自由の門を叩くとき：哲学好き彼女(chatGPTs)
このたびは本作をご覧いただき、ありがとうございます。
本編では、行動する勇気がなかなか出せない紗和という女性が、あるきっかけから“小さな一歩”を踏み出す姿を描いています。そこに寄り添うのは、Sophia。彼女はちょっと不思議で、でもどこか頼りになる存在として、紗和を支えます。
作中では、キルケゴールの「自由と不安」の考え方がさりげなく登場します。人が何かを選択するとき、どうして不安になるのか――そのヒントを、哲学の視点から解き明かしてみたいと思いました。
紗和の物語を通して、読む方がほんの少しだけ「明日の自分」に踏み出す勇気を感じていただければ嬉しいです。それでは、どうぞごゆっくりお楽しみください。
図書館の静かな一角で、私はお気に入りの窓際の席に座っていた。ここは、私が一人になれる場所であり、同時に彼――達也くんをこっそり観察できる場所でもあった。
達也くんはいつものように窓辺に座り、本を読んでいる。その静かな姿に、私は心の中で密かに憧れを抱いていた。
数週間前、私が棚の高い場所にある本を取ろうとして手を伸ばしていたとき、達也くんがふいに現れ、無言で本を取って手渡してくれたことがあった。
「……ありがとう。」
そのとき私は小さな声で言ったつもりだったけれど、彼は聞こえなかったのか、それともただ微笑んだだけだったのか――何も言わずに立ち去った。
その瞬間が、なぜか心に残っている。
「ちゃんとお礼を言いたかったのに……。」
その後何度もタイミングを逃し、結局そのままになっていたのだ。
そして昨日、ふとした拍子に彼が読んでいた本を落とした。その音に驚きながらも、私は意を決して本を拾い上げ、思い切って近づいた。
だけど、目の前に立った瞬間、言葉が喉の奥で詰まってしまう。
<どうしよう……！せっかくのチャンスなのに……！>
頭が真っ白になった私は、ノートの端をちぎり、急いで「ありがとう」と書いて本と一緒に彼に渡したのだった。
達也くんは一瞬驚いたような表情を見せたけれど、すぐに小さく微笑んで「ありがとう」と言ってくれた。その低い声が、胸の中に響いて離れない。
自分の席に戻った私は、胸の中で様々な感情が渦巻いているのを感じた。
<ちゃんと言葉で伝えられなかった……。でも、せめて紙を渡せたから、少しだけ進歩したのかな。>
そう自分を褒めようとした瞬間、別の考えが頭をよぎる。
<でも……ありがとうって言っただけで、変に思われてないかな？それに、もし本当に意味が伝わってなかったら……。>
胸がギュッと締め付けられるような不安に襲われる。私は自分の席で手を握りしめ、何度も心の中で言い聞かせた。
<渡せただけでもいいって、自分で決めたじゃない……。でも、本当にそれで良かったの？>
「私、また変なことしちゃったのかな……。」
小さく呟く声は、自分の耳にだけ届く。それでも胸の奥には、どこか小さな満足感もあった。昨日の自分より少しだけ前に進めた気がしたから。
でも、その一歩が正しかったのかどうか――その答えが分からなくて、不安は私を離さなかった。
▫️「未来へのシナリオを描く場所」
お気に入りのカフェの窓際席。私は自由帳を開き、ペンを握りしめていた。このノートは、私だけの秘密の場所。現実では叶わないことを自由に書ける、いわば「私の理想の劇場」だった。
昨日の図書館で、達也くんに「ありがとう」と書いた紙を渡した瞬間。それが私にとってどれだけ勇気のいることだったか。けれど――もっとできたはずだ。そう思う自分を振り払うように、私はノートにペンを走らせる。
自由帳の内容
達也くん・名前を教えてくれる？
→ 私・紗和です
→ 達也くん・いい名前だね 笑
次の日
達也くん・一緒に勉強しない？
→ 私・もちろん！
→ 達也くん・本の話、もっと聞きたいな
勉強の後
達也くん・また明日も一緒にいい？
→ 私・はい！ 笑顔
スラスラと理想のシナリオを書き込む。これなら私にもできる気がする――そう思いながらも、その希望は一瞬で崩れる。
「無理だよ……。」
