第二章 第四十二話:「堺の焦りと黒川家の布石」
津田宗及がまたまた、暗躍。
天正五年(1577年)初夏——堺・津田宗及の屋敷
「……博多の商人たちが黒川家と手を結んだ、だと?」
津田宗及の顔からは、これまでの余裕が消えていた。これまで彼が長年かけて築いてきた堺の商業支配が、黒川家の手によって次々と崩されていく。京の公家、南蛮商人、そして博多の交易勢力が黒川と結びついたことで、堺の独占は風前の灯となっていた。
「もはや、黒川家を単なる地方の商人として扱うことはできぬ。」
津田宗及はゆっくりと立ち上がり、集まった堺の商人たちを見渡した。
「今こそ、堺の総力を挙げて黒川家の拡大を阻止しなければならん。」
商人たちは一斉に頷いた。
「どうするおつもりですか?」
「まずは、黒川家の商圏に影響を与えるため、公家たちへの働きかけを強める。そして、南蛮人たちには黒川家ではなく堺との取引を継続するよう圧力をかける。」
「しかし、黒川家は南蛮商人との直接交渉を進めていますぞ。堺の影響力は、もはや無視されつつあるのでは……。」
「だからこそ、黒川家の交易を揺るがすのだ。」
津田宗及は扇を広げ、冷たく微笑んだ。
「黒川家が商業国家を目指すならば、それを潰すのもまた商人の戦いよ。」
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*敦賀・黒川家の商館
堺が何かしらの対策を講じることは予想していた。だからこそ、俺は次の一手を準備していた。
「殿、堺の動きが活発化しております。公家への献金が増え、南蛮商人との交渉にも積極的に動いているようです。」
藤堂宗春が報告を持ってきた。
「つまり、堺は黒川家の影響力を封じるため、従来の交易網をさらに強化しようとしているわけか。」
間宮時継が腕を組んで唸った。
「我々も対抗策を考えねばなりませんな。」
俺は静かに頷いた。
「すでに手は打ってある。」
藤堂宗春と間宮時継が驚いたようにこちらを見る。
「どのような策を?」
「公家衆に対しては、我々の交易が織田家の財政を支え、信長公の政権を安定させていることを改めて強調する。そして、黒川家の流通がなくなれば、畿内全体の経済が揺らぐことを理解させるのだ。」
斎藤友継が慎重に言葉を選んだ。
「つまり、公家たちにとって黒川家との取引が不可欠であると認識させるわけですね。」
「その通り。」
俺は扇を閉じた。
「加えて、南蛮商人たちには、博多との新たな交易網を持ちかける。博多が南蛮貿易の拠点となることで、堺を経由せずとも取引ができると証明するのだ。」
間宮時継が笑った。
「それならば、南蛮商人たちは堺よりも黒川家との取引を重視せざるを得なくなりますな。」
「堺の商人たちがいくら抵抗しようとも、取引の主導権を握るのはこちらだ。」
俺は静かに微笑んだ。
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その夜、俺は城の庭を歩きながら、静かに夜空を見上げた。
「堺の商人たちは必死だ。しかし、商業とは変化の連続。最も柔軟な者が生き残る。」
藤堂宗春が微笑みながら言った。
「殿は、堺の商人たちが黒川家に屈する日を見据えておられるのですね。」
「そうだ。しかし、それだけではない。」
俺は遠くの海を眺めながら続けた。
「堺が完全に黒川家に従属するようになれば、次はさらに新たな市場を開拓する時だ。」
「新たな市場……?」
「明、そして東南アジアだ。」
藤堂宗春と間宮時継が顔を見合わせる。
「ついに、大陸との交易に本格的に乗り出すのですね。」
俺は静かに頷いた。
「堺との争いは最終局面に入る。そして、その先にあるのは、日本を超えた商業国家の未来だ。」




