物を置くと洗面所で手洗いを済ませてからリビングにあるテーブルの前に設置されたいくつかある椅子のうちの一つに腰掛ける。
「ところでさ」
「ん?」
「もしも俺が姉さん以外のアイドルとユニットを組むとしたらどうsーー」
「殺す☆」
「はは、そっかぁ……」
間髪入れずとはまさにこのことかというくらいに早く俺が言い切る前に言葉が返ってきた。しかも笑顔で。おおよそ笑顔で言っていい言葉ではない気がするがーー気のせいかもしれないからもう一度訊いてみよう。
「これは例えばなんだけど、」
「凪? あなたは私とユニットを組んでいればいいのよ? 他のユニットなんていらない。それに、DUALはBランクユニット。これに敵うユニット相手なんているわけないじゃない」
「それはそうかもしれないけど……」
「まあ、たとえそんなユニットが出てきても全力で潰すけどね! DUALの道を阻むものがいるなら全力で叩きのめすだけ。決して私たちの上を歩かせはしないわ」
「う、うん……そうだよね」
どうしよう。姉さんが怖すぎる。気のせいとかそういうレベルじゃない間違いなく怒っている。だというのに姉さんはにっこりと微笑んでいる。
それでいてその声色は冷淡で恐怖すら感じるほどだ。
「凪? あなたがアイドルとしているべき場所はDUALだけよ。それだけは忘れないでね?」
「ああ、わかってるよ……DUALは俺にとっても、かけがえのないものだから」
「そう。そうよね? それを聞いて姉さん安心したわ。さ、ごはん食べましょ」
「うん、いただきます」
DUALを語る姉さんの言葉のひとつひとつが鉛のように重い。
それほどまでに俺と姉さんにとってDUALとはただのアイドルユニット以上の意味を持っていた。
DUALという存在はもはや双子姉弟ユニットという枠組みを遥かに凌駕していた。
ある種、聖域みたいなものだ。そこを侵すことは許さないと姉さんの言葉の端々、表情のひとつひとつが毒針の鋭利さを持って感じられた。このときの俺の目には姉さんの顔は般若の仮面のように映った。
……俺はもしかしたら知らず知らずのうちに姉さんに縛られていたのかもしれないと懐疑心めいた気味の悪さ喉元が冷たくて重い何かが引っかかってるようなそんな息苦しさを覚えた。
ちなみにカレーライスを食べたけど、味はまったくしなかった。