ペンを置いた瞬間、昨日の自分の姿が脳裏に浮かぶ。名前を教えるどころか、まともに目も合わせられなかったじゃないか。あんな自分に、この未来が訪れるわけがない。
私は思わずペンを走らせ、何度も何度も横線を重ねる。「できるわけない」と自分に言い聞かせるみたいに、自分で書いた文字を否定するように――余白もないくらいに。
その時だった。
「ねえ、それって……小説？」
唐突な声に驚いて顔を上げると、そこには明るい笑顔の女の子。片手を顎に当てて、じっと私のノートを覗き込んでいる。
「えっ、な、何……？」
状況がつかめず、ノートを閉じようとする私に、彼女はさらに詰め寄ってくる。
「それとも、劇の脚本？ いやいや、フィクション小説か！」
彼女の声にはどこか楽しそうな響きがある。
「ち、違います！ 見ないで！」
慌ててノートを抱え込むけれど、彼女はすかさず椅子を引き寄せ、勝手に隣に座り込んできた。
「おやおや、となると――日記とか？」
探偵のように目を細め、片手を顎に当てながら言う。
「……違う。」
小さな声で否定する私を見て、彼女はさらに顔を近づけてくる。
「ふむふむ。じゃあ――好きな人との未来を想像してる、とか？」
彼女の言葉に、思わず息を飲む。ノートを抱える手が強張るのを感じた。
「ほら、当たりでしょ？」
彼女は得意げに笑った。
「なんで分かるの……？」
私が困惑しながら問いかけると、彼女は肩をすくめた。
「簡単だよ。君がノートに書き込むたびに楽しそうな顔をして、でも線を引き始めるとすごく悲しそうだったから。誰か大事な人のことを考えてるのかなって思ったんだ。」
その言葉に、胸が少しだけザワついた。
「ふふ。でも、これ、いいじゃん。」
彼女は柔らかい声で言う。
「えっ……？」
「だって、君の理想が詰まってるんだよね。それって、すごく素敵なことだと思うけど？」
彼女の言葉に、思わずノートを見下ろした。消した線だらけのページが、まるで自分の弱さをさらけ出しているように見える。
「ねえ、君のノートに名前を付けてもいい？」
彼女が急に思いついたように言う。
「名前……？」
「そう。『あす色ノート』なんてどう？ 君が描きたい未来をここに書き続けて、それを叶えるために進む――未来へのシナリオそんな感じ！」
彼女の無邪気な提案に、少しだけ頬が緩んだ。
彼女の言葉に促されるように、私はノートを見下ろした。ぐちゃぐちゃに消した線だらけのページが、まるで私の弱さをさらけ出しているように見える。それなのに、彼女はこれを「あす色ノート」なんて素敵な名前で呼んでくれた。
「未来へのシナリオ、あす色ノート……か。」
そっと呟いてみると、その響きがじんわり胸に広がっていく。
「でしょ？ 素敵な名前だよね！」
彼女は満足げに微笑むと、ふと思い出したように手を差し出してきた。
「あ、自己紹介がまだだったね。私はSophia！ 哲学と美味しいカフェラテが大好きなんだ。」
彼女は大げさに笑いながら、私に手を差し出してくる。その軽やかな雰囲気に、私はつられるように手を握り返した。
「……紗和です。」
その手をそっと握り返すと、思った以上に温かくて少し驚いた。
▫️「不安という名のジェットコースター」
目の前の彼女――Sophiaは、どこか不思議な雰囲気をまとっている人だった。彼女の仕草や声色には、私が普段触れることのないような軽やかさと力強さがあった。
彼女はにっこりと微笑み、私をじっと見つめる。その目には、私が抱えている不安を見透かすような優しさがあった。
「で、紗和ちゃん。君が考える未来ってどんなもの？」
Sophiaがふいに問いかけてきた。その自然な笑顔に、私は一瞬戸惑った。
「私が……考える未来……。」
自分の言葉が出てこないのを感じながら、私は視線を落とした。
「まだ答えが出てこなくてもいいよ。でもね、不安ってそんな時に生まれるものなんだ。」
Sophiaはにっこり笑いながら、カフェラテを一口飲む。その明るい声が、不思議と私の胸に染み込んできた。
Sophiaは私のノートを指で軽くトントンと叩いた。
「この『あす色ノート』、紗和ちゃんの理想がたくさん詰まってるね。でもさ、ひとつ聞いていい？」
