遍く全てを癒やす指輪、尽くの悪を砕く剣
「――此奴等はのう……妾が今の今まで貪り食らってきた者共の総数よ、十から先は数えるのも億劫でもう数えては居らぬがのう?」
――グイッ――
「クゥッ……!?」
地面に這いつくばる結美の顔を無理矢理上へ向かせ、その顔に染まった苦痛の表情に、ソレは頬を緩ませる。
「――貴様等の所為で、この肉袋も傷付いた…さて、どう癒そうか?…貴様の血肉で補うか?…彼奴に治させるか?…それとも彼奴の肉体を奪ってやろうか?…ふむ、この肉体よりも成熟し、見た目も良い…肉も良く付いておるしソレも良いのう?…じゃが」
そして、戯れるようにそう言いながら…結美の顔を投げる様に離し、地面に伸びる人の顔へ手を伸ばし…掴み上げる。
「此方の方が〝面白い〟♪」
「『ァァ……ァァァァ…イヤダ、マッテ、ヤメテ…オネガイ…イヤダ、キエタクナイ、キエタクナイッ』」
ソレは引き上げられると同時に、その姿を元の人間の様な、悍ましさの欠片もない〝形〟に戻される…そして、掴まれたまま、その顔を涙で汚しながら眼の前の少女に嘆願する…その声に暫くは耳を傾けていた少女は、飽きたとでも言うように口を避けさせ笑いながらソレを〝握る〟…。
「えい♪」
――ジュオォォォォッ――
「『アァァァァッ!?!?!?――イヤダ、イヤダァァァァッ!?!?!?』」
すると、その姿はゆっくり…ゆっくりと少女の手を伝う〝エネルギーの塊〟と成り、少女の腹に奔る〝傷〟を埋めてゆく。
「ッ……この、外道…!」
「アハハハハッ…いやぁ、やはり何時見ても滑稽よなぁ!…特にあの表情!…己が消える事に対する強い〝絶望〟…見ていて全く飽きん!」
それへ怒る者達の怒りすら、ソレは嘲弄する様に流し見てまた大地に触れる。
「しかし、まだ足りん…余興じゃ、追加で100人は〝使おう〟かのう?」
「ッ止めて!…もう傷は治ってるでしょ!?」
「?……じゃから〝余興〟と言うておろう?」
静止する声に、ソレは一切の手を緩める事無く大地に繋がれた100人の魂を無駄に食い荒らす…ソレに一切の実利は無く、ただ戯れに殺し、嘲り、絶望を嗤うが如くに〝浪費〟する…。
「――クククッ、良いぞ、良い……その〝表情〟…絶望したな、憎悪したな?…じゃが貴様等は妾に一切の手がだせぬ、足も出ぬ!…ただ無力を噛み締め、妾の暴虐を見る事しか出来ぬのだ!…無様で滑稽で、〝憐れ〟じゃのう?…アッハハハッ!!!」
そして、100人を殺し終えると…その顔を笑みで震わせながら、三人へその視線を向ける。
「さて…ではそろそろ貴様等を〝殺す〟とするかのう…ただ殺すだけではない、貴様は先ず〝刻み殺す〟…貴様の剣で、ゆっくり、ゆっくり肉を削ぎ落としてやろう…貴様は〝磔刑〟じゃ、磔にして石打ちにして殺してやろう、貴様は〝剥製〟じゃ…魂を肉体に繋いだまま剥製にしてあの血鬼めに贈ってやろう…貴様等の骸を見て彼奴めが絶望に拉がれる様を想像するだけで胸踊る♪」
そう口から酷い悪意を吐き出しながら愉しげに結美が落とした剣を拾いそう言う少女はそう言い剣を振り上げ、今まさに少女へ振り下ろされんとした…その時だった。
――ブワッ――
「『――あーあー、もしもし〜もしもし〜?…大丈夫かい?…まだ生きてるかい〝結美〟君、〝椿〟君?…と、三人共?』」
何処からか……そんな声が響き渡る……その声は強い魔力を放つ、一枚の〝手紙〟から放たれ、その突然の出来事にその少女はピタリと、その剣を止める。
――ブォンッ――
「っ……貴様は!?」
そして、その手紙から渦巻く文字…ソレが形成する〝魔力の人間態〟にソレは目を剥き牙を剥く。
「『いやぁ、折角伝言を預けたのに封を切られなかったからね、字体で居るのも窮屈で窮屈で…アレ?私の孝は何処行ったかな?…〝高〟、〝鷹〟、〝タカ〟……っと…いやいや、冗談を言ってる場合では無かったね失敬』」
ソレはそんな巫山戯を口にし、その薄ら笑いを絶えず顔に貼り付ける〝因縁の憎敵〟…ソレが此方を向く…。
――ブンッ――
「『――ソレと生憎、私は〝伝言〟であって本体じゃ無いから、攻撃は無意味だよ…残念!』」
「ッ…小癪な…!?」
剣を振り抜いた…その瞬間告げられる、まるで予見していたかの様な口振りに、ソレは更に顔を憎悪に歪める。
「よもや貴様がこの小娘共に関与していたとはな…!」
