増えて殖え、増えず殖えず
――グルルルルゥッ――
「〝E−41〟〝獣型〟…〝爛れた皮膚〟…呪いの能力を有した妖魔か……無しだね、訓練で扱うにしては能力が無差別的だ」
――〝―――ッ!〟――
「〝E−98〟〝無形〟…〝溶解液〟…駄目だねぇ、生徒達には近接武器を持つものが少なからず居る…なるべく全員に平等な対応力を持たせられる個体が望ましい…」
――〝タスケテ、タスケテ、タスケテ〟――
「〝D−73〟……〝擬態〟系か、人の良心を利用する悪辣さは是非彼等の後学に利用したいが…もう少し精神の成熟を終えてからだな」
地下に作られた妖魔達の〝拘束場〟…何十何百の妖魔達が日夜此処に運び込まれ、処理され、拘束されを繰り返すこの地下の〝監獄〟を男は歩きながら、ふむふむと喉を鳴らし其処に居る魑魅魍魎達を眺める…その姿を案内を終えた警備員は眺め、二つの意味で警戒をしていた。
「――〝不気味〟かい?」
「ッ…」
そんな中、ふとその男はその幼い顔を己へと向け、横目に問い掛ける…そのまだ生意気盛りな子供の様な姿に声を詰まらせていると、その様子を見てその〝青年姿の男〟はしゃがみ込み、妖魔を覗き込みながらその先の言葉を紡がせずに語る。
「いやいや、言わずとも良い…自己の分析は自らの有用性を推し測る事に於いても必須の要素だ…不気味で成らない、答えは待つ必要もなく、それで決まっているだろう…コレは主観でも何でもない、ただの〝事実〟だ、私を気遣う事も誤魔化そうと画策する必要も無い」
その男はそう言いながら、立ち上がり、周囲の妖魔を観察しながら先へ先へと進んでゆく。
「この姿もそうだ、何重にも展開された結界術を簡単に通り抜ける様もそうだ、己等が萎縮する様な上官に対しての言動、姿勢もそうだ…そして何よりも君自身が私という存在に言いようの無い〝不快感〟を抱いている…君と私は初対面で、驚きや衝撃を受ける事は有れど、嫌悪する様な理由など無いにも関わらず……君達は、君達という〝厳格な組織〟は私という存在を〝嫌悪〟している……いや、いいや…否定しないよ私は、その感性に異は唱えない…君達の直感は、日夜危険に身を置く君たちならではの〝技能〟だ…その感性を私は讃えよう……尤も、〝嫌悪を抱く相手〟からの称賛に君が何れ程の価値を見出すかは分からないが」
姿勢はあの一瞬を最後に一度と此方へ向けられていない…なのに警備員の彼はその青年に〝視られている〟かの様な感覚に襲われ、身体が緊張で鈍る。
「私は決して〝善〟では無い、しかし安心して欲しい…私は〝人間〟が好きだ、その歴史が、その道行きが、その精神が、その習性が、その在り方が、その罪深さが…汎ゆる人間を等しく〝好いている〟…だから私は〝人類の害〟と成り得るような事はしない…誓っても良い……信用は求めない、信頼をする必要も無い…君達は常に私を疑い、私を戒め、私を支配し手綱を握って於けば良い…君達の〝支配〟を私は受け入れよう…〝人類の糧と成れ〟と言うならば、持ち得る全てを用いて君達の糧と成ろう……〝この言葉に嘘は無い〟」
それは己か…或いは監視カメラ越しに己達を見ていた上官へ向けての言葉で有るのか…ソレを認識する術は無いが…その言葉だけは、不快感等感じない…何か、絶対的な真実を目にした時の様な安心感に包まれる……。