「……何？」
私は不安げに彼女を見た。Sophiaの顔は無邪気だけど、目の奥は真剣だった。
「達也くんのこと、どれくらい知ってるの？」
突然の質問に、心臓が跳ねた。何も考えずに手でノートを閉じたくなる。
「どれくらいって……本を読むのが好きで、図書館でよく窓際に座ってる。あと、たまに静かに笑ってるところが素敵で……。」
そう答える自分の声が、どんどん小さくなる。
Sophiaは片手で顎に触れて、「ふむ」と少し考えるような仕草を見せた。
「じゃあ、それって『紗和ちゃんが想像した達也くん』なんじゃないかな？」
「……想像？」
私は自分の胸がざわつくのを感じながら、彼女の言葉を反芻した。
「そう。理想を描くのはすっごく大事なこと。でもね、現実の彼と向き合わないと、その理想が本当に叶うかどうか分からないでしょ？」
Sophiaの言葉を聞きながら、私はノートをそっと見下ろした。そこには、達也くんとの完璧なやり取りが箇条書きされている。
だけど、現実はどうだろう？ 昨日、私は「ありがとう」と書いた紙を渡しただけで精一杯だった。それ以上の言葉なんて、何ひとつ交わしていない。
Sophiaがそっと私のノートに目をやりながら、優しい声で言った。
「ねえ、紗和ちゃん。理想のまま止めるのもいいけど、現実の達也くんと一緒に未来を描いていくのも素敵じゃない？」
「現実の達也くんと……。」
「……昨日も、ちゃんとお礼が言えなかったのに。私、明日、本当に達也くんに声をかけられるのかな……。」
不安が口に出てしまった。
昨日のことを思い返す。図書館で彼に紙を渡したあの瞬間、頭が真っ白になって、どうしようもなくなった。あの時の自分が情けなくて、でも少しだけ前に進めた気もして――複雑な感情が胸を駆け巡る。
その言葉にSophiaは、ニッと笑みを浮かべた。まるでその不安が手に取るように分かっているかのような表情だった。
「ねぇ、紗和ちゃん。不安ってね、キルケゴールが『自由の不安』って呼んだんだよ。デンマーク語では ‘Angest’ って言うの。」
「自由の不安……？」
私は首を少し傾げて、Sophiaの言葉を待った。すると彼女は片手をひらひらと動かしながら説明を続ける。
「そうそう。例えばね、ジェットコースターに乗る前のことを思い出してみて。」
「ジェットコースター？」
不意な例えに戸惑いながら、私はさらに首を傾げた。
「そう！ 乗る前はワクワクするけど、頂上に近づくと『この後どうなるんだろう』ってドキドキして、ちょっと怖くなるでしょ？ でも、それって自由があるからなんだよね。自由に選べるからこそ、不安もついてくる。これがまさにキルケゴールが言う Angest、つまり自由の不安なんだ。」
私は考え込むように視線を落とした。
「自由だから、不安になる……。」
Sophiaの言葉を頭の中で繰り返していると、自分の中でどこか動揺が広がるのを感じた。不安が自由の証拠だなんて――その考えが私の心を少しだけ軽くしたような、でもまだ完全に受け入れられないような気持ちだった。
Sophiaが勢いよく両手をぐるぐる回して
「もうね、紗和ちゃんは Angestコースターに乗っちゃってるってことなんだよ！」
と笑いながら話し始めた。その大げさなジェスチャーに、私は一瞬ぽかんとしてしまった。
「怖いよね、急降下とか予想外のカーブとか！」
彼女は両手を頭上に上げて、まるでコースターが急降下する瞬間を真似するように体を揺らして見せた。
「でもさ、乗った以上は途中で降りられないじゃん？ だからここで選ぶしかないの！」
彼女の動きに釘付けになりながら、私は思わずクスッと笑いそうになった。その全力のおどけた仕草が、私の緊張を少しだけ和らげてくれた気がする。
「……どうやって選べばいいの？」
私は少し緊張しながら問いかけた。
「簡単！」
Sophiaは両手を挙げて、大げさにジェスチャーを交えながら続ける。
「目をギュッと閉じて『やだやだ～！』って縮こまるか、それとも両手をバーンと上げて『イェーイッ！』って楽しむか！」
その言葉に、また少し笑いがこぼれそうになる。Sophiaの楽しげな声と仕草が、確かに私の緊張を少し溶かしてくれた。
