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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第三章:蠢動する人成らざる者
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闇夜の襲撃者

――カッ…カッ…カッ…――


「や、止めてくれ…頼む…!」


例えばそれは、悪意が善良、ないしは中庸の生命を貪る前触れで有ったり。


――カッ…カッ…カッ…――


「テメェッ、俺を殺せばどうなるか分かってんのか!?――ヒッ!?…待て、止め――」


例えばそれは、逆上が巻き起こす悲劇の前触れで有ったり。


――カッ…カッ…カッ…――


「――は、ハハハッ…何だ、やっぱり俺は糞みたいに死ぬしかねぇのか…!」


或いは人生に失墜し、屈折し、自暴自棄の果てに全てを破滅へ導かんとする愚行で有ったり。



夜が妖魔達の世界と成り、人々は光りに包まれた〝夜の日中〟にしか居れなくなったその世界であっても、こうした〝人の膿〟とは絶えず湧き出すものだ。


「やはり、〝悪魔の五感〟とは便利だねぇ」


私はそう言い、今夜三人目の〝悪〟を貪る…つまりは殺して奪う、全てを、血も肉も骨も皮も魂すらも奪う…そう、私の研究に時として必要な〝人間の素材〟を、私は夜な夜な集めているのだ…。


「〝悪を知覚する力〟はやはり、この手の探し物では重宝する……尤もその代償として」


――ドクンッ――


「ッ……困るねぇ……〝一ヶ月前〟に食ったろうに…」


私は苦痛に震える己の腕を溜息と共に見下ろし、その手に握られた赤々と輝く肉塊、胎動する生きた心臓に口唾を溢れさせる…抗い難い〝飢餓と食欲〟…コレが〝悪魔の力〟を行使する〝デメリット〟…それは〝悪魔の側面〟が強くなる事だ。


「――仕方無い、折角手にした新鮮な〝死体〟だが…コレは〝彼女〟に卸すとしよう」


――フワッ――


「ッ――……今日はヤケに多いな」


私は心臓の抜かれた死体を収納し、鼻を刺激する悪意の臭いに歩を進める…風の無い夜に静寂を掻き分けながら。



〜〜〜〜〜〜


――ギィィッ――


「流石に〝裏側の豪商〟を名乗るだけは有るねぇ…」


私はそう独り言を呟きながら、人気の無い山道に掛けられた木の橋を渡る…私の手には先程彼女に〝依頼〟し、手に入れた〝霊玉〟が四つ、握られており…ソレが放つ寒気のする様な気配は、ソレが一目見て〝碌な代物では無い事〟が理解出来ると同時に、その玉石に込められた力の〝強大さ〟を肌身で理解させられる…中々どうして手に入らない〝希少な素材〟に自然と頬が緩む…。


――バサッ――


「―――ッ!」


私がその玉石を手に、思考を巡らせていた最中、ふと…ジットリとした悪寒が身体を包み込む、その悪寒と共に耳が捉えた、何かが空を切り迫る音に、私は反射的に〝防郭魔術〟を行使する…結果的にそれは、寸前で私の身を守る〝幸運〟と成った。


――ギィィンッ――


「――チッ!?…勘が良いじゃねぇかオイ!」

「何方様かね、君――」


私はそう言い掛け、しかしその瞬間に展開した魔力感知に映る反応を見て、驚きに目を見開く。


「ふむ……勘が鋭いのう…儂の術に勘付きおるか」

「――〝緋弦(ひづる)〟、やりぃ」

「はい、〝艶莉(えんり)姉様〟」


背後からはぬるりと現れ此方へ〝術〟を放つ老人、横では私達を〝囲う〟様に夜を赤黒く染め上げる二人の女性…。


「チッ…〝勿体無い〟」


――ベキッ――


「「ッ!」」

「〝爆ぜろ〟」


差し迫るピンチに、私は苛立ちを込めて手に握られた四つの玉石、内一つを割り砕き…溢れ出す魔力に〝術〟を刻む……その瞬間。


――カッ――


閃光は刹那に消え、凄まじい爆発が一帯を吹き飛ばす……大地は揺れ、空気は薙ぎ…辺りの木々は衝撃と火炎に焼け砕かれる……その音を聞きながら、私は薄れ行く煙ノ中から〝ソレ等〟を見る。


