夜の闇に街灯は灯る
――ドゴォォッ――
ビル群を破壊しながら、蛇に乗る〝毒島苺〟は背後に迫る〝陰湿な気配〟に顔を顰めて術を放つ。
「〝圧死の真呪〟!」
その視界の先では、口を耳元まで引き裂かせた〝妖〟の笑みを浮かべて迫る〝血染の少女〟が居た。
――べキャッ――
「クハッ♪……これしきの呪詛――!」
毒島苺が放ったその呪詛は、己へ迫る少女の手足を文字通り〝圧し潰し〟、効力を発揮した…だが、その攻撃を受けながら、少女は依然〝余裕〟を浮かべて嘲る様に地面へ倒れ込み―。
――ドシャアッ――
「――何の障害にも成らぬわ!」
万の小蛇の群となって勢いを増し、その中から少女の姿に戻って流れに乗る…。
「〝呪詛の押し付け〟…!」
「さぁ、次は〝妾〟の手番よなぁ!?――その小綺麗な顔を焼け爛れた溶鉄の如きに変えてやろう!……〝無火ノ溶禍〟!」
――ドォッ――
そして、その呪詛を帯びた蛇の群が雄叫び狂いながら無差別に周囲の死肉へと雪崩駆け抜けてゆく。
「ッ…〝蛇那楽〟!」
「『ギシャァッ』」
そして、その呪詛の群は何ら躊躇うこと無く一人と一匹の生者を飲み込み其の後も拡がりゆく…その後には一匹の化物が悠々と立ち、高笑いを響かせていた。
「クフフハッ、クハッハハハッ!…良い、素晴らしい!…やはり我が全能は胸踊る!…次はどうしようか、死体共を混ぜ合わせて眷属の〝巣〟にでもしてやろうか!」
その声は虚空に響く、誰の耳にも通らず、骸の中にのみ染み渡る〝悪意の美声〟…その声がツラツラと悪辣を企てていた、その刹那――。
――ブシャアッ――
「………は?」
その少女の声は、その悪辣を一転させ…〝呆然〟に覆われる…その眼の先には溶け合った肉の海からのそりと飛び出す一匹の〝巨大な蛇〟の姿…ボロボロに爛れた皮膚と顔を浮かべながら、しかしあの〝呪詛〟を生き延びたと言う〝意外〟に少女は驚き――。
「『――』」
その蛇が、自らの尾を喰らう様を見て…その先の光景を見て顔を〝歪める〟…。
――ズズズズッ――
ソレは自らの肉を喰らい進む〝一輪の蛇〟…肉を喰らい、成長し、復元し、修復する…その永劫を終えたと同時に、その蛇の身体は〝霧散〟する…。
――トンッ――
「――良くやったわ〝蛇那楽〟」
「『シャァッ…』」
そして、少女と同じく降り立つ…〝その美女〟を見て、少女はその喉から溢れんばかりの〝怨嗟〟を叫ぶ。
「貴ッ様ァァァァッ!?!?!?」
それは動揺と、憤懣と憎悪と驚愕とを綯い交ぜにした〝呪詛の叫び〟を。
○●○●○●
――ドドドドッ――
「警察は市民の避難を急げ!」
「まだ増援は来ないのか!?」
「ギャアァァァァッ!?」
場所は変わり、〝地獄の淵〟…運良く〝呪詛〟を免れた幸運な者達は、その幸運を塗り潰さんと迫る〝災厄〟に立ち向かっていた。
――ドゴォォッ――
「ギシャァァッ!?」
乱れ放たれる何十の魔術が波状してその黒蛇達へ迫り、その姿を土煙で覆い隠す、思い思い全力で放たれる魔術、己の限界を引き出して放たれた魔術、沈黙、静寂…姿の断絶…それは確かに、魔術師達、警察達、市民達…人間達に希望を与え――。
――ズズズズッ――
その希望を絡め取り、己の穴蔵へと引き摺り落とさんとする〝絶望〟によって打ち砕かれた。
「効かねぇ、効かねぇぞ!」
「有り得んだろう!?…何故効かない!?」
「考えろ、何か〝仕掛け〟が有る筈…だ…」
そして、その絶望を更に後押しするかの如く…土煙に這い出す巨体が〝這い出して〟、〝這い出して〟、〝這い出した〟…。
「「「「「シャァァァッ…」」」」」
匂いを嗅ぎ付けたのだろう、より多くの生命が有る場所を嗅ぎ付け、囲い込み、孤立させた…四方から闇夜から、ヌラリと現れる五つの縄身…ただ一匹でさえ苦戦を強いられていたが為に、その数の増幅に…彼等魔術師の心は軋みを上げ…そして。
――『パキッ――』――
砕けるように、罅割れた…。
――ゴポッ――
その時、人の中心で〝異常〟が起きた……周囲に散らかる死人の肉が独りでに集まり、縮合し…その不明瞭な人型から〝声〟を上げた。
「『風は効かない、水は効かない、炎は効かない土は効かない、効かない、効かない…何もかも…それは何故か、〝至極単純〟だとも…それは凡そ〝生命〟では無いからだ、肉体を持っている様でその実、〝肉体を持っていないのさ〟…いやはや、中々〝共感〟を感じるねぇ…ウンウン♪』」
その声は薄ら笑いを浮かべているように胡散臭く、その姿は悍ましくも奇っ怪だった…何故ならばその声は顔は常に蛇に向き、蛇と対峙する様に立ち、蛇もまたそんな異物へ高ぶる警戒心を刺激されたのか威嚇に声を震わせる。