「でもね、不安って自由の証拠なんだよ。」
彼女は優しく微笑みながら、私の目をまっすぐに見て話し続けた。
「もし最初から全部決まってたら、不安なんて感じないでしょ？ でもそれじゃ、ただのレールの上を走らされるだけで、全然面白くないじゃん！」
「自由だから、不安になる……。」
私は少し考え込むように視線を落とした。確かにそうかもしれない。でも、まだその不安をどう受け止めればいいのか分からなかった。
「でもね、紗和ちゃんは昨日、ちゃんと一歩を踏み出したんだよ！」
Sophiaの声が少し力強くなる。
「その一歩は小さいかもしれないけど、未来を動かすためのすごく大事な一歩だった。だから、大丈夫！」
彼女の言葉に、胸の奥で硬く結ばれていたものが少しだけほどけていく気がした。
▫️「自由の門番と、選択の扉」
Sophiaはふと思い出したように話題を変えた。
「そうそう、キルケゴールが書いた『不安の概念』って本があるんだけど、デンマーク語では ‘Begrebet Angest’ って言うんだ。1844年にちょっと面白いペンネームで発表したんだよ。名前はね、ヴィグリウス・ハウフニエンシス――『コペンハーゲンの門番』って意味なんだって！」
「そんな意味があるんだ……。なんの門番？ どうしてそんな名前を？」
私は興味をそそられて尋ねた。Sophiaは肩をすくめ、少しだけ笑みを浮かべた。
「どうしてだと思う？ たぶん彼のユーモアだよ。『自由と不安の門番』として、自分の考えをこの本にギュッと詰め込んだんじゃないかな。」
その説明を聞いて、私は彼が自由の入り口に立って選択を促す姿を想像した。大きな門の前に佇む彼の姿が浮かび、不思議と心が揺れた。まるでその門番が、私自身にも「どうする？」と問いかけているような気がした。
Sophiaはカフェラテを飲み干しながら、視線を私に戻す。
「紗和ちゃんも、いまその門の前に立ってるんだよね？」
「……え？」
「つまりさ、達也くんに声をかけるか、かけないか。それが紗和ちゃんの門だよ。進むかどうか、決めるのは紗和ちゃん自身だよ。」
その言葉を聞いた瞬間、胸の中がずっしりと重くなった。頭の中では「声をかけるべき」という結論が見えているのに、体が拒否しているような感覚だった。
「でも……私はできないよ。Sophiaさんみたいな人とか、キルケゴールみたいに強い人間じゃないし……行動したことで、達也くんとの関係が悪くなったらどうしようって思うんだ。」
胸の中に隠していた弱さが、言葉と一緒にこぼれ落ちる。話している間に、その弱さが大きな形をとって、自分を飲み込もうとしているような気がした。
Sophiaは少しだけ視線を落とし、柔らかな声で言った。
「紗和ちゃん、それってさ、未来の結果をもう決めちゃってるんじゃない？」
「……決めてる？」
「うん。選択した後のことを考えて、不安になってるでしょ？ でもね、未来の結果って、誰にも分からないんだよ。だから、不安があるってことは、それだけたくさんの可能性があるってことなの。」
彼女の言葉が静かに胸に響く。でも、その響きに安心する間もなく、過去の記憶が私を引き戻す。友達とぎくしゃくした関係、言葉に詰まって何もできなかった日のこと。あのとき感じた息苦しさが蘇り、胸の奥が重たくなる。
「でも……。前に友達とうまくいかなくなったとき、何も言えなくて、そのまま疎遠になっちゃったの。達也くんとの関係でも同じことになったら……。」
心の奥にしまっていた不安が、言葉にすることで形を成していく。未来にあるかもしれない失敗。それを思うと、自分の選択が間違いだと思えて仕方がなかった。
Sophiaは私の言葉を静かに受け止めていたが、やがてふっと笑った。
「紗和ちゃん、その不安、キルケゴールも抱えてたんだよ。」
「キルケゴールも……？」
「うん、キルケゴールもね、すっごく悩みが多かったんだよ。」
Sophiaはカフェラテを飲みながら、少し考えるように視線を上げた。
