第二章 第三十二話:「堺の動揺と新たな対策」
天正四年(1576年)晩秋——
黒川家の商業政策が京の寺社勢力を巻き込みながら強化されるにつれ、堺の商人たちにも大きな動揺が走っていた。
「津田宗及殿、黒川家の勢いが増すばかりです。」
堺の有力商人の一人が、眉をひそめながら言った。
「寺社すら黒川家と結びつき、茶の湯の世界でも彼らの品が流通し始めております。このままでは、我々の立場が危うくなりますぞ。」
津田宗及は静かに茶を啜りながら、慎重に言葉を選んだ。
「信長公が黒川家の商業を容認している以上、我々だけで対抗するのは難しい。しかし、彼らの貿易路に影響を与えることはできる。」
「どうなさるおつもりで?」
「琉球と明との交易を通じ、黒川家が必要とする品の流通を堺経由に制限させるのだ。」
商人たちは驚きの表情を浮かべた。
「だが、黒川家はすでに南蛮貿易にも手を伸ばしております……。」
「ならば、それすらも堺の支配下に置く方法を考えるまでだ。」
津田宗及の目が鋭く光った。
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*敦賀港の変化——商業の拡大
その頃、敦賀港ではかつてないほどの賑わいを見せていた。
「殿、京の寺社からの注文が増加し、南蛮貿易品の需要がさらに高まっております。」
藤堂宗春が活気のある市場を見回しながら言った。
「このまま交易が拡大すれば、堺の影響力を完全に上回ることができます。」
俺は港の様子を眺めながら静かに頷いた。
「だが、油断はできん。堺が黙って我々の成長を許すとは思えぬ。」
間宮時継が続けた。
「津田宗及が貿易路に干渉しようとしているとの情報が入っております。琉球や明の商人に対し、堺経由の取引を条件とするよう圧力をかけているようです。」
「なるほど、手を打ってきたか……。」
俺はしばらく考え込んだ後、口を開いた。
「ならば、我々も新たな交易路を開拓する。」
斎藤友継が慎重に尋ねた。
「新たな交易路、ですか?」
「そうだ。南蛮船との直接交渉を強化し、琉球・明との商取引においても独自の道を確保する。堺を経由せずとも、黒川家の交易が成立することを証明するのだ。」
藤堂宗春が大きく頷いた。
「確かに、それが成功すれば堺の影響力は大幅に削がれますな。」
「だが、堺との関係を完全に断つのは得策ではない。むしろ、彼らを揺さぶり、黒川家の交易に協力せざるを得ない状況に持ち込む。」
俺は地図を広げ、敦賀から京、そして南蛮船の寄港地を指し示した。
「まずは、京の茶人たちと協力し、黒川家の茶器が堺の商人たちにとっても不可欠なものになるよう働きかける。」
「つまり、堺にとって黒川家の交易を妨害することが、自らの利益を損なうと認識させるのですね。」
間宮が低く笑った。
「それならば、津田宗及といえども軽々には動けなくなりますな。」
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夜の港を歩きながら、俺は遠く波間に揺れる南蛮船の灯火を見つめた。
「商業戦争は、戦場での争いとは違うが、同じく勝敗がある。」
俺は静かに呟いた。
「堺との駆け引きは、まだ続く。しかし、我々が先手を打てば、道は必ず開ける。」
海風が吹き抜け、商人たちの活気ある声が夜の港に響き渡っていた。




