二枚目の切り札
――ドドドドッ――
「ッ――〝死ね〟!」
「ハハッハハハッアッハハハハーッ!!!――何だソレ!?…〝詠唱〟も無い〝物質操作〟だけでこの規模か!?…異常だ、異質だッ…違う違うなッ、〝精度と出力〟が桁外れだ!」
うねる岩の濁流、ソレを蹴り、跳ね、身体を無理矢理に捻って躱す…全く何て羨ましい魔力だッ、こちとら何年魔力拡張に勤しんでいると思っている…己の成果を容易に越えられたことはまま有るがやはり堪えるなッ。
「全く…最っ高に〝愉快〟だ!」
優れた術の使い手だ、この異界を形成して尚余りある〝魔力〟――ん?…。
「――違うな…そうか…〝物質操作〟すら〝機能の一つ〟なのか…!」
「ッ……猿め…!」
成る程…単純な話だったな、〝異界〟…〝結界内部の空間の変質〟…変質した〝物質の操作〟…単純だが理に適った戦法だ、維持のコストも微々たる差しか無いし…しかし、コレは――。
「…〝魔力量の暴力〟…趣味じゃないがやはり〝強烈〟だ…!」
「俺を忘れんじゃねぇぜ!」
「――ッ…!」
――ブオンッ――
私が彼女の操る術法を凌いでいた最中…真横からまたしても奇襲が迫る…だが。
「〝艶莉〟…〝止めろ〟」
「ッ…はい…〝毒花の香〟」
その奇襲が私へ触れる直前…彼女の術理が彼へ降り掛かり、その動きを鈍らせる…。
「てめッ、艶莉ッ…何してやがる…!?」
魅力による隷属…見知った術理と言えど流石に仲間にやられると驚くだろう…そして、その動揺が反撃の機転だ。
「――〝視覚捕捉〟、〝術式〟――〝切断〟」
「ッ!?」
空白の一瞬に私は術を滑り込ませ…眼の前の〝鬼〟の腕を切り飛ばす…。
「チィッ…んだその術…!?」
「〝再捕捉〟…〝捕捉領域の縮小〟に伴い〝出力を増加〟」
利き腕を失いバランスを取れなくなったその鬼へ、私は両手で四角を作り…再び〝術〟を行使する…。
――ゾワッ――
「ッ〜!?」
そして漸く彼は理解したのだろう…この術が〝己を殺すに足りる代物〟で有ると…理解すると同時に、空を漂う己の身体の不自由を知り…その顔を恐怖に歪ませる。
「――クフッ♪」
その表情に…私は思わず口から悦を漏らす…そして今、術を行使しようとしたその刹那…。
「〝爆火の鬼灯〟!」
蠢く土塊から、真っ赤な血のような種子が伸び…その刹那、凄まじい爆発音と炎が私と鬼の男を覆う。
「――ふぅ……コイツは厄介じゃのう…まさかまだ千も越えぬ若造が我等〝鬼〟を相手に此処までやるとは…」
炎を纏い落ちる私を見ながらそう言うのは、老人の鬼…その手には気を失い眠る鬼の娘と焼け爛れた皮膚を再生させている鬼の男。
「悪く思うで無いぞ〝鬼鉄〟」
「……ッ、応…今回ばかりは助かったぜ爺さん」
炎の中で、漸く此方を〝脅威〟と判断し…連携する事を共通認識とし始めた彼等を見て、私は再度溜息を吐く。
――ゴオォォッ――
「――全く…ただでさえ危険な鬼を相手に人数不利だと言うのに…連携されると不味いなぁ…全く」
とは言え、こうなった以上は此方も一つ段階を上げようか。
――ドォォッ――
「〝獄囚の扉〟…〝グループBの通過のみを許可する〟…そして〝グループBへ命令〟…〝敵を殺せ〟」
私は炎を払い除け、召喚陣から隷属させた虫達を排出する…。
「さて、それじゃあ指揮は任せたよ…〝指揮個体〟君」
十が百に、百が千に…その数を増やし、雪崩れる様に迫る虫達を見て…私は様子見に距離を取る…この数を相手だ…流石の彼等と言えど一筋縄では――。
「〝緋弦〟…手を貸せぃ」
「了解、〝黄蓮〟」
――ググググッ――
その瞬間…大地を這い回る〝蟲達〟が大地から伸びる無数の手をによって包み込まれ…押し潰されてゆく…。
「――此奴等ならば御主の情報を集める際に見た…数は脅威じゃが儂等に掛かれば対処など容易いわ」
「そうかね?……ならば〝コレ〟も見ているか…〝最後の女王〟……〝承諾〟……〝滅びの皇帝〟」
私は悲鳴を上げる虫と土の塊へそう言う…すると、その途端にその中心部から濃密な魔力と何かの胎動が響き始める…。
――ドクンッ…ドクンッ…――
――ビキッ、ビキビキッ――
胎動と共に土塊はひび割れて行き、その内側から突き破らんとする〝何か〟の出現を刻み始める…しかし、その胎動の主が出現するより早く…。
「残念じゃが……そうはさせん……〝焼炎の責苦〟」
ソレを阻む様に老人がその土の塊に触れ、その内側を高熱の炎で熱して燃やす。
「――母体の強度は途轍も無いのは知っている…しかし、母体は頑丈でも中の〝妖卵〟はそうも行かんよのう?」
「……流石に駄目か、折角の切り札がこうも安々と処理されるとはねぇ」
さて、困った……現状私は傷の修復と召喚陣の構築維持に魔力を割き、現在の魔力残量は2割程…コレで今尚ヤル気タップリな彼等を処理出来るか……うん、〝無理〟だ。
「――無駄な足掻きは止めい、儂等は御主を五体満足で連れて来いとは言われておらん…妙な真似をすれば四肢を削ぎ落として連れてくぞ?」
そう言いながら、土塊を背に此方へ顔を向ける3人の鬼、此方の消耗を認識しているのだろう、3人の目には既に私を脅威と認識しては居らず、私を〝捕縛対象〟としか認識して居ない様だった…。
「そうだねぇ……もう切り札は文字通り〝虫の息〟だし、私の魔力は残り少ない…この状況で私が君達を殺すのは厳しいだろうねぇ…仕方無いか……うん、じゃあ――」
そんな彼等へ私は肩を竦めてそう言い…手を上げる…その無抵抗を示す姿に、彼等は漸く気を緩ませ…此方へ歩む…だが、その一歩が土塊を踏み締めた刹那――。
「〝切り札〟をもう一枚切るとしようか♪」
私の言葉と同時に、〝蟲達〟を押し固めていた土塊がバカッ…と割れる。
「それじゃあ、私の代わりによろしく頼むよ…たった一人の〝皇帝〟君?」
その瞬間、〝ソレ〟は姿を表した……。
――ボトッボトトッ、ボトッ…――
その腐臭と生臭い生命の臭いを撒き散らしながら…産声の様に――。
「『Gigigigigi!!!!』」
そんな金切り声を叫び、その姿を夜の薄暗がりに表すのだった……。