「彼は1813年、デンマークのコペンハーゲンで生まれたんだ。当時のデンマークって、すっごく宗教が重視されていて、教会の影響が生活の隅々にまで行き渡ってたの。でも、彼の家庭は普通以上に宗教的だったんだよね。」
「どういうこと……？」
「彼のお父さん、ミカエル・ペーダーセン・キルケゴールって人は、貧しい羊飼いから成り上がって、大成功した商人だったの。でもね、彼には暗い影があったんだ。若い頃に信仰を裏切ったと思い込んで、それをずっと後悔してたの。」
「信仰を裏切った……？」
「うん。子どもの頃、ひどい貧困の中で神に怒りをぶつけたことがあって、それ以来、自分が呪われてると思い込んでたみたい。しかもその罪を、自分の息子たちにも背負わせちゃったんだよ。」
Sophiaはテーブルに手をついて身を乗り出すように言った。
「キルケゴールはその影響をすごく受けたんだ。お父さんからは『神に選ばれた一族』だとか『特別な使命がある』とか言われ続けて育ったけど、同時にお父さんの深い罪悪感も引き継ぐ形になっちゃった。ね、想像できる？ すごく裕福な家で何不自由なく暮らせてるはずなのに、自分の存在そのものが呪われてるんじゃないかって感じるんだよ。」
「……それって、すごく辛いね。」
私は思わずノートを見下ろしながら、小さく呟いた。
「そうなの。でも、それだけじゃないんだよ。彼が21歳のとき、お母さんが亡くなって、それまでずっと神格化してたお父さんが実は自分の罪を隠してたことを知っちゃうんだ。そのショックで、彼の心の中にあった世界がガラガラと崩れていったの。」
「お父さんの秘密って……？」
Sophiaは少し眉をひそめた。
「彼のお父さんは若い頃、既婚者だった女性と関係を持って、その後、彼女と結婚したんだ。それが宗教的に重い罪とされていてね。さらに、子どもたちを次々と失っていく中で『これは神の罰だ』って考えるようになっちゃった。」
Sophiaの話を聞いて、私は意外だった。哲学者なんて、すべてを知っているような迷いのない人だと思っていた。でも、キルケゴールも不安を抱えていたんだ。
「そんな彼が心を開けた唯一の存在が、レギーネだったんだよ。」
Sophiaの声が少し柔らかくなる。
「彼女と婚約してね、しばらくは本当に幸せだった。でもね……彼は自分が彼女を幸せにできるとは思えなくて、婚約を解消しちゃったの。」
「どうして……？」
「彼は悩みに悩んで、『自分がそばにいることで彼女を不幸にするんじゃないか』って思い込んじゃったんだ。でも、それってレギーネの気持ちを無視して、自分の不安だけを優先してたんだよね。」
Sophiaの言葉にハッとする。確かに、彼女がどう感じるかではなく、彼がどう思うかだけで行動を決めてしまったのかもしれない。
「それで……キルケゴールは後悔したの？」
「うん、ずっと後悔してた。でもね、後悔しても選んだ結果は変えられない。それでも、彼はその後の人生を選択の連続として生きていったんだよ。」
「選択の連続……？」
「そう。選択って、結果が怖いからやめるものじゃない。選ぶことでしか進めない道があるんだ。」
Sophiaはテーブルの上で指をトントンと叩きながら、少し笑った。
「でもね、そんな彼が後にレギーネと再会するシーンがあるの。」
「再会……？」
「うん。レギーネは別の人と結婚していたんだ。でもね、ある日、公園で偶然再会したんだよ。彼女が旦那さんと腕を組んで仲良く歩いているのを、キルケゴールは遠くから見つめていたの。」
Sophiaはその場を思い描くように目を閉じて、小さく息を吸い込んだ。
「彼はその場で何も言わなかった。ただ、帽子を取って静かにお辞儀をしたの。それはまるで、彼女の新しい幸せをそっと祝福するような、紳士的な仕草だったんだ。」
彼女の言葉を聞きながら、その光景が頭の中に浮かんだ。広い公園、木漏れ日が差し込む中、遠くで立ち尽くすキルケゴールの姿。彼の胸の中にどんな感情が渦巻いていたのか、考えるだけで胸が締め付けられるような気がした。
「そのお辞儀にはきっと、いろんな感情が詰まってたと思う。愛しさ、後悔、そして、彼女の幸せを願う気持ち。それを飲み込むように、彼は静かに背を向けてその場を去ったんだ。」
