第二章 第四十九話:「広州の影と正道の証明」
天正五年(1577年)初秋——広州・明国官庁
堺の妨害によって、俺たちの交易品は不当な難癖をつけられ、正式な貿易許可が危うくなりつつあった。だが、ここで引き下がるわけにはいかない。
「張文興殿、我々の品が急に『品質不足』とされたことについて、正式な検査を要求したい。」
俺は毅然とした態度で申し出た。
張文興はわずかに眉を上げた。
「正式な検査、か。貴殿は本当に問題がないと確信しているのか?」
「もちろんだ。我々の品は日本国内で最高の品質を誇る。明国にとっても価値のある品と自負している。」
張文興は俺をじっと見つめた後、ゆっくりと頷いた。
「では、広州の役人の中でも特に公正な者に再検査を命じよう。」
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*広州・貿易検査場
俺たちの交易品は、厳格な検査の場に持ち込まれた。そこには新たに選ばれた役人、**沈国泰**が立ち会うことになった。
沈国泰は慎重な態度で品々を手に取り、丹念に検査していく。漆器の光沢、陶磁器の細工、鉄製品の硬度——どれも最高級の品質であることが明白だった。
やがて、沈国泰はゆっくりと顔を上げた。
「これは……確かに素晴らしい品だ。貴殿の主張通り、品質に問題はない。」
場が静まり返る。俺は張文興を見た。
「では、先ほどの検査結果は何だったのか、説明が必要ではないか?」
張文興は少し苦々しい表情を浮かべながらも、沈国泰の報告書を確認した。
「……確かに、不当な判定が下されていたようだ。」
沈国泰が低い声で言った。
「明国の貿易制度は厳格だが、中には己の利益のために動く者もいる。誰かが貴殿の交易を妨害しようとしたのは間違いない。」
俺は静かに扇を閉じ、張文興を見つめた。
「ならば、我々の交易が正当なものであると、公に認めてもらえますな?」
張文興はしばらく考え込み、やがて頷いた。
「……よかろう。貴殿の品は合格とする。そして、貿易許可の申請について、再度上層部へと伝える。」
俺は深く一礼した。
「感謝する。」
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*堺の動揺
この報告が広がると、堺の商人たちは動揺を隠せなかった。
「……黒川家の交易が認められた、だと?」
津田宗及は、報せを受けながら厳しい表情を浮かべた。
「賄賂だけでは足りなかったか……。」
堺の有力商人が焦りの声を上げる。
「このままでは、本当に黒川家が貿易を支配してしまう! 何か手を打たねば……。」
津田宗及は静かに首を振った。
「焦るな。黒川家が正式に勘合貿易に参加するためには、まだいくつかの関門がある。それを阻止するのだ。」
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俺たちは広州の宿に戻り、報告を受けた。
「これで第一関門は突破しましたな。」
藤堂宗春がほっと息をついた。
「だが、これで終わりではない。」
俺は静かに夜空を見上げた。
「堺がさらに動く可能性は高い。今後の交渉では、我々が明国とどれほど深い信頼関係を築けるかが重要になる。」
間宮時継が笑った。
「賄賂を使わず、正道をもって交易を勝ち取った。黒川家の名は、広州に響いたでしょうな。」
「それだけでは足りない。」
俺は扇を閉じた。
「これからは、黒川家の交易をいかに盤石なものとするか。そのためには、さらなる交渉が必要だ。」
「次の一手は?」
藤堂宗春が尋ねる。
俺は静かに微笑んだ。
「正式な勘合符の獲得。これが、次の目標だ。」




