第二章 第五十四話:「織田信長の反応」
天正五年(1577年)冬——岐阜城・織田信長の居城
南京での交渉が進む中、日本では堺の商人たちが黒川家の動きを危険視し、織田信長に働きかけを始めていた。彼らは黒川家が独立した商業国家を築こうとしていると誇張し、信長の不信を煽ろうとしていた。
「黒川家が明国との正式な貿易関係を築こうとしております。」
津田宗及は、織田信長の前で低頭しながら言った。
「殿の許可なく、独自の外交権を持とうとする動きと見ても差し支えありません。」
信長は静かに茶を啜りながら、津田を見下ろした。
「……面白いことを言うな。」
「は?」
「黒川が貿易に力を注ぐことは承知していた。だが、そなたの話は、どこまでが真実で、どこまでが商人の保身による戯言なのか?」
津田の表情が固まる。
「殿、しかし……黒川が明国と直接取引を始めれば、堺の商人たちの立場が危うくなりますぞ。」
信長は微笑んだ。
「それはすなわち、黒川が成功しつつあるという証ではないのか?」
「し、しかし、殿……!」
信長は扇を閉じ、津田に冷たい視線を向けた。
「面白い。ならば、実際に黒川の動きを確かめるとしよう。」
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*黒川家への使者
その数日後、黒川家の本拠地である敦賀城へ、織田家の使者が訪れた。
「信長公よりの書状を持参いたしました。」
使者は恭しく巻物を差し出す。黒川家の重臣たちは緊張した面持ちで俺を見つめた。
俺は書状を開き、慎重に目を通した。
——黒川家の交易が、織田家の方針に背くものでないか、信長公自ら確認したく候。早急に岐阜へ参られたし。——
俺は静かに頷いた。
「……やはり来たか。」
藤堂宗春が低く呟く。
「殿、これは……。」
「信長公が直接俺の意向を確かめたいということだ。」
俺はゆっくりと書状を畳んだ。
「この機会を利用し、黒川家の立場をしっかりと示さねばならん。」
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*岐阜城・織田信長との対面
雪がちらつく岐阜城に到着すると、すぐに信長との謁見が許された。
「黒川、おぬしの動きが気になっていたところよ。」
信長は俺を見つめ、微笑んだ。
「商売に熱心なのは結構なことだが、わしの許しなく外交を進めたわけではあるまいな?」
俺は静かに膝をつき、一礼した。
「恐れながら申し上げます。我が黒川家は、織田家の名のもとに交易を推進しており、決して織田家の方針に反するものではございません。」
「ほう……では、詳しく聞かせてもらおうか。」
俺は広州での交渉、倭寇討伐の協力、南京での試練、そして明国への貢献策について詳細に説明した。
信長は黙って話を聞き終えた後、ゆっくりと頷いた。
「ふむ……。黒川、おぬしの計画は、確かに理に適っておる。」
俺は慎重に言葉を続けた。
「我々が正式な勘合貿易を担えば、日本全体に利益をもたらすことができます。さらに、織田家の権威の下でこれを進めることで、天下の安定にも寄与できるはずです。」
信長はにやりと笑った。
「ほう、そこまで考えておるのか。」
しばらくの沈黙の後、信長は再び口を開いた。
「よかろう。黒川、おぬしの交易を許可する。ただし——」
俺は背筋を伸ばし、信長の言葉を待った。
「織田家が主導する形での貿易であることを忘れるな。おぬしが自由に動くのは構わんが、織田家の威光があってこその話だ。これを疎かにすれば、わしは容赦せんぞ。」
俺は深く一礼した。
「承知いたしました。」
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信長との会談を終えた俺は、藤堂宗春とともに岐阜城を後にした。
「殿、これで織田家の許可は得られましたな。」
藤堂宗春が安堵の表情を浮かべる。
「だが、これで終わりではない。」
俺は雪景色を見つめながら言った。
「堺の商人たちは、まだ諦めてはおるまい。今後も妨害があるだろう。」
間宮時継が低く笑った。
「ならば、次はこちらから先手を打つべきですな。」
俺は静かに頷いた。
「その通りだ。堺を抑え、勘合符を確実に手に入れる。そのための策を立てる時が来た。」




