第一章 第五話:「商人たちの決断」
秋が深まり、越前の山々は赤や黄色に染まっていた。町の復興が少しずつ進んでいるものの、商人たちの表情にはまだ警戒と不安が混じっている。
俺は、瀬戸忠勝の手配で商人たちとの会合を設けた。場所は敦賀港近くの屋敷。ここに集まったのは、越前の商業を支えてきた者たちであり、堺や博多とも繋がりを持つ有力な商人たちだった。
「本日はお集まりいただき感謝する」
俺は商人たちを見渡しながら、ゆっくりと口を開いた。
「皆も知っての通り、越前は戦の影響で混乱している。交易路は荒れ、商売が成り立たぬ状況だ。このままでは、商人たちも衰退し、町も崩れていく」
集まった者たちは静かに頷いた。しかし、その中の一人が口を開く。
「殿様、それは我々も十分承知しております。しかし、我らが自由に商いをするには、安定した政治と軍事力が必要です。今の越前に、それがあるのかどうか……」
俺はその言葉を待っていた。
「だからこそ、俺は越前を商業国家へと変えると決めた。信長公の政策に倣いながらも、さらに進めていく」
「楽市楽座の徹底、交易路の確保、商人の保護。これを実現するために、商人たちにも協力してほしい」
その言葉に、商人たちの間でざわめきが起こる。
「……だが、我々がここで商いを再開したとしても、織田家の意向次第ではどうなるか分からぬ」
「確かに。信長公は商業には理解があるが、それと同時に支配のためには容赦せぬお方でもある。我々が独立しすぎれば、織田家の目にどう映るか……」
商人たちは慎重だった。彼らは戦国の世を生き抜いてきた者たちであり、ただの金儲けの集団ではない。生き残るためにどの勢力につくか、それを冷徹に計算している。
俺は彼らの視線をしっかりと受け止めながら、次の一手を打つ。
「だからこそ、俺は織田家と交渉し、黒川家が越前の経済を担うと認めさせるつもりだ」
「……信長公が、それを認めると?」
「認めさせる。なぜなら、これは織田家にとっても利益となる話だからだ」
俺はゆっくりと言葉を続ける。
「織田家は戦を続けねばならない。西へ、東へ、信長公の戦線は広がり続けている。そのためには、安定した財政基盤が必要だ。 もし我々が商業国家として確立すれば、織田家に安定した資金供給が可能となる」
「……なるほど。確かに、それならば織田家にとっても悪い話ではない」
「さらに、越前の交易が発展すれば、京や堺にも影響を与える。戦国の商業を黒川家が担うことで、戦争を超えた新たな秩序を作ることができる」
商人たちの目が変わった。彼らは「ただの大名の話」ではなく、商人にとっても利がある話かどうかを見極めようとしている。
「では、具体的にどのような支援を?」
一人が尋ねた。俺はすかさず答える。
「第一に、黒川家が交易の安全を保障する。街道の整備と港の管理を強化し、商人たちが襲撃されないようにする。例えば、越前と京を結ぶ主要な街道には番所を設け、商隊が安全に移動できるようにする」
「第二に、織田家の許可を得たうえで、越前独自の商業規制を緩和する。関所の撤廃を進め、市場の自由を促す。これにより、これまで特定の勢力が牛耳っていた流通が公平に開かれるようになる」
「第三に、金融制度を確立する。これまで寺社が担っていた金融業務を正式に整備し、信用取引を円滑にする。商人が貸し借りを行いやすくなれば、大きな商売も可能となる」
商人たちは驚きを隠せない様子だった。
「……戦国の世で、そこまでの構想を持つ大名がいたとは……」
「殿、もしそれが実現するならば、我々は越前に残る覚悟をいたしましょう」
「ただし、一つだけ確認させていただきたい」
商人の一人が慎重に言葉を選びながら尋ねる。
「それは、織田家の力が弱まったとき、黒川家はどう動くのか、ということです」
俺は少しの間考えた。これは単なる商業政策ではなく、戦国のパワーバランスを考慮する必要がある。
「その時が来たら、黒川家は己の道を選ぶ」
俺ははっきりと答えた。
「だが、それがすぐに訪れるとは思わない。織田家が強いうちは、その力を利用するのが賢明だ。我々が越前で経済力を高めた時、次の選択肢が見えてくるだろう」
商人たちは静かに頷いた。
「……承知しました。我々も腹をくくるとしましょう」
こうして、黒川家と越前商人たちの同盟が成立した。
商業国家への第一歩は、確かに踏み出された。
だが、これが織田家の目にどう映るか——それが、次なる試練となる。