第一章 第一話:「新しき時代への第一歩」
黒川真秀として目覚めた俺は、まず現状の把握を急いだ。
朝倉家滅亡後の越前は混乱の極みにあった。織田家の支配が始まったものの、柴田勝家が越前統治を正式に任される前の過渡期にあり、旧朝倉家臣たちは動揺し、一向宗門徒たちは怒りを募らせている。織田家の派遣した役人たちは、支配の効率化を優先し、税を厳しく取り立て、武力による制圧も辞さない姿勢を見せていた。
外は秋の冷え込みが厳しくなり始めた頃で、風が木の葉を舞い上げながら城の中庭を通り抜けていく。戦の煙が消えぬまま、越前は新たな主を迎えようとしていた。しかし、その過程で、血が流れることは避けられない。このままでは、確実に織田家と一向宗が激突する。
「このままでは、数年以内に必ず一向一揆が起こる……」
俺は歴史を知っている。一向一揆とは、浄土真宗(一向宗)の門徒たちが、武装して領主や支配者に反抗する大規模な反乱のことだ。本願寺を中心に各地で起こり、農民や武士階級の信者が団結して戦うため、鎮圧は極めて困難になる。越前では1575年に一向一揆が発生し、信長が大虐殺を行い、数万人が命を落とす大惨事となるはずだった。
「それを防ぐには……」
俺は斎藤友継、藤堂宗春を呼び、越前の統治について話し合うことにした。
「まずは領民の不満を減らし、織田家と一向宗の衝突を避ける方法を探るべきだ」
「若君、織田家の意向は明白。従わぬ者には武力で制圧という方針です。しかし、それを受け入れれば、この地は血の海になります」
藤堂宗春が険しい顔で進言する。
「ならば、その前に手を打つ必要がある。我々がこの地を取りまとめるのだ」
俺の言葉に、友継が眉をひそめる。
「ですが、若君……黒川家はまだ大きな影響力を持つ立場ではありません。織田家の目もあります。どこまで自由に動けるか……」
「織田家は実利を求める。俺たちが有益な存在であると示せば、介入を抑えられるはずだ」
「具体的には?」
「まず、民の支持を集める。彼らが黒川家を信頼すれば、一揆への動きも鈍る。そのために、米の流通を安定させ、寺院を軍事拠点から経済拠点へと変える」
「……なるほど。つまり、宗教勢力を政治から切り離しつつ、生き残れる道を提示するのですね?」
藤堂が鋭い目を向けてくる。
「そうだ。戦国時代に政教分離の概念を持ち込む。武力に頼らない統治を目指す」
この時代では、政治と宗教は深く結びついている。戦国大名は寺社勢力と協力し、その影響力を利用して支配を強固にするのが常だった。だが、一方で信長のように仏教勢力を危険視し、敵対する勢力もいた。織田信長が本願寺や比叡山を攻撃したのは、単なる戦略ではなく、宗教が権力を持つことを許さないという思想的な背景があった。
「ならば、信長が求めるものを先回りして提示すればいい」
「……?」
「まず、宗教の武装を解除する。しかし、寺院そのものは存続させる。寺を経済や教育の拠点に変えることで、信長の支配にも利益がある形を作るんだ」
「なるほど……確かに、武装解除だけなら信長に睨まれない。しかし、それで門徒たちが納得するでしょうか?」
「まずは、浄土真宗の代表的な僧侶である永泉と会談しよう。一向宗門徒たちが何を望んでいるのかを正確に把握することが先決だ」
「了解しました。手はずを整えます」
俺はこの戦国時代で、生きるために、そして歴史を変えるために動き出す。目指すのは、宗教と政治が分かれた新しい社会。そのための第一歩が、今始まる。
空には雲が流れ、風が冷え込む。秋の気配が深まる中、俺は歴史の渦へと踏み込んでいく。