第4話「陽鞠とレッスン」
「……行っちゃったね」
「よし、レッスンするか!」
「え? ひまりは……陽鞠は帰ろうかな。まずはいっしょにユニットやってくれる人を探さないといけないし」
陽鞠は誰が見てもわかるくらい意気消沈していた。姉に叱られてやる気が削がれたんだろう。無理もない。
あの光先輩にあれだけ言われれば落ち込むのも仕方ない。それに陽鞠は元々ダンスが上手くないし鈍臭いところもある。そんな陽鞠に最初から完璧を求めるのは酷というものだ。
「まあまあそう言わずに付き合ってくれよ。知ってるか? レッスンってひとりでやるよりもふたり以上でやる方が効率が良いんだぜ?」
「ふ、ふーんだ……お兄ちゃんに言われなくてもひまりだってそのくらい知ってるよ! ジョーシキだから! バカにしないでよね!」
「はいはい、じゃあ知ってるならやろうな。時間がもったいないからな。レッスン室が借りれる時間も有限だしな」
どうやらまだ軽口を叩く程度の元気は残ってるらしい。俺はジト目で批難してくる陽鞠を他所にレッスン室の壁一面に貼られた鏡の前に立ってダンスレッスンを始める。その鏡にはレッスン着を着た俺だけじゃなくて同じく学園指定のレッスン着を着用した不貞腐れた顔の陽鞠の顔が映っていた。
「それって単にお兄ちゃんがレッスンしたいだけじゃん……」
「ん? なんか言ったか?」
「……この距離で聞こえないとか、お兄ちゃんってもしかして難聴系主人公?」
「アホか! ぼそっと言ったら、いくら近くても聞こえねえよ! ほら、くだらないこと言ってないでダンスしようぜ。定期ライブは待ってくれないぞ」
ぼそっと呟く陽鞠。どうやらまだ納得してないらしく毒づいてくる。だが今の俺や陽鞠に遊んでる暇はない。なぜなら定期ライブも、千鶴や光という天才系姉さんたちは待ってくれないからだ。
「はいはい、わかったよ。ってゆうかさ」
「なんだよまだあるのか? ツンデレは良いから次の定期ライブの振り付け、踊れよ。光先輩のことだからめちゃくちゃムズい曲をやるんだろ?」
「つ、ツンデレじゃないし! たしかに曲自体はそうだけどそうじゃなくて……お兄ちゃんとレッスンしても意味ないっていうか……」
陽鞠は俺の隣りに並び立つ。と言っても少し距離はあるがどうやらレッスンするやる気自体は蘇ってきたようだ。それでもなお毒づいてくるので毒づき返してやったら陽鞠はツンデレという言葉に過剰反応して顔を真っ赤にさせながら否定する。
そりゃあそうだ。俺も別に本気で言ったわけじゃないしな。
「…………見返してやろうぜ」
「え? だれを……?」
「光先輩に決まってるだろ。宵闇陽鞠、星海学園ここにありってところを見せてやるんだ」
「そんなの……むりだよ……ひまりはダンスだってへたっぴだし」
陽鞠は俺が間髪入れずに言うと虚を突かれたように間抜けに驚いた。
妹が姉を見返す。これほど熱いことはない。だというのに陽鞠はまた落ち込む。頭を垂れる。床を見る。こいつの悪いクセだ。
「たしかにな」
「お、お兄ちゃん!!」
「はは、俺は本気だぜ?」
「余計に悪いよ!?」
俺は陽鞠に同意した。なぜならこいつは俺よりダンスが下手だから。下手はヘタだと認めなければいけない。だというのに陽鞠はワナワナと肩を震わせてぷんぷん怒っている。そんな陽鞠を見て俺は内心笑顔になった。
「まあまあ落ち着け。でも陽鞠はそれだけじゃないだろ?」
「面と向かって悪口言われて落ち着けるわけないよぉ! な、何がそれだけじゃないの? ひまりは歌もそこまでだしMCだって……」
「ヘタ、だよな」
「お兄ちゃん?! いいかげんにしないといくら大天使ヒマリエルでも手が出るよ!」
陽鞠は俺にそれだけじゃないと何かあっただろうかと指折り数えながら考えてみるがどうやら何一つ長所が出てこないようだった。
随分ネガティブな大天使さまだと思いながらもこの自称天使さまは息遣いを荒くして顔を真っ赤にしながら怒ってるのでそろそろ本題に入ることにした。