第二章 第四十八話:「交渉の試練と堺の妨害」
天正五年(1577年)初秋——広州・明国官庁
広州の明国官庁での交渉は、いよいよ本格化していた。黒川家が正式な交易を求める中、明国側の慎重な姿勢は変わらず、交渉は難航していた。
「黒川殿、上層部からの回答が届きました。」
広州の役人、張文興が慎重に巻物を広げた。
「貴殿の申し出は、確かに興味深い。しかし、明国としては貿易相手を慎重に選定せねばならぬ。よって、正式な許可を出す前に、貴殿が交易を維持するに足る実力を示す必要がある。」
俺は扇を広げながら問いかけた。
「実力を示すとは、具体的には?」
張文興はゆっくりと頷いた。
「まず、貴殿の交易品の品質をさらに厳格に検査する。また、貴殿が安定した交易路を確保できるかどうかも問われる。」
間宮時継が低く呟いた。
「これは試されているということか……。」
藤堂宗春が静かに頷いた。
「つまり、我々が本当に貿易相手として相応しいか、試験を受けるということですな。」
俺は扇を閉じ、静かに微笑んだ。
「ならば、望むところだ。」
張文興もまた、満足げに頷いた。
「では、試験の詳細は後日伝える。準備を進めるがよい。」
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*堺の暗躍——妨害工作
一方、その頃堺では、黒川家の成功を阻止しようとする動きが進んでいた。
「……黒川家が試験を受けることになったか。」
津田宗及は、報告を受けながらゆっくりと茶を啜った。
「ならば、彼らが失敗するよう仕向ければよい。」
「どうなさるおつもりで?」
堺の有力商人の一人が尋ねると、津田は冷たく微笑んだ。
「明国の役人に賄賂を送り、黒川家の交易品に難癖をつけるのだ。明国の規律は厳格だが、官僚の中には金で動く者も少なくない。」
「なるほど……それならば、黒川家の交易品が不合格とされ、正式な許可が下りることはないでしょう。」
津田は頷いた。
「黒川家の夢は、ここで潰える。」
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*明国での不穏な動き
俺たちが広州で次の交渉に備えている間、徐々に異変が起こり始めていた。
「殿、何かがおかしいようです。」
藤堂宗春が報告を持ってきた。
「どうした?」
「明国の検査官たちが、我々の交易品に対して急に厳しい態度を取り始めました。これまで問題なく通過していた品が、突然『品質が不足している』と指摘されております。」
間宮時継が眉をひそめる。
「明らかに不自然ですな。まるで、誰かが裏から手を回しているかのように……。」
俺は静かに扇を閉じた。
「堺か……。」
藤堂宗春が低く呟いた。
「奴らが賄賂を使って、こちらの交易を妨害しようとしている可能性が高いです。」
俺はゆっくりと立ち上がった。
「ならば、こちらも策を打たねばならん。」
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その夜、俺は静かに考えを巡らせた。
「堺の妨害は予想していたが、ここまで露骨に動くとはな……。」
藤堂宗春が頷く。
「ですが、明国側が本当に賄賂に動かされたのか、それとも別の要因があるのか、まだ断定はできません。」
「ならば、こちらも情報を集める。明国の官僚の中に、我々の味方を作らねばならん。」
間宮時継が笑った。
「つまり、こちらも賄賂を使うのですか?」
「賄賂ではなく、信頼だ。」
俺は夜空を見上げながら静かに言った。
「黒川家の名の下、正道を示し、明国の交易を掴む。そのためには、ここが正念場だ。」




