第5話「陽鞠とレッスン2」
「わかったわかった! 陽鞠のダンスを見てやるから落ち着け」
「うええ?! お兄ちゃんがひまりのダンスを?」
「なに驚いてんだ。こう見えても学園最強格の星海千鶴の相方をやってる俺が見てやるんだから期待していいぜ?」
「それは……たしかに聞くだけだとすごそうだけど。お兄ちゃんだし」
なぜだか陽鞠は大声を上げて驚いた。嫌という感じには見えないところを考えるに俺がこんなことを提案するとは思わなかったのかもしれない。
だが陽鞠のダンスを見てやれる適任者は俺以外いないだろう。なぜなら宵闇光は中学生が歌い踊るには少々難題だ。それでも俺なら陽鞠のダンスにアドバイスができる。
なぜなら星海千鶴は宵闇光と同等かそれ以上のダンステクニックや空間認識能力を要求してくる。星海千鶴の。姉さんの相方であり続けるのは並大抵ではいかないんだ。
「まあそう言うなって。騙されたと思って一回だけやってみよう」
「ん……わかった」
そこからの陽鞠は素直だった。何度間違えでも繰り返す。何度失敗して転んでも陽鞠は何度も何度も立ち上がった。それは姉のためという枠組みでは収まり切らない衝動を感じた。
陽鞠は俺と似ているかもしれない。姉に追いつきたい、隣に並び立ち続けたい。その一心で陽鞠は今もダンスレッスンを続けてるんだ。
「よくやったな陽鞠。ステージで見せるには十分なクオリティだ」
「うん……っ……うん! 凪お兄ちゃん、ありがとう!」
結論から言うと下地はできていた。今まで陽鞠が積み重ねてきたものがちゃんとあったんだ。ただ薄々気づいたが陽鞠は光先輩の前だと過分に緊張してしまうらしい。実の姉だというのに偉大な姉を持つと苦労するな……
それからも陽鞠は確認するように体に刻み付けるように繰り返し振り付けの練習を続けた。
「たたたん、たた、たたたたん。くるっと回ってーー」
「うん、いいな。もう十分じゃないか?」
「ねえ、お兄ちゃん? ううん、凪?」
「ん? どうした? あらたまって、」
もう完全にものにしていた。鏡越しでもわかる。この今日の自主レッスンで確実この振り付けを陽鞠は自分のものにしていた。そろそろ時間だと切り上げようと言おうとしたとき、ダンスをやめて陽鞠はこちらに向き直った。
「一緒に定期ライブに出てくれない?」
「は? お前……光先輩と出たいんじゃないのか!?」
「う……それはたしかにお姉さまはひまりの夢で憧れで目標。ずっと隣に立ちたい! 立ち続けたい! って思ってる、よ?」
「ならどうしてそんなことを? 光先輩に言われたからか? ひとりでやるか誰かと組めって」
陽鞠は迷ってるのかもしれない。本当に光先輩とユニットを組み続けていいのかと。もしかしたら他の道を模索してるのかもしれない。だからか陽鞠の声は微かに震えてる。それでも光先輩の隣に立ちたいというのは本心のようでその言葉は熱く、胸にくるものがあった。だからこそなぜ俺なんかを誘うのか疑問だった。
「そ、それは……ほんのちょっとだけど……あるけど」
「あるんかーい」
「で、でもね? お兄ちゃんとーー星海凪とユニットを組んでみたいって気持ちは本当なの!」
「…………」
陽鞠は目を泳がせていたが俺に軽いツッコミを入れるとまっすぐと俺の目を見つめて力強く言った。陽鞠にしては珍しい熱のこもった言葉に思わず返す言葉を失うが悩む。俺には姉さんという相方がいる。だから幼馴染の陽鞠といえど学園の定期ライブという一夜だけだとしても組んでいいのか。
「……うー……だめ、かなぁ? 一度だけで良いの! だから……それとも、陽鞠と組むのイヤ?」
「いや、そういうわけじゃないが悩むな。うーん、ちょっと考えるから明日まで待ってくれるか?」
陽鞠は沈黙に耐えられなかったのか念押しをしてくる。ウルウルとした瞳で甘えた声でも甘えすぎないような丁度いい塩梅の声。しかもクドくなく不思議と嫌だと感じさせないほどのものがあった。さすが、プロではないとはいえアイドルを志してるだけある。甘ったるいが決してクドくないかわいさがそこにはあり、断ることはできなかった。
「う、うん! 待ってるね!」
「ああ、わるいな。じゃあまたな」
レッスン室を借りられる時間ももうない。帰り支度を整えて俺たちはレッスン室を出て、そこで別れた。陽鞠はさっきまでの嘘のように俺に笑顔でにっこりと、微笑みながら手を振って女子用のシャワー室のある方へダンスレッスンの名残か軽やかな足取りで消えていった。