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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第三章:蠢動する人成らざる者
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老人と老人

――カチャカチャカチャッ――


「〝腐りの血〟、〝忌まわしきは星々〟、〝満ち足りぬ心と未練〟」


――ゴウンッ、ゴウンッ…――


薄暗闇で、紡ぐように……声の主はその身体から魔力を滲ませて、指先に濃縮し…丁寧に、丁寧に陣を描いてゆく。


「〝痛むるは幸福也〟、〝苦痛こそ我が悦也〟、〝満ちよ、満ちよ、満ちよ〟…〝其は霊長を憎む者也〟、〝其は生命を妬む者也〟」


その陣は刻まれた怪し気な黒い魔力を啜り、仄暗く薄闇に輝く…ソレは魔術と呼ぶには〝異端〟であり、しかし〝異端〟と呼ぶには〝澄んでいた〟…その奇妙さがその〝人影〟が持つ〝何か〟を表している様な…そんな雰囲気を醸し出す程に、この光景は〝奇妙〟だった。


「〝呪法と魂縛〟、〝分かたれし五御霊(いつみたま)は今、新たな姿を以て再誕せん〟……〝そして我、呪法の首謀、創造の主の権限を以て汝等に〝力名〟を与えん〟」


そしてその陣が繋がると、今度は確かに…悍ましい〝負の奔流〟が室内に満ちる…常人ならば吐気を催す程の〝瘴気〟を直近に受けながら、その人影はその中心で瘴気を撒き散らすソレへ手を伸ばし…〝拾い上げる〟…。


その〝存在〟を高らかに、〝見せ占める〟様に……。


「――即ち〝■■■■■〟……壱に〝■■■■〟、弐に〝■■■■〟、参に〝■■■■〟、四に〝■■■■〟…そして五に〝■■■■〟…コレを以て我が式を閉とする」


そして、その宣言と共に瘴気は収束し……気が付けば其処には、真っ黒な五つの札が人影の手に握られていた……。


「………」


ソレを一度確認し、そして気が済んだのだろう…その人影は儀式の場を後にし〝闇の中〟から消える…染み付いた〝怨念の残滓〟を後に残して…。





〜〜〜〜〜〜〜


――カランカラーンッ――


学園近くの喫茶店、午後三時を過ぎると学園生達が甘味を求めて押し掛けるこの店は現在、嵐の前の静けさの中で緊張の眼差しを時計に向け、静寂を噛み締めていた。


「――フゥゥッ…いやぁ疲れた疲れた…出来の良い装備だからって詰めて作業するんじゃ無いね」


そんな喫茶店の片隅…で私はお冷を喉に通し独り言を呟く…調整が楽で良いが、思った以上に質の良い〝術式〟に勢い余って6セットも調整してしまった…流石に疲れる。


「――すまんのう若いの…ちと前ええか?」

「ん?」


そんな私へ、横から声が掛かるので視線をそちらへ向ける…其処には老齢な男性が此方をじっと見詰めていた…その服装は仕立ての良い和装を着ており、何処となく〝覇気〟の様な威圧感すら感じられた…。


「構わないよ、しかし他に席が有るのに態々私の前に座る意図が分からないね」

「ホッホッホッ、何…折角の食事に一人で食うのは寂しいじゃろう、それに儂は色んな人間と食事を楽しむのが好きでのう…屋敷を抜け出しては色んな場所で同じ事をしとる、舌だけでなく耳も肥えさせてやろうぞ」

「ほほぉ……ソレはソレは、楽しみだ」


そんな彼の言葉を聞き、私は彼と相席しそれぞれ好きな物を頼む。


――カチャッ――


「「おぉ……」」


そして並べられた〝料理の海〟に我々はその目を光らせる…サンドイッチにミートソースパスタ、唐揚げとポテトの山…凡そ喫茶店と言う軽食屋に似つかわしく無い〝重量〟を前に感嘆の声が付いて出る。


