一夜の成果に憂い無し
「――未だ若き魔術師の卵をこんな夜更けに連れ出してしまうとは…君達の教育方針は些か早急すぎやしないかい?」
私は言う…学生の極小さな過ちを明言し、多少の毒と叱責の意を込めた言霊を三人の人物へ。
「――何だ貴様はッ、氷太郎様に課せられた試練に割り込むとは不届き者め!」
「おっと…それもそうだ、確かに私は君達へ自己紹介をしていなかった…私は〝不身孝宏〟…見ての通りの姿だが、ちょっとした経緯でね…こんな形だがちゃんと〝教師〟だ、氷太郎君の担任だよ、宜しく黒子のお嬢さんと御二方」
私の言葉に留まること無く吠え続ける黒子君をスルーし、私はその奥の、一目見て彼がこの〝集団の指揮者〟だと分かる長髪白髪の雪の様な儚げで、冷ややかな男性に目を向ける。
「ほう……貴殿が氷太郎の…と、失礼…名乗られたのなら名乗り返すのが礼儀で有ったな…私は〝巌根雪斗〟…巌根家の〝長男〟…氷太郎の兄だ、氷太郎から噂を聞き、此方でも探りを入れて居た人物と邂逅出来るとは僥倖だな…」
その男性はそう言うと、その佇まいの通りに美しい所作で名乗り、私へいまいち感情の読み取れない、政治や社交場で鍛え上げられた〝仮面〟の笑みを向ける。
「――しかし、コレも巌根家の習わしでな…15の歳には妖魔との戦いを経験せねば成らないのだ」
「ふむ…伝統を重んじる事は理解しよう…しかし、何の安全装置も無く戦わせるのは不要なリスクでは?」
「巌根家は〝実力主義〟であり〝戦士〟の気が強い………〝身一つで試練を乗り越える事〟を重視していのだよ」
「………ふぅん…」
私と雪斗君は互いに見つめ合い…暫く静寂の空気を纏う…そして、互いに観察は済んだとばかりに視線を切り上げ、私は溜息を吐きながら彼等へ言う。
「――結構、結構…君達の事情は把握した、氷太郎君も望んでこの試練に身を置いて居る事も理解した…しかし、流石に日を跨がせる様な真似は止め給え、若い内は平気だと思っていようがその〝ツケ〟は蓄積する…ある日を境にガタが来るのだからね…毎日8時間の睡眠、三食キッチリ食べて鍛錬に励む…君も君達もまだ若いのだから、生活には気をつけ給え」
「アンタは母親か何かか?」
「教導の師では在る」
私はそう言い、氷太郎君の方を振り向きその肩に手を掛ける。
「――だからこそ…私と君が〝担任と生徒〟と言う繋がりを得てしまったが為に…君の望みを邪魔せねば成らない…理解した上で私は私の判断を間違いでは無いと宣い、君達を叱責しよう」
「「「「?」」」」
私の言葉に、繰り返される同じ議題に彼等は疑問に小首を傾げる…そんな彼等を見ながら、私は氷太郎君の肩を引き、ワルツを踊る紳士淑女の様に華やかに彼を〝動かす〟…その刹那。
――ズドォンッ――
私は、天高くから〝強襲〟してきたソレを防護結界越しに見詰めながら言う。
「〝決して警戒を怠らない様に〟…と」
そして、結界と拮抗する奇妙な黒衣の人型に手を向け、魔術とも呼べない魔力の発破で吹き飛ばす。
「ッ…妖魔…馬鹿なッ…儂の探知結界を擦り抜けたのか…!?」
「――その通りだとも〝老齢な若人〟君、古く旧く積み重ねられた結界術、術式も非常に熟練された手付きが伺えるがしかし、技術は移ろい行く物だ、木の槍から鉄の銃へ、土器は鉄器へ、毛皮は鎧にと…遍く全てに最盛が有り、また同時に超越されるものなのだよ……さて、教鞭を執るのは此処までに、問おうか?」
――ガラッ――
私は民家の外壁に打ち当たり瓦礫に埋もれるソレへ問う…しかし、崩れ去る瓦礫の中には既にその妖魔は居らず。
――ジリィィンッ――
「ッ!?…何、コレ……壁…!?」
