第二章 第三十四話:「南蛮交易と異国の言葉」
天正四年(1576年)晩冬——
敦賀港に、異国の帆船がゆっくりと入港した。その巨体は従来の和船とは比べものにならないほど大きく、舳先には異国の旗がはためいている。南蛮商船、カラック船である。
「ついに、直接取引の機会が訪れたか。」
俺は港の喧騒を背に、船から降りてくる異国の商人たちを見つめた。彼らの服装は華やかで、織田家の鉄砲商人を通じて見知ったポルトガル人のものだった。船長らしき男が堂々と歩いてくる。
「Senhor Kurokawa! (黒川殿!)」
ジョアン・デ・アルメイダと名乗るその男は、流暢なポルトガル語で話し始めた。
「お初にお目にかかる。私はジョアン・デ・アルメイダ、この船の責任者だ。我々はここ敦賀で、貿易を行う許可を得ていると聞いているが?」
通常であれば、ここで通訳を介して会話をするのが当たり前だ。しかし、俺は微笑んで一歩前に出た。
「Bem-vindo, Senhor Almeida. O prazer é meu. (ようこそ、アルメイダ殿。お目にかかれて光栄だ。)」
その場が一瞬静まり返る。
ポルトガル語を話せる日本人がいるとは思わなかったのだろう。アルメイダの目が大きく見開かれた。
「Isto é incrível! (これは驚いた!)」
彼は満面の笑みを浮かべ、興味深げに俺を見つめた。
「Senhor Kurokawa, você fala a nossa língua? (黒川殿、貴殿は我々の言葉を話されるのか?)」
「Um pouco. Aprendi com livros e comerciantes. (少々な。書物と商人から学んだのだ。)」
俺の返答に、周囲の南蛮商人たちがざわめく。
「Senhor Kurokawa, então podemos negociar diretamente? (ならば、直接交渉が可能なのか?)」
「Sim, podemos falar sem intérprete. (ああ、通訳なしで話せる。)」
アルメイダは満足そうに頷いた。
「では、早速交渉を始めよう。我々は良質な絹や金を求めているが、貴殿の港でどれほどの量を用意できるか?」
俺は扇を開き、微笑んだ。
「では、交易条件を詳しく話そう。我々は南蛮品、とりわけ火薬、鉄砲、鉛、そして特注の茶器を求めている。」
アルメイダの表情が変わる。
「茶器……? 日本人はそんなものを重視するのか?」
「そうだ。特に京や堺の茶人たちは、特別な品に高値をつける。貴殿らが持っている南蛮の陶器を、我々の茶文化に適したものとして加工すれば、非常に価値のあるものとなる。」
アルメイダはしばらく考え込んだ。
「なるほど……貴殿は単なる商人ではなく、文化を理解しているようだな。」
「文化と商業は密接に結びついている。」
俺はそう言いながら、交易条件をさらに詰めていった。
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*交易成立と堺の動揺
「殿、交渉は成功ですな!」
藤堂宗春が興奮気味に言った。
「これで、南蛮商人たちと直接取引が可能となり、堺を介さずに鉄砲や火薬を手に入れられます。」
「しかし、それだけではない。」
俺は契約書を巻きながら言った。
「南蛮の茶器を日本の文化と結びつけ、堺の商人たちにも新たな価値を提供する。これで、彼らは黒川家の交易を妨害するよりも、利用する道を選ばざるを得なくなる。」
間宮時継が低く笑った。
「つまり、堺を敵に回すのではなく、堺の商人たちが自ら黒川家の交易に依存するように仕向けるのですね。」
「その通りだ。」
俺は空を仰ぎながら呟いた。
「南蛮商人との取引が、黒川家の新たな力となる。」
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その夜、南蛮商人たちが敦賀の町で歓待を受けている間、俺はひとり港を歩いていた。
遠くに停泊するカラック船の灯りが、波間にゆらめいている。
「言葉を操ることで、交易はより自由になる……。」
俺は静かに微笑んだ。
「次は、どの国と手を結ぶべきか……。」
21世紀でのポルトガル語を話せるので、十分通じました。ほくそ笑んでいる姿が目に浮かぶようです。




