第二章 第三十六話:「商業国家としての地位を確立せよ」
天正四年(1576年)晩冬——敦賀城
南蛮商人との交易が順調に進み、黒川家の商業基盤はますます強固なものとなっていた。堺の商人たちも、黒川家を敵視するのではなく、共存する道を探り始めていた。だが、それはあくまで短期的なもの。黒川家の影響力がこれ以上増せば、彼らは必ず反撃してくる。
「殿、堺の津田宗及殿が、新たな動きを見せております。」
間宮時継が報告を持ってきた。
「堺の商人たちは、京都の公家とより深い関係を結ぼうとしております。特に、朝廷に対して金銭を提供し、黒川家の商業支配を牽制するつもりのようです。」
「やはりそうきたか……。」
俺は扇を開き、静かに考え込んだ。
「公家との結びつきが強くなれば、朝廷の権威を背景に堺の商人たちは特権を得る。黒川家の交易を封じ込めるために、織田家とは別の政治的後ろ盾を求めるのは、当然の策だ。」
藤堂宗春が慎重に言葉を選ぶ。
「となれば、我々も動かねばなりませんな。」
「その通りだ。」
俺は扇を閉じ、力強く頷いた。
「商業国家を確立するために、朝廷に対しても影響力を持つ必要がある。我々の交易が公家衆にとっても価値あるものだと理解させねばならん。」
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京への働きかけ
「殿、京の寺社勢力との交渉が進んでおります。」
藤堂宗春が報告する。
「彼らは黒川家の寄進を歓迎しており、寺社の運営を支える財源として、越前の交易を重要視し始めています。」
「公家だけでなく、寺社勢力も巻き込む……。」
俺は頷き、続けた。
「それだけではない。我々が商業だけでなく、文化の保護者であることを示す必要がある。」
斎藤友継が疑問を呈する。
「文化の保護者、ですか?」
「そうだ。堺は金銭で朝廷を押さえようとしているが、我々は茶の湯、書物、芸術といった文化的価値を提供することで、長期的な支持を得る。」
間宮時継が頷いた。
「それができれば、公家も単なる資金援助よりも、黒川家との結びつきを重視せざるを得なくなりますな。」
「具体的には?」
「京に黒川家の商館を設立し、茶の湯や芸術の展示会を開く。また、寺社との共同企画として、写経や書物の印刷を支援する。」
俺は微笑んだ。
「南蛮から得た知識と、日本の伝統を融合させる。そうすることで、黒川家はただの商人ではなく、文化を支える家となる。」
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その夜、俺は静かに城の縁側で湯気の立つ茶碗を手に取った。
「商業とは、単なる金儲けではない。」
俺は茶を啜りながら続けた。
「それは、文化と結びつき、人の心を動かし、国を形作る力を持つ。」
藤堂宗春が微笑みながら言った。
「殿は、商いを超えたものを見据えているのですな。」
「当然だ。」
俺は茶碗を置き、夜空を見上げた。
「商業国家としての地位を確立するために、次は公家と朝廷をどう動かすか……。」
新たな戦いが、始まろうとしていた。