「――さて、まだ後にはデザートも控えている」

「うむ、頂こうかのう…」

「「頂きます」」


そして始まる突発的な食事会、先ずは一口サンドイッチから頂こう。


――パクッ――


「んん……美味しい、レタスにハム、チーズにトマトとマヨネーズ…シンプルなサンドイッチだが、シンプル故の変わらない美味しさが良い」


――パクッ――


「このパスタも良いぞ?…良く煮込まれソースがトマト過ぎず、絶妙な味…儂の知る中で片手の指に入る程の出来じゃな!」


互いにそう各々感想を告げながら、食事を平らげてゆく。


「――しかし翁よ、見た所食が細そうな体躯の割に良く食べる、健啖家だねぇ…この唐揚げも良い…半分要るかい?」

「ホッホッホッ、人は見た目によらんと言うだろう、お主もその形で中身は数十年モノじゃろうて、うむ頂こう…このポテトを少しやろう、儂はもう十分食ったからのう」

「コレは悪いね」

「しかし…最近の魔術師は化物揃いじゃのう…お主もそうじゃが、やはりこの学園の理事長殿は別格じゃ…昼時は全力を出せぬと聞くが、それでもかなりの〝腕〟…妖魔共も気が気で無いじゃろうなぁ」

「彼女は特殊も特殊な経歴だが、確かに現代の魔術師達は活きが良いのが多いらしいねぇ…魔術社会になって幾星霜、人々の進化は留まるを知らないと言った所かな…素晴らしい事だ」


食事の合間を縫う様に会話を投げては返され、投げられては返す…この小気味良いテンポに興が乗り、翁の口から語られる〝魔術社会の始まり〟から今日に至るまでに起きた〝大事件〟を聞き、その客観的な感想を私が返すと言う形式に移ろう頃には既に腹を満たす食事は消え失せ、空の皿のみがテーブルに積まれていた。


「やはり注目を惹くのは〝神獣の契約者〟じゃろうなぁ…今から十数年も前じゃが未だこの話題は冷めやらん…一目神獣をお目にしたいと思うが――」

「――〝触らぬ神に祟りなし〟だよ、神が碌な精神をしていないのは神話が証明しているだろう?…興味は有るが呪われるのは御免だねぇ」

「確かにのう……そう言えば〝祟り〟と言えばじゃ…少し前に此処から二つ先の市で妖魔による虐殺が起きていたんじゃったか?」

「そうだねぇ……口に出すのも憚られる凄惨さだったとか…家の理事長殿が数日は気が優れていない様子だったよ」

「じゃろうなぁ…顔の広い知り合いから聞いたが、聞いただけで身の毛がよだつ程じゃったわ…年々物騒な世の中になっとる気がするのう」


――パクッ――


口の中でアイスが蕩ける…甘い中で香る仄かなバニラの香りを感じながら、私は時計をチラリと見る。


――カチッ…カチッ…――


時刻は三時からグルリと一周し四時…気が付けば広々としていた喫茶店の席室が埋まり、厨房では忙しなく働く料理人達が鬼気迫る勢いで料理を作っていた。


「―――うむ、ご馳走様……そろそろ頃合いかのう……実を言えば、部下に黙って抜け出して来ての?…そろそろ儂の居場所が勘付かれる頃何じゃ――」


そう言い、御開にしようとする翁が立ち上がったその直後。


――カランカランッ――


「――見つけたよ〝頭目〟!」


酷く若いスーツを乱れさせた青年が此方へズンズンと歩み寄って来るのが見えた……やはりこの翁殿はそれなりの地位に座していたらしい。


「おっと……見つかってしもうたな……それじゃあ儂はそろそろ帰るとするよ、もう少し話をしたかったが、うむ…またの機会に取っておこう…またの…〝孝宏〟よ」

「あぁ、またね翁殿」

「行くぞ〝猫丸〟」

「――誰がアンタを探してたと思ってんだこの爺!」

「喧しいわ、後で刺し身でも寿司でも連れて行ってやるわい!」


そして、喫茶店の扉へ進む二人の背を見送り…私も休憩も程々に店を出る…。


「――お会計が、〝6130〟円と成ります!」

「……嵌められたか」


翁が食らった食事分の代金も払わされる羽目に成りながら……。

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