夏涼しや氷の御子よ
――チリーンッ――
――チリーンッ――
夏の夜……夜だと言うのに蒸し暑く、その熱気が年々増している気がする程に、太陽の名残りが色濃く現れ出す季節の夜……そんな夜だと言うのに、今日は何故だか涼しく思った。
――チリーンッ――
――チリーンッ――
ふと…何処からか鈴の音が響き渡る、音はまるで何かを〝誘い出す〟様に鳴り響き、静寂を突く。
――ザッ…ザッ…ザッ…ザッ…――
恐らくはその〝鈴の音〟故だろう…暗がりの中を無数の〝ナニカ〟が蠢動し、彼等の網膜に、鼻腔に感覚として〝視る〟…〝人間の気配〟に一目散に迫る。
暗がりの中を蠢く彼等は、その刹那…己の視野に〝ソレ〟を見た。
――チリーンッ――
――チリーンッ――
「……来ましたな」
「かなりの数居る様ですが…本当に宜しいのですか、〝雪斗〟様?」
「構わん…我が弟ならば妖魔の20や30、他愛も無いで有ろうよ…な、〝氷太郎〟?」
其処には錫杖をコンコンと、打ち鳴らして座禅を組む老人と、何やら夜に目立つ白い着物で身を飾る長髪の冷たい美男…ソレに傅く黒子の娘……そして。
――ピキピキピキッ――
「……〝氷武羽衣〟――〝双白ノ凍刃〟」
その手に真っ白な〝双剣〟を創り出す…一人の〝戦士〟が居た。
「――ほぅ、見ろお前達…アレはどう思う?」
「――ハッ、恐れながら…巌根家の秘術、〝氷ノ創具〟かと…」
「あぁ、確かに家の秘術の一つだ…だが、ソレだけじゃない…〝黒宮〟、お前の目にはどう映る?」
「……ハッキリと申してしまえば、巌根家伝来の秘術…その〝先〟の術とお見受け致しますな…あの氷太郎様の〝氷衣〟…恐らくはアレ自体が〝術式〟で有り、アレに保管されている〝装具の術式〟を氷太郎様が起動する事で、装具の〝簡易精製〟を可能にしているのでは…と、考えます」
その戦士の背後で三匹の人間が何やら話し込んでいるが、そんな事は最早どうでもよかった…何せ、そんな事に意識を割くよりも早く。
――ヒュッ――
――ストンッ――
己の首は地面へと頭を垂れたのだから。
○●○●○●
――ザザザンッ――
「フッ…シィィッ!」
〝眼下〟に映るその光景は、正に圧巻の一言であった…氷の武具を巧みに扱い、続々と列を成す妖魔達を木端に変えるその青年の卓越した〝戦闘技術〟は、成る程…知識記憶の中で見る物よりも断然〝気迫〟の有る素晴らしい物で有った。
「――と、見物に耽るのも良いが…ふむ」
一瞥する…鈴の音はかなり遠くまで響いている様で、その音に誘われてか本来ならば夜ですらマトモに動くことの叶わない低級の妖魔共が音の発信源へと向かっているらしい。
「――あの錫杖…と言うよりはあの〝鈴〟が肝か」
ぱっと見た所、恐らくは〝妖魔を呼び寄せる為の魔道具〟だろう、攻撃も何も持たない代わりにその影響範囲は驚くほど広い様だ。
「――成る程、氷太郎君は名家の出だったな…ならばそうか、他所の者よりも術師のハードルは高いのだろう」
まだ正式な術師では無いうちからこの様な〝実戦〟を行わねばならないのも納得だ。
「――とは言えだ、腐っても生徒で私は〝教師〟…ならば、夜更かし紛いの生徒には軽い注意をするのが道理って物だろう」
私はそう言い、マンションの屋上で立ち上がり、足に力を込める。
「――セイッ!」
そして、思いっ切り飛び上がり…しかる後に推進を失い、浮遊感と共に母なる大地に引き戻される感覚を体感し――そして。
「失礼、クッション代わりにさせてもらおう!」
氷太郎君へ迫る妖魔の頭蓋へ的確に足を打ち抜くのだった…。
●○●○●○
――ドゴォッ――
ソレは――余りにも唐突で、何よりも〝その人物〟らしい、他者の配慮など微塵も考えて居ない乱入だった。
「ッ!?――何でアンタが――」
「〝残業〟だよッ、全く…八咫烏はとんだブラック組織だよ!――〝連鎖〟」
その人物の乱入で良くも悪くも全ての生命は思考に余白を創る…その余白で唯一行動を可能に出来るその男は、その視界を高速で移ろわせそう言う…その瞬間、その男の掌には真っ黒な真球が浮かび、妖魔達の首へとその真球から伸びる鎖を絡めさせる。
「〝潰えろ〟」
そして、その男がそう言い掌の真球を強く握り締めたその瞬間…周囲の妖魔はまるで何かに外側から握り潰されたかの様にその身体を圧し折り、死に絶える。
「――さて、それでは早速―――」
「フンッ!」
静寂の後…その男は…不身孝宏先生は、その白衣をはためかせながら此方へと目を向ける…その直後、俺はその手に握られた剣を振るった。
「――どぅえぇい!?…何をするのかね君ッ、危うく私の唇が四つに成る所だったじゃないか!?」
「……〝本物〟か、いや待て…確か〝記憶も模倣する妖魔〟がいる筈だ…ソイツの可能性も…」
「素晴らしい警戒心だ、私の言葉を覚えていてくれて嬉しいが、今に至っては最悪だね!……兎も角一度矛を収め給え、私は〝不身孝宏〟だとも、間違い無くね…少なくとも〝敵が化けた偽物〟では無い…契約魔術で縛るかい?」
「……本物かよ」
俺はそう言う先生の言葉に嘘が無い事を確認すると術を解く…少し力み過ぎた所為か、夏の風が肌寒い冷気を帯びている。
「――それで?……何でセンセーが此処に居るんだよ?」
「それは此方の台詞なのだがねぇ?……巌根氷太郎君、駄目じゃないか…まだ成人もしていない青年がこんな夜更けに活動とは…明日にクルよ?」
「明日はそもそも休日だろうがッ…それに質問の答えになってねぇぞ!」
「それはまぁ…此方も〝仕事〟でねぇ…妖魔狩りに駆り出されたは良いものの相方は全然来ないし時間の無駄だし…そんな最中君の魔力を感じ取って来てみればこの有り様だからねぇ…君の教師としては見過ごせない……と言う訳で説明して貰おうかね…其処の君」
先生はそう言うと、その視線を俺の後ろにやり…やや棘のある口調で背後の三人へと問い掛ける。
その目は、普段の巫山戯た態度とは違い…微かな怒りが滲み出ていた。