「――さて、弁明の様な無駄話は置いておこう……そして、〝見つけた〟よ……私の目的、〝実戦〟の〝練習〟に丁度よい妖魔を」
そして、話が終えたと同時にその男は足を止め…己の前に有る〝牢獄〟を見て笑う。
「ッ……ソイツは…」
「〝C−141〟……〝蟲型〟…〝群体〟と〝繁殖〟…際限無く殖える妖魔…〝女王個体〟のみが繁殖権を有し、ソレ以外は雄のみで構成され女王に隷属する…蟻の様な生態だが、成る程…〝女王〟が死ねば群れの中の一匹が女王に変貌すると…戦闘能力は高くないが完全な殺害が難しい…拘束も納得の〝厄介さ〟だ」
その、〝黒で押し固められた牢獄〟を見て…男はその壁に手を触れる。
――キュィィィンッ――
――ギシギシギシギシッ――
「ッおい!…何して――」
「何…コレを貰い受けるだけだ…しかしその前に少し〝改造〟する……このまま外に放逐する訳にも行くまい」
するとその手から紫の光が現れ、黒が蠢きを激しくする。
「〝我が言の葉は呪いで在る、我が力は滅びで在る〟…〝外道の悪業、旧き旧き悪意の禁忌〟」
その手の光はジワリ、ジワリと透明な隔離壁を侵食し、その先に居る黒達へと染み渡ってゆく。
「〝捧げるは贄〟、〝代価は放棄〟…〝この禁忌一切の償却を以て我は汝を滅ぼさん〟」
「〝其は一切の種無く、其は一切の繁栄を齎さぬ〟…〝子取りの呪法の紛い物〟、〝紛い故に変容す〟…〝其が呪うは外野に無く、即ち内在せし生命也〟、〝滅べ滅べと叫ぶ怨歌、血濡れの子宮に腸を詰めろ〟…〝先は無く、未来無く、子々孫々は無く、忘却有り〟……その災いの名は曰く――」
――ギシギシッ、ギシャーシャシャシャッ――
「〝反命無精子取箱〟…〝八開なくして滅ぶが良い〟」
蠢く黒の内側から、真っ赤な〝双眸〟が覗く…そうだろう、そうだろう、恨めしかろう憎かろう…唯一の存在だった、その価値故に生存を許され、暴威を許されたと言うのに…たった今ソレを奪われたのだから。
――ギシギシッ――
種を奪われた、生む腸を奪われた…即ち最早女王に価値はなく、先の無い生命はその一切を諦めた。
――ボリッ――
喰らい、食らった…女王の肉を、腹を、腸を、生命を…食らって、食らって、喰らって、喰らって…恐怖に狂った。
諦念し、憤怒抱く、放棄し、そして悲観した…そしてソレ等は一様に叫んだ。
〝滅びろ〟、〝滅びろ〟、〝世界よ滅びろ〟と。
〝我々と同じが如く〟、〝一切合切滅びてしまえ〟と…。
「さて……彼等の心、その一切を砕いた所でだ……〝命じる〟…〝一切の自害を禁ずる〟、〝一切の命令への反発を禁ずる〟……フフフッ、やはり〝折れた心〟の支配は単純で良い」
そんな〝彼等〟へ、その男は…滅びを齎した災厄はそう〝命じ〟…彼等を魔力で縛り付ける…其れ等は見るもあっと言う間に彼等を侵食し…やがて彼等は何一つ言葉を発さず…その真っ黒な瞳を此方へ向ける物言わぬ人形と化す。
「コレで、彼等の〝意思〟は縛った…〝呪術〟による〝生命の変質〟も完了した…さて、では後は新たな意思を植え…コレを彼等の訓練用妖魔に改造するだけだ…構想は考えてあるし、忙しくなるので私はコレで御暇しよう…」
その恐ろしい光景は永劫に見紛う程ゆっくりと過ぎ、その男は刹那の如くその場から消え去る……残された男と、監視カメラから覗いていた者達は、その光景にただ一言…呆然と呟いた…。
「「……悪魔…」」
……と。