――シュウゥゥッ――


「人間如きが……痛えな糞がァッ!」

「――全く…お主のせいで捕らえ損ねたでは無いか…これだから血気盛んな者はいかん…」


其処は赤黒い空に赤黄色の月が浮かぶ…浮世離れした〝異界〟の様な光景だった…。


「――何者かね、いや何用かね〝鬼〟共…人が折角手にした貴重品をこう無駄遣いさせてくれるとは…随分と随分な真似をしてくれるじゃないか…?」


しかし、そんな物はどうでも良い…所詮コレは〝彼等〟の術法だ、重要なのは其処では無い…彼等が態々私を襲撃した意図の方だ…そして――。


「家の大将の命れ――」


――ドンッ――


彼等は明確に…私へ〝敵意を抱き〟、〝人に害を為そうとした〟と言う事だ。


「ッ――!?」

「…〝魔弾の射手〟」


私はのうのうと此方の言葉に乗ってきた男の方の鬼へ魔弾を撃ち込む、腕へ、足へ顔へ顔へ。


「――グハッ…テメェッ卑怯な…」

「奇襲を掛けてきた君が言う事じゃないね……しかし面倒だねぇ…鬼種は標準で再生能力を有しているが…君のその異様な再生速度…君は何年モノの〝鬼〟なのかな…?」


私は今一先ず、会話の空気に入ったソレ等へ軽く問いながら…己が直面した面倒事に悪態を吐く。


(困るなぁ…全員かなり強い個体だ…殺そうにも取り逃す可能性の方が高いか…はぁ、やだねぇ…何で私はこう面倒事に直ぐ遭遇するのか…)

「……ま、いいや……取り敢えず〝殺してしまおう〟…貴重なサンプルに成りそうだ…生け捕りは…いや、厳しいかな?」


私はそう言い、臨戦態勢を取ると…その様子を見た鬼共も態勢を整えながら騒ぎ合う。


「――ふむ、オイ〝鬼鉄〟よ…お主のせいでアヤツが殺る気ではないか」

「あぁ!?…テメェも殺りに行ってただろうが〝黄蓮〟!」

「儂は〝捕縛〟しようとしとっただけじゃ戯けめ」


そして、私と2匹の鬼が一触即発の空気に成った……その時。


「ちょっと待ってぇな〝旦那〟はん…ウチラは争いに来た訳や無いんよ?…堪忍してぇな」


二人の奥に居た、一匹の鬼が此方へ歩を進める…。


「オイ〝艶莉〟!」

「黙りぃ、ほんまアンタ共は…〝御使い〟の一つも出来ひん駄犬やねぇ…」

「……それで、何かね…〝鬼〟君?」


私はそう言い、〝手を降ろし〟その女性に問う…するとその女性は紫の髪を揺らしながら、人間離れしたその美貌を此方へ向けてクスリと笑う。


「〝鬼〟や何て…そんな味っ気無い呼び方は寂しいなぁ…ウチの事は〝艶莉〟って呼んでぇな、なぁ旦那はん?」

「ふむ……そうかね」


そう笑う鬼の彼女は、まるで警戒の素振りも無く、此方へ優美に歩いてくると…私の顔に、その顔を近づける…。


「旦那はん、男前な顔してはるなぁ…ソレに身体もこんなガッシリと…惚れてまうなぁ♪」


その身体から放たれる…淫気な甘ったるい香りと、柔らかな白い細腕が私の身体を這う…そして、その口は私の耳元で囁やくようにこそばゆく、私へ語り掛けて来た。


「なぁ旦那はん…ウチに付いてきてぇな…」

「……艶莉君」


その言葉に、私は彼女の腕を掴む……そして。


「――生憎と、こんな爺に色仕掛けは効くまいよ?」

「……へぁ?」


私は私に注がれる〝魅力の呪い〟を跳ね返す…まさか自身の術が返ってくるとは考えもしなかったのだろう…眼の前の鬼娘は、己が放った強力な〝魅力〟をその身に受け、その身体を脱力させる…。


「――先ずは〝一人〟無力化……次は誰だね?」

「姉様!」


そんな彼女を見て、眼前の鬼の少女はそう叫び…次の瞬間。


「貴様ァァァッ!!!」


憤怒と共に、大地を隆起させ…私に襲い掛かるのだった…。

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