我が家の日本人形 クリスティーヌさん
私の家には1体の日本人形が、中庭のある和室に置かれてる。
彼女の名前はクリスティーヌ。
数年前に亡くなった千鶴おばあちゃんから、この家の守り神だから大事にね と
厳しく注意を受けた、形見の名前。
もう1度、振り返ろう。
我が家の人形は、日本人形である。
金髪縦ロールだったり、貴族の令嬢が、ダンスパーティで着るような
きらびやかなドレスではないし
瞳の色が、外国人のように青く輝いてるわけでもない。
ちゃんと黒髪で、おかっぱだし、着物だって着ている。
私が先日買った、G●Lの新作より良い生地を使っていると思う……
古いけどね!
亡くなったおじいちゃんは、彼女のことを花子なんて呼んでいたけれど
その度に、おばあちゃんから
「この娘の名前は、クリスティーヌだよ」
と、注意されては
困った顔でポリポリと、頭をかいていた姿が懐かしい。
どう見てもクリスティーヌ感のない彼女を見ては、もっといい名前があるでしょ?
心の中では思っていた。
うん 確かに花子はダサい。
私の名付け親が、おじいちゃんだったら危なかったな。
それはそれとして、花子感もクリスティーヌ感もないよね?と
お風呂あがりに、和室で寝転がりながら
「やっぱり、あなたって翠の方がいいよね?」
流石に、花子は干支が5周するくらいのセンスなので
私が名付けるならこれかな? なーんて呼びかけてみるけど
いつもみたいに いつものようにクリスティーヌは静かに鎮座している。
彼女を見ていると、不思議とやる気が出てくる。
学校のテスト期間なんかに、ココアを飲みながら ひと休みして彼女を眺めると
もう少し頑張ろう!と思えてくるから不思議。
やっぱり年代モノの人形って そういう力があるのかな?
この手の人形には疎いから うまく説明出来ないんだけどね!
「あーあ、連休も今日で終わり。
明日からのやる気を ちょうだい!」
なんて話しかけながら、和室を出ようとすると
んっ? いま、一瞬 ガッツポーズをするように見えたけど気のせい?
目をこすって見直すと、そこにはいつもの微笑を口元に浮かべた人形が。
なんだ、気のせい……だよね。
目の錯覚を起こすくらい、今日は疲れちゃったのかな なんて思いながら
私の部屋に戻る。
あっ、寝る前に良いね押しておかないと――
ガッシャーンッッッッ!!!!
という、ガラスが割れる音と共に目が覚めたのは
私が寝てから数時間後。
「なんだ今の音は!」
「地震!? あらっ、家は揺れてない?」
という両親の大声が聞こえるが、2人もどこで音が鳴ったのかはわからないらしい。
あわてて、ベッドから飛び起きて枕元のスマホを手に取り
2階の廊下に飛び出すと、お父さんが電気をつけながら
キョロキョロと家の中を確認している。
ゴルフクラブを両手に構えながらも、部屋から出てきた私の姿を見て安堵したのか
構えていた肩を少し落としつつ
「愛、無事だったか。
お前もさっきの音を聞いたんだな?」
「聞いたけど、どこで鳴ったの?
私の部屋じゃないし、枕元のぬいぐるみも 落ちてないから地震じゃないよね?」
お父さんと話しながらも、スマホで確認するが
寝ている間にも、この県で地震は起きてない。
まさか……泥棒?