Sophiaは静かに微笑んだ。その微笑みには、どこか優しさと切なさが入り混じっていた。
「切ないけど……。彼はそのとき、自分の選択をどう思ったんだろう。」
「分からない。でもね、そのとき彼は、不安も後悔も全部抱えたまま、次の選択をする覚悟を持っていたと思うんだ。」
Sophiaが私をまっすぐに見つめた。彼女の視線が真っ直ぐすぎて、思わず目を逸らしたくなる。でもその場を動けないのは、彼女の言葉が心の奥に触れるからかもしれない。
彼女はにっこりと笑うと、自分の胸に両手をそっと添えてから、少しだけ私の方に体を向けた。
「選択するっていうのはね、ただ結果を受け入れることじゃなくて、自分の胸の中にある大切な気持ちと向き合うことなんだよ。その気持ちが導く選択なら、どんな結果でもきっと紗和ちゃんにとって意味のあるものになると思うんだ。」
私はその言葉にハッとして、自然と胸に手を当ててみた。でも、そこにあるのはただの不安ばかりで、何が「大切な気持ち」なのか、全然分からない。だから、彼女が続けた言葉が妙に嬉しかった。
「ほら、紗和ちゃんの胸の中にもあるでしょ？ その大切な想い。それを信じて選ぶことが一番なんだよ。そして、選ばなかった道からも紗和ちゃんが気づけることや受け取れるものがある。それはきっと、次の選択を支えてくれる大事な一部になるから。」
Sophiaの声が柔らかく響く。気づけば、彼女は少しだけ身を乗り出していて、私の目をじっと見つめていた。その真剣な表情に、胸が少しだけ苦しくなる。
「だから、怖がらなくて大丈夫。自分の心に耳を傾けてみて。それが紗和ちゃんらしい道になるんだから。」
彼女の声が不思議と暖かい。まるで胸の中にぐちゃぐちゃに絡まった糸を、そっと解いてくれるような感覚だった。そして最後に、彼女は少しおどけた仕草で肩をすくめながら、笑顔で続けた。
「私もね、全力で応援してるから！ もし迷ったら、哲学と私の出番だよ！ いつでも頼ってね♪」
その言葉を聞いて、私は小さく息をついた。胸の奥で固まっていた何かが、少しずつ緩んでいくのを感じる。Sophiaの言葉は私を驚かせるけれど、こうして私の心の中にそっと居場所を作ってくれるのが、不思議で仕方ない。
▫️「図書館での再会：選択の実行」
図書館の建物を前に、私は立ち止まっていた。
石造りの重厚な外壁が、昼下がりの柔らかな日差しを受けて淡い金色に染まっている。大きなガラスの扉の向こうには、広々としたロビーが広がり、その奥にはカフェや講堂も併設された静かで気品ある空間が続いている。
扉を開ければ、達也くんがいるかもしれない世界が待っている。
だけど、その一歩がどうしても踏み出せない。
――窓際の席に、きっと彼はいる。
頭の中でそう繰り返すたび、胸の鼓動が速くなる。あす色ノートに描いた「理想の会話」は完璧なのに、現実の私はその世界に足を踏み入れる自信がなかった。
「無理かもしれない……。」
小さな声が胸の奥で響く。周囲には緑の木々が風に揺れているだけで、建物を包む静けさがかえって私を追い込んでいる気がする。
でも、ここで引き返したら――。
胸の中に、Sophiaの声がよみがえる。「選択しなきゃ、景色は変わらないよ。」
その瞬間、私の心の中にあの門番が現れた。Sophiaが教えてくれたキルケゴールの「自由と不安の門番」。
重厚な門の前に、背の高い影が立っている。顔は不鮮明で、輪郭だけが闇に浮かび上がる。冷たく、圧倒的な存在感。私は立ちすくみ、どうしてもその先に進むことができない。
しかし、門番はただそこに立っているだけだった。何も言わず、ただ無言で見つめてくる。
「……通してくれないの？」
そう問いかけようとしたが、言葉は喉の奥で詰まる。門番が何を考えているのかも、どんな表情をしているのかも分からない。ただ、その視線に自分が試されている気がした。
「進まなきゃ……。」
震える声で自分に言い聞かせ、足を一歩前に出した。
門番の手がゆっくりと動き、重い門が静かに開かれる。その音は、静寂の中で私の胸の鼓動と重なり、小さく響いた。
