第二章 第十一話:「茶の湯の席、隠された意図」
翌日、俺は堺の館にて津田宗及との茶の湯の席を設けた。
茶の湯——それは単なる趣味ではなく、戦国の世において重要な交渉の場でもある。ここでは言葉以上に、態度や所作が物を言う。表向きは穏やかに見せながらも、互いの意図を探り合う場であった。
「黒川殿、貴殿がこうして茶の湯に興じられるとは存じませなんだ。」
茶の支度を進めながら、津田宗及が穏やかな口調で語る。
「商いを成す者として、茶の湯を嗜むことも肝要かと存じます。」
俺も柔らかく返し、茶を静かに点てる。
彼は茶碗を手に取り、じっくりと香りを嗅ぎながら、一口すすった。
「実に良き香り、穏やかなる味わいですな。」
「堺の商人たちが扱う唐物の茶器と、京の名水を用いれば、さらに格別なものとなりましょう。」
俺はそう言いながら、さりげなく堺と京の結びつきに触れた。
津田の目がわずかに動く。
「確かに、堺と京の結びつきは古くから続いております。織田家がどれほど力を持とうとも、これが断ち切られることはないでしょうな。」
「堺の商人たちは、古き良き交易網を守りたいと考えておられるのですか?」
津田は軽く微笑んだ。
「商いとは変化を求めるものでございます。しかし、それは時として、不安定を招くこともあります。」
なるほど。つまり、彼らは黒川家の商業改革を、堺の秩序を乱す要因と見ているのか。
「では、我らの進める越前の交易基盤が、貴殿らにとって脅威と映るということですか?」
津田は茶碗を置き、俺を見据えた。
「脅威というより、まだ未知のものであるが故に慎重にならざるを得ないのです。」
「ならば、それを脅威ではなく、共に利益を得る道とするのが賢明ではありませんか?」
「……ほう?」
俺は懐から巻物を取り出し、広げた。
「我らは堺と対立する意図は毛頭ございません。むしろ、堺が持つ交易の知識と技術を学び、共に新たな市場を開拓したいと考えております。」
「新たな市場とは?」
「日本海交易です。堺が南蛮との交易で栄えているように、越前は大陸との貿易の窓口となることができます。堺の商人たちが日本海交易に関われば、さらなる利益を得られるはずです。」
津田は静かに頷いた。
「ふむ……なるほど、確かに魅力的な提案です。しかし、それが本当に我々にとって有益であるかどうかは、もっと確かな証が必要ですな。」
「ならば、まずは小規模な共同交易から始めるのはどうでしょう?」
「共同交易?」
「堺と越前、それぞれの商人が出資し合い、日本海交易の試験的な貿易を行うのです。まずは少数の船を用い、敦賀と堺の商人が共に動く形を取る。利益が出れば、徐々に規模を拡大していく。」
津田は顎に手を当て、考え込んだ。
「興味深い……貴殿の言うことは理に適っておりますな。しかし、越前が本当に堺の利益を守る意志があるのか、まだ判断できませぬ。」
「ならば、それを証明する機会をいただけませんか?」
俺は慎重に言葉を選ぶ。
「堺の自治を守りつつ、共に発展する道があると私は信じております。その第一歩として、我々に協力の機会を与えていただきたい。」
津田はしばらく沈黙した後、ゆっくりと頷いた。
「……よかろう。一度、試してみる価値はあるかもしれませぬ。」
「感謝いたします。」
茶の湯の席での交渉は、ひとまず成功した。
しかし、俺の心にはまだ疑念が残る。
津田は表向きこの提案を受け入れたが、完全に信用できるわけではない。彼が背後で公家と何を画策しているのか、間宮の報告を待たねばならない。
交渉は始まったばかり。
本当の勝負は、ここからだった。