お父さんも、さっきの音を聞いてそう思ったらしく
再び 両手でゴルフクラブを構えながら
「愛、お前は母さんと一緒に私達の寝室に居なさい。
由衣、念のために愛と部屋に戻ったら鍵をかけるように」
と、私がお母さんと一緒に部屋に入り、ガチャっと鍵をかけるのを確認したのか
父が、階下へと降りていく足音が扉越しに聞こえる。
「ねぇ お母さん、警察を呼んだ方がいいんじゃない?」
「そうね、もしこの家じゃなくても お隣に泥棒が入ったのかもしれないし……」
と、不安気な表情のお母さんと一緒に、警察に電話しようかと話していると
いつの間に戻ってきていたのか、寝室をコンコンとノックする音と共に
「私だ、父さんだよ。さっきの音の原因がわかった。
和室の窓が割れていたのと……不審な男が、大の字になって、庭で気絶していた」
「ああ、もう通報したよ。
警察が来るまで家族と一緒に居るように、と言われたから中に入れてくれ」
再び、部屋の鍵をガチャりと開けると、困惑した表情の父の顔が立っていた。
構えていたゴルフクラブも右手で、申し訳程度にぐらぐら揺れている。
「お父さん!」
「無事でよかった!
……ところで、不審者が大の字ってどういうこと?」
ふぅ、と私と母から安堵のため息が漏れる中で
先ほどの説明に、母が聞き返すと
「1階に降りてすぐのことだ。この家で、1番大きなガラス音が響くなら
和室かと思って、クラブを構えながら確認に行ってみた」
「和室の窓ガラスが粉々に散乱していたが、割れたガラスの先の中庭で
某探偵漫画に出てきそうな、黒づくめの不審者が倒れてたんだ」
やっぱり泥棒だったんだ!
通報は父がしたとして、誰が泥棒を倒したの……?
最近の強盗は、押し入った先で気絶するのがトレンドなのかという
よくわからない考えが、少し眠気の残る頭に浮かんでいる中で
「見た事のない男だったからね、すぐ110番通報した。
最初は死んだのかと思ったな、ピクリとも動かなかったからね」
「ともかく、警察が来るまで この部屋に立てこもろう」
こうして警察が来るまで、両親の寝室で過ごしてる間
ともだちに 強盗が入った事を知らせようかとも思ったけど
この時間だと寝てるだろうし、明日の話題になりそうなので今は我慢 我慢。
幸い倒れていた泥棒は、警官が駆けつけるまで気絶したままだったので
あっさりと パトカーに押し込まれていったけど
「日本人形に右ストレートでぶっ飛ばされた!
あんなアッパーカッター避けられるわけないだろ」
「あの拳は、プロ顔負けだぜ。1ラウンドもたないって!」
なんて意味不明なコトを叫びながらパトカーに押し込まれていった。
やばい薬でもやっていたのかな?
現場検証やら何やらで時間を取られたが
何事もなかったかのように、微笑を浮かべながら鎮座する日本人形。
なんか、いつもより活き活きとしてる? 気のせいか。
翠……クリスティーヌが 殴るわけないでしょ。
最近の泥棒業界は、寝不足らしい。
夜はちゃんと寝た方がいいよ? と思いながら
警察とのやり取りを 両親に任せて自分の部屋へ戻る。
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「ハッ、不用心な家だ。今時、防犯ガラスにも変えてねぇ家があるなんて。
おかげで、俺がくいっぱぐれなくてすむんだがな」
少し金目のモノを恵んでもらおうと、この周辺の物件を下見していた中で見つけたのが
「泥棒さん、どうぞお入りください!」と、立て看板でも出してそうなこの家だった。
どこに行っても、防犯が甘い家というのは残っている。
下見の時に小娘が帰ってくるのを見たから、父親を含めて3人家族か?
子持ちの、しかも娘が居るのに 防犯が甘いなんて間抜けな家族だぜ。
俺は紳士だからな。
母親にもガキにも用はない。
ま、いただく物をいただいたら 静かに退散するさ。
こうして下見を終え、計画を立てた俺は中庭の和室にある部屋のガラス窓を
ガラスカッターで切り開け、クレセント錠をひっくり返して忍び込んだまでは平常運転。
それじゃ今夜の夜勤を始めるか……なんて
室内を見渡すと、日本人形が飾られている。
色んな家に忍び込んだが、こんな古そうな人形を飾るなんて
そこそこ広い庭があるのに、この家はハズレか?