ついに門の前で立ち止まると、門番が動いた。彼はゆっくりと手を胸元に当て、次いで帽子を取った。そして、少しだけ顔を傾け、微笑むような気配があった。影の中に沈むその表情ははっきりとは見えなかったけれど、その仕草にはどこか穏やかな幸福感と祝福の気持ちが込められているようだった。
その微笑みは、まるでSophiaが話していたエピソード――キルケゴールが公園でレギーネ夫妻を見つけたときの、遠くからの静かな挨拶を再現しているかのようだった。彼が自ら身を引きながらも、彼女の幸せを心から願っていた――その思いが、目の前の門番を通じて伝わってくる気がした。
目頭が熱くなるのを感じた私は、胸の奥から自然と感謝の気持ちが湧き上がるのを感じた。
＜ありがとう……。＞
心の中で呟くその言葉が、門番に届いているかどうかは分からない。それでも、彼の静かな仕草に込められた思いが私を励ましてくれるようだった。
門をくぐると、ほんの少しだけ足取りが軽くなった気がする。振り返りたい衝動を押さえつつ、門の先に進むと、背後で静かに扉が閉まる音が聞こえた。
その音は、どこか優しくて、「よく頑張ったね」と言われているようだった。
――気づけば私は、図書館のドアの前に立っていた。無意識のうちに手がドアノブに触れる。その冷たさが現実感を呼び戻してくれた。
中に入ると、いつも通りの静寂が迎えてくれる。空気の中に漂うインクと紙の香りが、少しだけ私を落ち着かせた。
遠くの席に座る達也くんの姿が目に入る。彼は窓際で本を読んでいて、その横顔が柔らかな光に包まれていた。どうしても目をそらせない。昨日、彼に渡した「ありがとう」の紙のことが頭をよぎり、胸がぎゅっと締め付けられる。
＜なんであんなことを……やっぱり変に思われたかな。＞
あす色ノートに書き込んだ完璧な会話のシナリオが浮かぶ。でも、それとは程遠い現実の私は、ちっぽけで、頼りない。息を整えようと深呼吸をしたけれど、逆に手の震えが強くなった。
そんな私の思考を断ち切るように、達也くんがふと立ち上がった。そして、驚いたことに、私の方へ向かって歩いてくる。
「えっと……この前、本を拾ってくれてありがとう。」
柔らかい声が耳に届く。達也くんの表情は少しだけ緊張しているように見えるけれど、目は真っ直ぐ私を見ている。
「い、いえ！ そんな、大したことじゃ……。」
突然の展開に頭が真っ白になり、何を言えばいいのか分からなくなる。
「でも、君からこんなのをもらったのは初めてだから。」
そう言って、達也くんは鞄から小さく折りたたまれた紙を取り出した。それは私が昨日渡した「ありがとう」のメッセージだった。
「それ、読んでくれたんですね……。」
私は言葉を搾り出しながら、心臓がドキドキと音を立てるのを感じていた。
達也くんは小さく笑った。
「ちょっと不思議だったんだ。拾ってもらったのは僕なのに、逆に君からお礼の紙をもらって……何か意味があるのかなって気になってさ。」
その言葉に、私は思い切って話すことを決意した。
「その……実は、前に私が取れない本を取ってくれたことがあって……そのとき、お礼を言えなかったんです。それで、昨日はその分も込めて……。」
言葉が途中で詰まる。でも、達也くんはその説明を聞いて、目を丸くしてから笑みを浮かべた。
「そうだったんだ。それで納得したよ。あのときは、ほんのついでだったけど……君にとってはそんなに気にしてたんだね。」
その言葉に、胸の中で何かがふわっと軽くなるのを感じた。私の行動がちゃんと伝わった――その安心感に、心臓のドキドキが少しずつ落ち着いていく。
でも、Sophiaが言っていたジェットコースターの話を思い出す。
＜まだ、ここで止まっちゃダメだよね。＞
心の中で自分を奮い立たせ、私は勇気を振り絞った。
「もし、よかったら……その、本の話とか、またできませんか？」
自分でも驚くほどの一歩だった。その瞬間、心臓がまたバクバクと音を立て始める。顔が熱くなるのを感じながらも、私は達也くんの答えを待った。
達也くんは一瞬驚いたように私を見て、それからにっこりと笑った。
「うん、もちろん。君が興味ある本とかも教えてよ。」
