第二章 第三十話:「商業の要衝と公家の策謀」
天正四年(1576年)初秋——
敦賀港の波止場に並ぶ船影が、一段と増していた。京の商人たちが越前との交易を本格化させたことで、琵琶湖経由の物流が活発化しつつあった。越前が日本海交易の要衝としての地位を確立し始めている証左だった。
「殿、今月の交易額が昨月の一割増しになりました。」
藤堂宗春が報告書を手にしながら告げる。
「公家衆や寺社が黒川家の貿易品に目を向け始めており、特に香木や南蛮の絹織物がよく売れております。」
「順調なようだな。しかし、それは同時に反発も生んでいるということだ。」
俺は手元の書状を見つめた。
「京の一部の公家が、堺との結びつきを維持しようと動き始めたようだ。」
間宮時継が低く頷く。
「はい。公家衆の中には、堺との取引が滞ることを恐れ、信長公に働きかける動きもあるとか。」
俺は静かに杯を置いた。
「ならば、京の公家に対し、越前との結びつきをより魅力的なものにせねばなるまい。」
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*京の動き——公家の対抗策
京の公家たちは、政治の場だけでなく、商業にも影響力を持っていた。彼らは長年、堺の商人たちと結びつきを持ち、その利益を享受していた。
「黒川家の交易がこれ以上広がれば、我々の影響力が削がれてしまう。」
公家の一人がそう呟くと、別の者が深く頷いた。
「信長公も商業の価値を理解しているが、それが黒川家の独占となるのは好ましくないと考えるかもしれぬ。ならば、我々は堺の利益を守ることが、織田家の利益でもあると伝えればよい。」
彼らは、黒川家の商業政策を制限するための策を講じ始めた。
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*公家との交渉——寺社勢力の取り込み
「殿、京の公家たちが信長公へ働きかける前に、先手を打つべきかと。」
藤堂宗春が進言する。
「それには、寺社勢力を味方につけるのが最善かと存じます。」
「なるほど……。」
俺は地図を広げ、京の主要な寺社の位置を確認した。
「公家が堺と結びついているのなら、寺社勢力を我々に引き寄せることで均衡を取るのがよい。」
斎藤友継が付け加える。
「京の寺社は、貿易による収入を必要としているところも多いです。南蛮の香木や染織品、茶器などを寄進することで、彼らに我々の商業を不可欠なものと思わせることができます。」
「そうだな。」
俺は微笑み、扇を広げた。
「ならば、我々は貿易を通じて寺社に奉納し、それを信長公にも報告する。公家衆が堺の利益を守ろうとするなら、我々は寺社の利益を守ることで対抗するのだ。」
間宮時継が静かに頷く。
「寺社勢力が黒川家を支持すれば、公家たちも動きづらくなりますな。」
「さらに、信長公に報告する際には、我々の交易が軍資金を支えるだけでなく、寺社を通じて織田家の文化的支配力を高めることにも貢献すると伝えよう。」
藤堂が笑みを浮かべた。
「それならば、信長公も公家たちの訴えを退けやすくなりますな。」
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その夜、俺は敦賀の港を歩いていた。
南蛮船が波止場に停泊し、商人たちが忙しなく動き回っている。遠くに見える山々の向こうには、京がある。
「交易はただの商いではない……。」
俺は静かに呟いた。
「それは、権力の均衡を変える力でもある。」
黒川家の商業政策が、単なる経済発展にとどまらず、政治の駆け引きにまで及ぶ時が来ていた。
「寺社を味方につけ、公家の動きを封じる……そして、信長公にそれを伝える。」
俺は海風に吹かれながら、次の一手を考え始めた。
「商業国家としての地位を確立するための、本当の戦いはここから始まる。」