「〝言葉〟を話す、感情を持つ、狡猾を駆使し最高の奇襲を掛ける判断力…即ち君は優秀な〝妖魔〟で在り、私には無数の問いが有る」
背後から現れ、私の背に居る氷太郎君へと奇襲を掛けるソレへ、私はそう問い掛けてその姿を視覚に〝捉える〟
「ッ…ギアァァァッ!?」
「――素直に答えてくれると…此方も〝楽〟で良いのだが…そうも行かないよねぇ……」
――バシュンッ――
飛び退く〝黒衣の妖魔〟…その鋭い爪を備えた腕を刎ねる…が。
――ドロッ――
その腕は一瞬にして腐った肉に変わり果て…その黒衣の皮が剥がれた〝姿〟は…人の心にある種の憎悪を抱かせる物だった。
――ギロッ――
「……百々目鬼…?」
「〝百々目鬼〟…盗みを働いた女が天罰故に腕に無数の目を植えつけられた妖魔か…成る程確かに、言い得て妙だ…それと同時に〝不適切〟とも言える」
アレは〝腐肉〟の塊だ…蠢く肉塊に人の皮を縫い付けた様な醜悪だ、そしてその醜悪は悍ましい〝犠牲の群れ〟で有ろう。
「――質問を追加しよう…君は〝百々目鬼〟の様に堕ちた妖魔だろう?…恐らくは現代に於いて〝彼女以来唯一の例〟だ…〝人から魔へ姿を変えた人間〟…彼女はソレでも〝善〟で在り続けたが…君は〝違う〟……〝妖魔らしい逆恨みの塊〟だ――」
――ガリッ――
「何人殺した?…十や二十では無いだろう…肌に使われる物は所々で色が違う、〝若過ぎる〟、〝老いている〟…幼子から老人まで…区別無く殺しているね?」
私は氷太郎君を彼等へと渡し…腕を〝生やす〟ソレに問う…すると横から声が掛かり、私の注意を惹く。
「――待ってくれ、〝孝宏先生〟…コレは私が殺ろう」
「む?……いや、駄目だ…コレには聞きたい事が山程有る」
「――ならば、〝生け捕り〟だな…任せよ」
其処には老人の張った結界を抜け、此方へと歩を進める雪斗君が居た…。
「……醜悪な外道め」
そして、彼はそう言い…汚物を視るような冷たい瞳でソレを見詰める…その醜悪な姿の妖魔には、美しい彼から放たれる言葉が余程突き刺さったのだろう…或いはソレは、彼がソレの性格を見抜いたが為の挑発なのかも知れない。
「黙れェェェェッ!!!」
――ヒュンッ――
兎も角ソレは効いた、効き過ぎた…その挑発にその醜悪な妖魔は無数の目を血走らせ、継ぎ接ぎの身体を振るわせて雪斗君に迫った…。
――ヒュンッ――
その瞬間……妖魔の四肢が〝落とされた〟…その一瞬の早業を、私は認識すらする事が出来なかった…ただ。
「――〝封魔の氷刀〟」
長髪を揺らし、一振りの刀を振り抜いた姿の雪斗君は確かに美しく…地を這うソレを見下ろす様は〝冷たい威圧感〟で満ちていた。
「……フゥッ、コレで良いか…孝宏先生?」
「……うん、まぁ助かったよ……オマケに良い物を見せて貰えた事も、感謝しよう……案外激情家かい?」
「フッ……さぁな、そう言われるとそうかも知れん…〝結〟、〝黒宮〟…氷太郎を連れて帰れ…もう試練は済んだろう?」
「「ハッ」……しかし、雪斗様は?」
「コレを〝八咫烏〟へ持って行く…御付きは不要だ」
「……ハッ、畏まりました」
そして三人はその言葉通りにこの場を去り、私と雪斗君は転がる〝妖魔〟君を捕縛の魔道具で圧縮し、八咫烏へと向かうのだった…。
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「――ふぅむ……〝百々目鬼〟か…いや、厳密には違うが…しかし…やはり最近は妙に強力な妖魔が〝湧いてくる〟な…」
私は〝私の視界〟を同期させながら…一休憩の合間に思考を働かせる。
「……あの鬼達の部下かも知れんが、此処は少し…余分にリソースを割き調査して置こう」
そして、私は着実に完成しつつ有る〝銃身〟に一人悦を漏らすのだった…。