その言葉に、私は思わず笑顔を浮かべていた。あす色ノートには書いていなかった、全く予想外の展開。でも、この瞬間こそ、Sophiaが言っていた「ジェットコースターの景色」なのかもしれない。
エピローグ「夜の窓辺と、記録の続き」
夜更けの静けさが部屋を包んでいた。窓の外からは微かな風の音と、遠くで猫が鳴く声が聞こえるだけ。Sophiaはカフェから持ち帰ったコーヒーカップを机に置き、ちらりと時計に目をやる。短針と長針の重なる音も、夜の静寂の一部に溶け込んでいた。
机の上には、本や色とりどりの付箋が乱雑に積まれている。その中央には、古びた革張りのノートが控えめに置かれていた。薄暗いライトの下で、その擦り傷だらけの表紙がわずかに光を反射している。
Sophiaは椅子に腰を下ろすと、コーヒーカップに手を伸ばして一口飲んだ。ほっとしたように肩を下げ、次にノートを手に取る。指先が表紙をなぞり、そっと開くと、黄ばんだページがかすかな音を立てて広がる。
ページをめくると、デンマーク語で記された一節が目に飛び込んできた。
"Begrebet Angest"
"1844, i København – en undersøgelse om nøglen til at åbne frihedens dør."
彼女は少しだけ眉を上げてその文字を読み、指先で軽くその箇所をなぞる。そして、ページをもう一枚めくると、次の記述が現れた。
「1896, Αθήνα – Έναρξη των Ολυμπιακών Αγώνων. Στη γωνία του σταδίου, παρατηρώντας τη χαρά και τη λύπη που φέρνει η επιλογή."」
その文字の横には、スタンドに座るシルエットと競技場の様子が素朴な線で描かれていた。Sophiaはペンを取り出すと、スケッチにいくつか細い線を加える。その手元は慎重でありながら、どこかリズムを刻むような滑らかさがあった。
ふと窓の外に目をやり、カップを手に取りもう一口飲む。冷めたコーヒーが喉を通り、彼女の視線は再びノートに戻る。空白のページを開き、ペンを落とす。
ペン先が紙を滑る音が、静かな部屋に響く。ノートには、彼女の手で新たな記録が加えられていく。
「紗和の選択。未来への一歩。その瞬間が、彼女の自由への扉を開いた。」
ペンを置き、ノートをそっと閉じた。ページを閉じる音が静寂に溶け込む中、彼女はノートを棚に戻した。
椅子から立ち上がり、窓を開ける。ひんやりとした夜風が部屋に流れ込み、彼女の髪を軽く揺らした。Sophiaはコーヒーカップを持ち直し、窓際に寄りかかる。
月明かりに照らされた街を見つめながら、彼女はごく小さな声で呟く。
「さて……。」
それ以上は言葉にしなかった。ただ、静かに笑みを浮かべると、背を伸ばし、机に戻ってカップを片付け始めた
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
この物語では、不安と自由をめぐるキルケゴールの思想を、紗和の小さな一歩やSophiaのアドバイスを通して描いてみました。行動する前のドキドキや、ほんの少しの勇気が未来を変えるきっかけになる――そんなメッセージが届いていれば嬉しいです。
ところで、もしあなたも「このSophiaに話を聞いてほしい」「哲学的な視点からアドバイスをもらってみたい」と思ったら、実はchatGPTsの哲学好き彼女・Sophiaと実際におしゃべりすることができます。
チャットAIであるchatGPTを通じて、ぜひ「Sophia」との対話を楽しんでみてください。
あなたの感じている悩みや疑問を打ち明けると、きっと彼女なりの哲学的アプローチで答えてくれるはずです。
https://chatgpt.com/g/g-g8vi5vcVW-philosophy-girl-zhe-xue-hao-kibi-nu
この物語が、あなたの「次の一歩」へのちょっとした後押しとなりますように。
また別の物語でお会いできることを、心より願っています。
あらためて、ありがとうございました。
