大江山林間合宿
――ミーンミンミンミンッ――
陽光、灼熱、乾季渇水の青空と大地に立つ…冷房の聞いた部屋から出てものの数分で汗が滲み出すのは夏の日常で有った。
「――やぁやぁ諸君、とうとう来たよこの日が、君達にとっての一つの〝通過点〟、君達の能力を証明するイベント、即ち〝林間合宿〟…事前に配布していたプリントに記されていた〝必需品〟…つまり、3日分の衣服、水筒、その他諸々は用意してきたかね?…忘れたならば遠慮無く言い給えよ、後で私の予備を貸して上げよう」
私はそう言い、集い集まる1年生達に声を掛ける…送迎用のバスと、二十数名に至る〝教師と臨時護衛達〟を背にしながら。
「――君達は今日が始めての〝林間合宿〟に成る…緊張している者も、そうで無い者も居るだろう…しかし何方で有れ私は君達に〝忠告〟を告げよう」
集まり、整列する彼等へ私は確かな意思を以て彼等へ告げる。
「此処から先の林間合宿では、〝命の危険〟が存在する…日常生活に於ける死のリスクも決して0では無いが、今回の林間合宿はソレに輪を掛けて危険な物と成るだろう…しかし、君達はコレを踏破せねば成らない…だからこそ〝気をつけ給え〟…〝警戒に過剰は無い〟、〝常に死を恐れよ〟…良いね?」
そう言い終え、全ての口頭説明を終え生徒達は其々に割り当てられたバスへ乗り込む…その様子を私と字波君は眺めながら、言葉短に会話を始める。
「――さて…我々が出来る事は全てやった…が」
「……不安ね」
「そう…不安だとも、自身を持って全てに全力を注いだと言えるが、やはり事が終わるまで一切の慢心も出来ない…実に不安だ」
「……正直ね」
「そうかね?…怖いものは怖い、痛いものは痛い、苦しいのは御免だし、出来ることなら楽がしたい…極当然の思考で有り、ソレに蓋をして縛る様に生きるのは〝生きづらい〟からねぇ……さて、杞憂は兎も角、この夏は…日が最も強く輝く季節は君にとっては堪えるだろう?」
「そうね…日焼けはしないけれど、やっぱり日陰は落ち着くわ」
「ならば我々も早々にバスに乗り込むとしよう…さぁ、日傘を貸し給え」
そして、他の職員達の後に続き…我々もまたバスに乗り込むのだった…。
――ブルンッ、ブルンッ…ブルオォォォッ――
そして、六台のバスが出向し…1時間と少しの路上の旅が始まる。
〜〜〜〜〜
「うぅむ…やはり乗り物は楽で良いのう!」
「オイコラ爺ッ、煎餅のカス零すなよッ自分の車じゃねぇんですから!」
「わぁっとるわい、それよりもじゃ〝猫丸〟よ…前に言っとった…」
「あの〝仕事〟ッスか?……全然駄目ッスね、一応他の伝手も使ったんスけど、失敗だったッス」
「ほぉん……まぁじゃろうなぁ…まぁええわい、今はゆっくり待つとしようかのう?」
「僕ァ待つのは苦手なんスけどねぇ…」
〜〜〜〜〜〜
「〜〜♪」
「……」
「お?…オイ〝チエ〟、見ろ…珍しい物が見れるぞ?」
「……鳶の狩りか、食物連鎖の一つだろう〝クレハ〟」
「おいおい…こういうのは自分の生活範囲での〝希少性〟の話だよ?…そりゃあ肉食性の狩猟自体は全体で見ても珍しくないが、此処の生活圏じゃそう見無いだろ」
「そうか、私には必要無い情報だ」
「相変わらず素っ気無いねぇ」
〜〜〜〜〜
「……」
「……(ソワソワ)」
「………どうかした?」
「ッ!?……あ〜、その…何だ…隣に美人が居るのは成れてねぇんだよ」
「……そう…なら、代わる?」
「あ〜……いや、そうじゃねぇんだ…此方の個人的な話だから、気にしねぇでくれや嬢ちゃん」
「ん…ならそうする」
「俺ァ〝刃〟だ…アンタは?」
「私は…〝覚〟…覚えるの〝覚〟…別に覚える必要もない」
「そうか……まぁ此処で有ったも何かの縁だ、よろしく頼むぜ〝覚〟」
「うん、宜しく〝刃〟」
〜〜〜〜〜
「――あぁ、そう言えば〝字波君〟」
「あら、何かしら?」
「そう言えば君に〝渡しておく物〟が有ったんだが…今渡しておこう」
「……コレは?」
「〝カチューシャ〟だよ、ちょっとした呪い入りのね…白薔薇の模様が綺麗で君にプレゼントしようかと思って買ったんだが、ごた付いて渡す機会が無くてね…此処まで期間が空いたことを詫びよう」
「……ありがとう」
「喜んでもらえたなら嬉しいねぇ」
そして、道中には特段何の障害も無くバスは進んでゆく……。
コンクリートと鉄筋とガラスの都は次第に薄れて行き、目的地へ進むに連れて人気も車の数も減ってゆく…次第には人工物の造形美から、自然の雄大さが色濃く現れていき…我々は文明の端に到達するのだった…。
――ブシュウゥゥッ――
「――ようこそお越しくださいました、〝八葉上魔術師養成学園〟の皆さん…今年も宜しくお願い致しますね…〝字波〟様」
「――えぇ、今回も宜しくお願いしますね…卯月さん」
バスを降りて早々、出迎えに立っている十数名の職員らしき人物と字波君が話を始め、生徒達はバスの中での会話の続きを降りながらに続け、職員達も同じく下車する…。
――ピクッ――
「……」
そんな彼等に紛れながら…私は、彼方に目を向ける。
「……」
「『……』」
其処には無数に留まり、此方へ丸い視線を向ける鴉の群れが居た…最早隠す気も無いのだろう。
「……お邪魔するよ、〝鬼の諸君〟」
ソレならばと、私も彼等へそう言い…また、〝教師〟に戻る。
「応……歓迎するぜ、〝不身孝宏〟…ようこそ俺の本領〝大江山〟へ……タップリ楽しんで行けよ」
片目を閉じ…その美女は盃に注いだ酒を揺らす…その瞼の裏には、此方を見ていた青年が、生徒達へと声を掛ける様が映し出されて居た。