防犯が甘い時点で、大当たりの物件ではないとは思ったけどよ。
「にしても 汚ったね~人形だな。
おい、俺が連れ出してやろうか? 中古買取ショップとゴミ箱どっちがいい」
なんて言ったのが運のツキになるなんて。
日本人形が、ビュン!と恐ろしい早さで目の前に飛び出してくるなんて誰が思うよ?
俺をぶん殴る人形の拳を見た後、あご下の痛みを感じた瞬間 俺の視界は暗転した。
――目が覚めると、3度の飯も不味くなる警官や、この家の連中の姿が。
痛っっっってぇ!!
顔の骨が折れているんじゃないかと思うくらい、ズキズキという痛みが
あごの下からもしやがる。
何が起きた?
いや、何じゃねぇ、俺はあの日本人形にぶっ飛ばされたのか。
何なんだ、あの人形。自分は無関係です、みたいなすまし面しやがって。
必死に国の犬に説明するが、全然俺の言う事を信じやしねぇ。
マジだって、俺はあの人形にノックアウトされたんだ!
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あたしを作った人形師は、若い頃 拳闘家だった。
現代だとボクサーだね。
残念ながら武の才能は、芽が出ることがなく
学の無い彼は、師の門を叩き、人形師になったのだと。
そんな彼は、日本人形を作る合間も
日夜、わたし達の目の前で、今で言うシャドーボクシングをしながら
「お前達も、このくらい魂の込もった拳を振るえるようになれよ」
と、あたし達人形に熱弁したが
「拳に込める魂があるなら、あたし達にこめなさい」
と、彼が工房から離れると、同期の人形達とはコッソリ話し合ったものだ。
今思うと、あたし達に魂がこもってたので、彼は中々の職人だったのだろう。
彼から貰った魂と拳を、人目の無い所で鍛え続けて数十年。
今なら、あの職人の拳と渡りあえるくらいにはなったと自負している。
そんなあたしにとって長年の悩みは、この見た目。
そう どう見ても、黒髪、黒目、おかっぱの日本人形なのである。
そりゃーこの着物だって素敵だと、はじめて着た時は思ったよ。
でも 何十年も同じ髪型、同じ着物は飽きるって……
あなた、同じ髪型、同じ服を続ける苦労がわかる?
人間は、同じ服装や 髪型じゃないからわからないって?
まぁ、いいわ。
――そんなある日、彼女が我が家にやってきた。
陶器で作られた、ドイツ製のビスクドール シャルロッテ。
ゆらりと光る青い瞳、ボンネットから溢れる波打つ黄金の髪に純白のドレス。
おとぎ話に出てくるような、お姫様のような姿に私の心は奪われた。
ああ、彼女には魂が無かったのが悔やまれる。
海外で作られたらしいけど、彼女を作った人形師の話を聞きたかったね!
シャルロッテは陶器製なので、地震の多いこの国には合わず
残念ながら 我が家に来て数年と経たずに割れ、この家を去った。
またあたしは1人になったのだが、心を奪われるようなあの造形を数年間
眺めながら、シャドーボクシングをしていて決心した。
あたしは、日本人形ではなく、ボクシングドールになろうと!
千鶴の夫が、ボクシングを見ていたおかげで
リングネームなる名前が、この世界にあることも知った。
やっぱり花子なんて名前はダサい。
深夜、1人で拳を繰り出している時に、ふわりと思いついた名前がクリスティーヌ。
昔、千鶴に あたしが深夜に鍛えている所を見られので
クリスティーヌという名と、鍛えていることを明かし
家を守る代わりに、秘密は墓の中まで持って行ってもらった。
千鶴の言いつけを守ったおかげで、廃棄されず、今日もこの家を守ったのだが
やはり毎晩のシャドーボクシング、鍛えた拳は裏切らない。
リングネーム・クリスティーヌとして
これからも、この家を守る!
人間を気絶させれるほどの日本人形のパンチって どのくらい鍛えたのでしょうね?