紅月と陰
――ジジジジッ――
「ハッハァッ♪…愉快愉快、闘争の熱火は甘露な痺れが心地良い!」
――タタンッ――
「何だ彼奴は……〝猿〟か…!?」
呪詛の塊の蛇、或いは蛇の形をした呪詛か…その蛇達の靭やかな鞭の様な攻撃をその男は一身に受け持っていた。
――ゴゴゴゴッ――
「――生憎だが私のオーダーは〝過半数の対処〟だ、序でに残りの攻撃を受け持ってやっちゃいるが、何時気が変わり君達に矛先が向くかは知らない、そして君達の気が緩んでいる様だからハッキリと宣言しておくが…」
あの巨躯の攻撃を、壁を使い、相手の攻撃に乗り…全くの危なげ無く避ける様は人間業と呼ぶには少なからず異常だった…そして、それ故に人々はその心に〝驕り〟を覚えた…ソレを見透かしてか、その老人、〝クレイヴ〟は天高くの〝曇り空〟の上で大地に縫い付けられた〝人間〟を冷たい瞳で射抜き…告げる。
「五匹の内〝三匹〟…対象を問わず私が三匹を手に掛けた時点で私はもう〝協力〟しない…残り二匹は〝君等〟でどうにかしてもらう…例えソレが何れ程の被害を呈そうが、老若男女の生命を区別無く殺してしまおうが…私は〝手を貸さない〟」
その言葉は重く、冷酷にそう〝告げられた〟……その言葉に慄く者達は漸く己等がこの地獄の〝当事者〟で有る事を〝再認識〟し、慌ててまた〝戦い〟に戻る。
――カチッカチッ――
「ッ!?……クソッ、弾切れ――」
――ジジジジッ――
「ッ!?……コレは…」
「〝銀の弾丸〟さ、なぁに威力は〝聖浄の銀〟よりは劣るが、〝銀〟で有る事が〝不浄〟に対する意味と成る…さぁ気張り給えよ〝人類諸君〟!」
老人はそう言いその姿形に乖離した俊敏さで〝蛇〟へ迫る…その手に無数の〝陣〟を構築しながら…。
――ジジジジッ――
「〝錬金構築〟――〝銀十字〟加えて…〝狡知〟より〝全知〟へ〝要請〟――〝認可完了〟…〝位相供給開始〟…フフッ♪…悪いが少し〝借りる〟よ♪」
その声は誰に言うでもなく、ただ一人で楽しげな笑みを浮かべてクレイヴは蛇に自ら〝突撃〟する。
「〝生命の焔〟――」
そしてその蛇の一頭が開く暗い昏い〝死の穴〟の中で…そう口にする……その刹那。
――ゴバァァァッ――
赤々と輝く焔が黒蛇の身を焦がす…その劫炎は意思を持つかの様にただ一匹に纏わりつき、決して離れずに〝呪いを包む〟…。
――ザザッ――
「――アレの本質は〝死と恐怖〟だ、命を奪う事を〝存在証明〟とする〝呪いの塊〟…つまりアレは〝命が減れば減る程〟…その力を増す、その力を本体へ還元する…完全な分離体では無く本体との〝繋がり〟が有る…ならば逆説的な話、アレの力が〝消費〟されれば、それは本体の〝力〟も〝消費〟…つまりは〝弱まる筈だ〟……さて?」
その光景を、その焔の中から抜け出した老人はそれはもう〝悪意に満ちた〟良い笑顔で笑いながら焼け爛れた己の炭腕に銀の十字架を垂らして言う。
「ただでさえ〝呪いを浄化する銀十字〟に、そこに加えて〝生命に満ちた炎〟をぶつけられればどうなるか…?」
その問いは独り、誰の耳に届かない小さな声で…しかし堪らなく愉しいと言う風な声色で綴られる。
「〝答え〟はシンプル……死と生の撹拌、対極と対極の反発…〝対消滅〟で有る…!」
そして、そのまま燃え盛る白炭となって消え去る一匹の蛇を、ソレに生命無しにも関わらず〝本能的に恐怖〟を抱く〝ソレ〟に、ソレを見て驚き一色に染め上げられた〝ソレ〟に、クレイヴは煽り半分忠告半分にこう告げた……。
「先ずは〝一匹〟♪」
……と。
●○●○●○
――ドッ――
「――クソッ、何故だ…何故死なん!?」
屍肉の中を駆けずり回り、〝赤装の少女〟は憤怒に叫ぶ、眼前で未だ立ち上がるその〝命〟へ。
「ハァッ…ハァッ……流石に、私じゃあ…少し厳しいわね…!」
「ならば死ね、今直ぐ死ねッ、早く死ね!…死ねッ、死ねッ、死ねェッ!――何故妾の思う通りに死なぬ、この虫螻がァ!」
稚拙な罵倒と相反する様な、出鱈目に迫る呪詛を帯びた攻撃、ソレを躱し、打ち消し、利用しながら…着実に迫る己の限界に〝蛇妃〟は歯嚙みする。
「――〝爆ぜて死ね〟!」
「ッ――〝蛇那楽〟ッ…〝鏡の魔眼〟!」
「〝シャァッ〟」
攻撃に気を取られたその刹那を、〝黒縄妬蛇〟は見逃さず、呪詛を吐き連ねて彼女へ放つ。
その呪詛を寸前で己の使い魔に肩代わりさせた…が、しかし。
――パァンッ――
その身体が破裂と共に衝撃が彼女を襲い、彼女を瓦礫へ吹き飛ばす。
――ガシャンッ――
「――カハッ…!?」
それは確かな〝決着〟の隙……その〝瞬間〟をソレは見逃す事無く肉薄し、彼女を〝喰い殺さん〟と牙を剥く…。
――ブシャアッ――
血飛沫が舞う、静寂が生まれる…倒れる美女へ少女が組み付くその光景は静止画の様に動かない……しかし、その静止はほんの数秒にも満たない後に激動と成る。
「――※※※※※※!?!?」
のたうち回る少女の絶叫が静寂を裂く…その顔を、手を、脚を〝真っ赤な杭〟で串刺しにされた状態で…その痛みの中で、少女は再現無く膨れ上がる〝憎悪〟を眼の前の彼女へ叫んだ。
「貴様ァァッ、まだ斯様な隠し玉を持っておったのかァァァ!!!」
その言葉に彼女は直ぐには返さなかった……ただ、〝空〟を見て…一言、誰に聞かせる訳でもなく、呟いた…。
「―――チッ…時間切れね…!」
彼女がそう言った…その刹那、空高く、天高くの遥か頭上から少女は、〝黒縄妬蛇〟は感じ取った……。
――ゾォッ――
己を、己等どころでは無い…この〝街〟を包む程の強大な魔力の反応を…〝感じ取ってしまった〟…。
「ッ―――ァッ!?」
その魔力に天を見上げ…そして瞠目する……雲は流れに流れ行き…薄れた隙間に見える雲切れの端に見える、〝蒼月〟は…その姿を赤く、紅く…〝朱色〟に染めていたのだから…。
ソレと同時に少女は見た…月を背に、此方へ迫る…この魔力の主を……。
「緊急事態なのに重役出勤とは、〝怠慢〟ね?…〝字波美幸〟」
「そう言わないでよ、コレでも急いで飛んできたんだから……それで、コレが〝例の妖魔〟ね」
その姿は〝美しく〟…その絶世の美が故に少女の目を釘付けにし……そして、少女の皮を被った化物の…。
「ギギギギギギィィィッ…!」
〝嫉妬〟と〝憎悪〟を掻き立ててしまったのだった…。