「『ハッハッハッ、内の〝愛弟子〟は手強いだろう?…ソレに優秀な〝生徒〟も居る…随分煮え湯を飲まされたんじゃないかい?』」
「ほざけッ、貴様如きの教え子等妾の敵…では…」
「『――プフッ、残念本当は〝見えてるんだなぁ〟コレが、また引っ掛か――』」
――ズバンッ――
「『――ッと思った?…残念本当に〝伝言〟何だねぇコレが、本体にこの映像は共有されないから、君の一人芝居は虚しさしか残らないよ…ソレを想像しながら私はティータイムと洒落込もうか♪』」
「―――フーッ、フーッ…!……コロスッ」
「『――さて、〝戯れ〟は此処までにしてだ』」
その手紙の主は切り裂かれながら淡々と、五人の名を呼び言葉を綴る。
「『まず、始めに謝罪しよう…君達の窮地は〝私の計画〟によるものだ、済まない…〝黒縄妬蛇〟…つまり君達が今相手をしている妖魔を〝処理〟するプランの内、最も〝被害を減らすプラン〟がコレだった…無論君達が危険な目に遭うことも〝分かっていた〟…そして、〝窮地に陥る可能性〟もね』」
それは淡々と言葉を紡ぎながら、二人へ伝える。
「『伝言とはとどのつまり、〝君達の救済〟に関する事だ…その為の条件はもう揃っている…〝昨日〟渡した〝贈り物〟を使い給え……〝使い方〟は単純だとも…〝ソレを喚ぶ祝詞〟を紡げば良い……実を言えば君達にソレを贈った、譲渡した時点で〝ソレ〟は使えたんだが…まぁ少しばかり事情がね?』」
ソレはそう言いながら、己の身体を収縮させてゆく…最後に追伸を伝えながら。
「『それではまた後で会おう…その時に君達からの至極尤もな抗議と説教、罰は受けるとするよ…うん』」
そう言うと、その手紙の文字は虚空に散り…白紙の手紙だけが其処に舞い落ちる…。
――ザシュッ――
「フンッ!……馬鹿め、彼奴等に何かを渡したとして手足も満足に使えぬのならば何であれ無駄な事よ…それよりも、この屈辱は兆倍にして返してくれる!」
その白紙の紙を切り刻み、そう言うソレは、そう忌々し気に言い放ち…そしてその口をニタリと歪ませる。
「さぁ、貴様等…死ぬ覚悟は――」
そして、その顔を大地に這い蹲る三人へ向けた…その瞬間。
「〝其れは遍く全てを癒やす指輪〟」
「〝其れは尽くの悪を砕く剣〟」
真っ黒で、昏くて、苦しくて救いのない…暗い昏い濁った黒の世界に、二つの〝白〟が現れた。
「〝霊宿の木〟、〝悠久の果てに生まれし爾〟、〝爾が肖りしその名の下に、今遍く全ての苦痛を癒せ〟!」
そして、その一つ…片割れの少女はその優しげな瞳を閉じ…己の身体から噴き出す白い魔力によって浄化されてゆく彼等の手を解き、己の手を合わせ、祈る様に紡ぐ。
「〝癒やしの名を冠せし木輪〟」
その手の指には…緻密な紋様の彫られた木製の指輪が有った……そして、その祈りと共に白い魔力が周囲の生命の果て達を包み込み…その身体を溶かしてゆく…。
「――何だッ、何だこの〝力〟は…!?」
(妾の…妾の力の源が削れてゆく…!?)
当然だ…何百何千の魂を腹に収め、その苦痛と絶望を燃料にして来たのだ…その燃料と成る〝魂〟が浄化され消えてしまえばその力の収縮等目に見えている事だろう。
「認めぬ……認めぬぞ小娘共ォッ!!!」
その時程…ソレが〝正しく恐れた〟事は無かっただろう。
自業自得な死で有ろうと…純粋な〝思い〟はソレからすれば始めての〝感情〟だった…。
死を恐れる事は悪しきでは無く……しかし、〝因果〟は必ず巡る物だ。
何かを起こせば何かが動く、良くも悪くもソレは異なる形で返る物だ…。
「〝竜狩りの魔剣〟、〝英雄譚の模造模倣〟、〝しかし其れは確かに善良を良しとする物〟、〝故に我は悪を砕こう〟、〝善良なる英雄の名と共に〟――」
そして……その〝応報〟は、彼女にとってその〝生命〟にとって…尤も最悪な形で訪れた。
「〝善なる英雄の魔剣〟」
真っ白な力の奔流が……〝悪〟を滅ぼす〝善〟の力が、この空間を…〝蛇の胃袋〟を貫き破る…。
「このッ……〝人間風情〟がァァァァッ!?!?!?」
その奔流はその地獄を、地獄の主を覆い尽くし……その白で世界を満たした……。
そして気が付けば、残っていたのは地下の駐車場に眠る三人の〝少年少女〟達と……。
「コヒューッ……コヒューッ……」
その半身を消失させ……未だ生き汚く生命に執着する…〝醜い化物〟のみだった…。




