第二章 第二十二話:「商業都市の胎動」
天正三年(1575年)冬——
敦賀の港は、冬の訪れを告げる冷たい風が吹き抜けていた。しかし、その寒さとは対照的に、商人たちの熱気は衰えることを知らなかった。
「殿、堺との第二次交易の準備が整いました。」
藤堂宗春が報告する。
「今回は、堺の商人たちがさらに積極的に関与しております。前回の交易の成功を受け、越前との結びつきを深めようとしています。」
「それは喜ばしい。しかし、同時に慎重さも求められるな。」
俺は巻物を開き、商業協定の細則を確認した。
「今回は、京の商人たちも注視しているはずだ。琵琶湖経由の交易が軌道に乗れば、京の商業圏との結びつきも強まる。公家勢力の影響を抑えるには、さらに一歩踏み込まねばならん。」
斎藤友継が頷いた。
「京の商人たちとの接触も進めますか?」
「そうだ。彼らにとって、我々との交易が単なる代替手段ではなく、堺と並ぶもう一つの有力な選択肢であると認識させるのだ。」
俺は巻物を巻き直し、港の方を眺めた。
「藤堂、交易の監督を任せる。万が一の妨害があっても、対応できるようにしておけ。」
「承知しました。」
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*柴田勝家の圧力
商業の発展に伴い、織田家内の武断派の不満も高まっていた。柴田勝家は、越前の経済的台頭を警戒し、信長公の名の下に圧力をかけ始めた。
「黒川殿、柴田勝家殿より通達が届いております。」
間宮時継が密書を差し出す。
「内容は?」
「越前の商業利益の一部を、織田家の軍資金としてより多く拠出せよ、とのことです。」
俺は密書を受け取り、しばらく考え込んだ。
「予想通りの動きだな……。」
斎藤友継が警戒した表情を見せた。
「殿、これは圧力を強める前兆かと。黒川家が商業で力をつけることを、快く思っていないのは明白です。」
「しかし、無下に断れば織田家内での立場を危うくする。」
俺は静かに杯を置いた。
「ならば、織田家全体に利益を還元しつつ、我々の立場を強化する策を講じねばならん。」
間宮が低く言った。
「軍資金の拠出額を増やす代わりに、織田家の商業政策の要職に我々の人間を入れるというのはいかがでしょう?」
俺は少し考えた後、頷いた。
「それは良い策だ。黒川家が単なる商業の担い手ではなく、織田家の経済を支える中核として認識されれば、柴田殿の影響力を抑えられる。」
「では、信長公へ正式に提案を?」
「そうだ。その前に、堺との交易を成功させ、実績を示す必要がある。商業都市としての基盤をより強固なものにするのだ。」
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*商業都市の胎動
その日の夜、俺は敦賀の港を見下ろしていた。
商館には灯がともり、商人たちが活発に取引を行っている。波止場では、堺や京からの品々が次々と荷揚げされていた。
「殿、この町の姿が変わってきましたな。」
藤堂宗春が隣に立つ。
「まだ始まったばかりだ。しかし、確実に商業国家としての道を歩んでいる。」
俺は冷たい夜風を受けながら、未来を見据えた。
「商業都市・越前の胎動は、止められはしない。」