「貴様は何者だ!?」
ある警官は言った…その直ぐ側にいる〝小さな命〟を背に、守る様に…その声に眼の前の〝異常の源〟は視線を移し、彼の警官の姿をその背に居る少女を見て一度沈黙し…そして。
――グチャッ――
邪悪な笑みを浮かべて胡乱な声を世に鳴らした。
「『何者、何者か……そうさな…私個人の識別名称は〝狡知〟、それだけだ…別段私も、彼も彼女も自身の名は然程重要視していないが、いや魔術的な価値を考えるとその方面では重要視しているか…しかし、成る程確かに…友好の証として自己紹介は必要だ、そして自己紹介には名前が要る…となれば〝狡知〟と言う識別の為だけの物は不適切か!……では、そうだねぇ』」
その声は見るからに〝胡散臭く〟…人の恐怖心を愉しむような〝意地の悪さ〟を携え、そして態とらしく悩む様に顎に手を当て思考し…そしてこれまた態とらしく思いついたと言う風に手を手で打つ。
「では、こうしよう!…改めて〝人間諸君〟今日は!…私は〝狡知〟、〝Clever〟…〝クレバー〟の〝クレイヴ〟としよう!…うん、これならちゃんと名前として機能する筈だね!」
そう言い薄ら笑いを浮かべる〝老人〟はそう笑いながら硬直する人間を見る…そして、その男が背を向けたと同時に、男を睨んでいた蛇達が男へ飛び掛かる。
「あ、危ない!」
その老人に、一人の少年が警句を鳴らす……その咄嗟に出た優しな警告はその老人に届き。
「――〝警告〟感謝するよ!…未だ小さき〝未来の種〟君!」
その瞬間、老人へ迫っていた蛇達の頭は何の抵抗すら無く吹き飛んだ…。
「……へ?」
「君は心優しいのだねぇ、こんな見ず知らず、屍肉の中で屍肉から現れた私へ、それでも尚警告する何て…純粋はやはり〝素晴らしい〟!…君には御礼として飴ちゃんを上げよう!」
その老人はそう言うと人々を押し退けて警官の背に隠れる少年へしゃがみ込み、その手に魔術で作り出した小さな〝飴玉〟をプレゼントする。
「あ、有り難う…」
「どういたしまして!……おやおやッ、そんな警戒しないでくれ給えよ警官の君、私は優しさに感謝で返しただけだよ?」
「……貴方は何者だ?」
そして、そんな少年を後ろの方へと誘導した警官の問いに、男は『ふむ』と一考する様な仕草を取り、その言葉に応える。
「何者か…君の表情、先程の自己紹介の過程から察するに私と言う存在〝個人〟では無く私と言う存在の〝身元〟を知りたいと…コレはプライベートな話だが、そうさね…私の〝出自〟は語れぬまでも君達と言う〝社会〟へ〝我々の友好性〟を示すのは良いかもしれない!…ではお教えしよう、我々の正体!」
そして大袈裟な身振り手振りと同時に、その老人は告げる。
「〝Unknown〟、君等人間が〝正体不明〟と呼ぶ存在こそが〝我々〟で有り、〝私〟だとも…そして〝我々〟は人類へ仇を為さんとしている…のでは無い、少なくとも我々は〝人類の味方〟で有ると表明しておこう!…信じるか信じないかは、まぁ何方でも良いがね」
その衝撃の独白に、魔術師達は、その存在を知る者達はその老人に視線を集中させ、そしてその老人の言葉に現状を〝思い出す〟…。
――ジュジュジュジュッ――
「「「「「ッ――ギッシャァァァッ!!!」」」」」
己等が未だ、〝窮地〟に立たされていると言う事を…。
「さぁさぁ諸君!…お喋りは此処までにしよう!…そろそろ〝起きる〟からね!」
「ッ…おいアンタッ、アンタ彼奴等殺したんじゃ無かったのか!?」
「――否ッ、話はよく聞き給え魔術師君達!…私は言ったろうアレは〝生命〟では無いと!…〝生命〟に良く似た〝ナニカ〟で有り、アチラ側からのみ物理的に此方に干渉出来るのさ!…何たる理不尽だ!…しかし恐れる事は有るまい!…私はアレを〝理解〟している!」
そう言うと、その老人は…クレイヴはその手で地面を触れ…蛇達を〝銀の鎖〟で絡め取る。
「アレは〝呪詛の塊〟だ、魂を分けた〝黒縄妬蛇〟の分身体、其れ等が呪詛の肉体を持って本体の命令を受けて動いているだけの話!…相手の性質が分かったならば対処は容易い!…鉄では無く〝銀〟を、〝理〟では無く〝祈り〟をが〝答え〟だとも!…さぁ諸君、分かれば手を動かし給え!…魔術師は足止めと〝八咫烏に通達〟、直ちに〝教会〟から〝不浄祓い〟達を寄越し給え!…後は魔術で牽制、効かずとも足止めや注意を引く位は出来るだろう!……そして警官諸君は〝銀の弾丸〟をありったけ撃ち給え!――何ッ『そんな物は無い』だって?――〝創ってやるとも〟!」
そしてそんな、不気味で、胡乱で意味の分からない〝何か〟の指示を受け、人々はその顔に明日への希望を見出すのだった…。




