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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第二章:幻獣駆けるは科学の世界
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下水道に潜むモノ

――ヒュンッ――


「チョコマカと小癪な…!」


――ズガンッ――


「お褒めに預かり光栄だねぇ!」

(身体能力は私以上か)


――ドガッ――


暗がりの〝舞踏会〟で影と影は踊る…剥き出しの殺意に身を任せて。


壁に刻み、地面を砕き、天井を落として…少女は逃げ、私は追う…かれこれ数十分は繰り返したその〝攻防〟は、不意に…今までとは異なる動きを見せる。


――タッ――


「シィィッ!!!」

「おっと…危ない危ない」


それは〝逆転〟…少女は己を追う私へその爪を突き立てんと拳を振るい…それに対し、私はその拳を寸前で躱す…その逆転の一手に寸前で回避を果たしたその瞬間。


「…ニヒッ♪」


少女からそんな悦楽の音を聞く…そして、私の身にジットリとした嫌な気配が纏わり付き―其処に目をやった。


――ガプッ――


――その視線の先では、少女の腕が蛇の〝頭〟と成り…私の首筋に噛み付いた…その蛇の首を引き裂いて其の場から飛び退く…そして、その光景を見た少女はさらにその顔を笑みに歪めて続ける…。


「〝妾の毒〟を取り込んだな?……腸から〝溶け消えろ〟鼠め♪」


……と。


――ブシィッ――


「ッ…ガフッ…!?」


その瞬間、男はその身体中の穴から血を噴出させ、口から血と肉の〝泥〟を吐き出して膝を着く…湿気た下水道に紅い水溜りが滲み、広がり、その上を少女は悠々と歩きその口角を歪めて男へ嘲る。


「クフッフフフッ…痛いか?苦しいか?…腸も骨肉も全て溶かされ、皮袋にされた気分はどうじゃ?…答えてみせよ〝紛い者〟よ…もっとも、答えるとその口から己の血肉を噴き出す事に成るがのう?」

「フーッ……フーッ…ゲホッ」

(血と肉と骨…流石に妖魔、それも特上の〝個体〟…毒性も〝異常の極み〟だ…!)


骨は溶かし肉は溶かし、血すらも溶かしてしかし、〝皮〟は、皮膚は溶かさない…臓器をジワリ、ジワリと嬲るように溶かし殺すその〝陰湿さ〟に私は〝死への恐怖〟とはまた別の〝感情〟が湧き上がる。


――フフッ、フフフフフッ♪――


「……何じゃ、痛みと絶望で気でも狂ったか?」

「痛みか…確かに〝痛い〟な、泣き叫びたく成る程〝痛い〟!…〝絶望〟?…嗚呼、絶望的だとも!…私と君の能力差は絶望的に差が有るのだから…!……しかし」


痛みが満ちる、絶望が這い寄る…そんな最中だと言うのにもこうまで笑う〝人間〟は…こんな〝感情〟を浮かべる人間は――。


「――成る程、確かに私は〝気が狂っている〟様だ…♪」


〝興奮〟を覚える様な人間は…確かに、〝狂っている〟と形容して差し支えは無かろうよ。


――グチャッ――


「〝簡易模倣(インスタント・コピー)〟――〝紅月の女王ヴァンパイア・クイーン〟!」

「ッ――!?」


その瞬間、私の手に触れた己の血肉は蠢きと共に活動し、己を中心とした少女の居る地点を含む下水道の広範囲に不規則で無尽蔵な血の刃を生み出し無選別に切り刻む…。


「ガァッ…貴様ッ…何と出鱈目な…!?」


無論、その渦中に居た少女も例外無く〝刃〟に身体を斬り裂かれる。


「嗚呼そうだね、出鱈目だとも…私もドン引きだ!」


――ギュオォォォッ――


そして、私から目下の脅威と成る少女を隔て、己の血肉を再び腹に収め、〝修復する〟……しかし。


「――クゥッ、流石に〝日中〟、〝模倣〟、〝再生〟と三つも要素が重なると魔力消費が著しいねぇ…!……だが、それに見合う〝情報〟は得た!……後は〝君〟を殺すだけだが――」


私の言葉の続きを、私よりも先に少女が紡ぐ。


「ハッ…貴様の魔力では妾を殺し切る事等叶うまい…さりとて妾とて、この場でこれ以上の消耗をする訳には行かぬ……どうじゃ、此処は一つ〝引き分け〟と言う形で手を――」


――アッハッハッ♪――


「〝引き分け〟、〝引き分け〟かぁ……うん、良いと思うよ、互いに致命的なダメージに成らない〝良い落し所〟だ…しかし、それは〝無理〟だよ、〝有り得ない〟…君を逃せば善良な人間の社会に大きな傷を生む、だから駄目だねぇ」

「そうか、ならば――」


――ゾクッ――


交渉の決裂に、少女は即座に術を行使する…その術は〝私の身体〟を締め付け、捻り折り、体内の機能全てを破壊する。


ソレを……〝私は見ていた〟



●○●○●○


(何故じゃ…何故抵抗せん?)


――グシャッ、べシャッ――


眼前で己の呪詛に蝕み殺されてゆく〝ソレ〟を見ながら、妾は思考する。


「……」


何も語らず、何も動かず、無抵抗でただ絞め殺されてゆく己の肉体を観察する様な、そんな〝鼠〟の姿に…妾は得も言われぬ不気味さを感じてしまう。


――グシャッ、グシャグシャッ――


(まぁ良い……抵抗せぬと言うのならばこのまま〝縊り殺す〟としよう…)


此奴の妖力を喰らえば、今し方消耗した分の回復は疎か、己の器の回復にも利用できよう。


「……フフフ♪」


そんな考え事も程々に、遂にはその男の身体の全てに〝呪詛〟が満ち――。


――ゴヒュッ――


その〝身体〟は捻じれに捻じれた屍肉の塊と成り…そして、ソレを喰らおうとした、その瞬間。


――ギョロッ――


「ッ!?」


完全に息絶えた筈の〝死体〟が…妾を見詰めていた。


――ケタケタケタケタケタケタッ――


その異常に一歩…後退る…屍肉は、屍肉〝だった〟ソレは、そんな光景を見ながら狂ったようにケタケタと笑い暴れていた…その光景は、異常で、異常故に〝気付かなかった〟…。


「ッ――〝違う〟!」


その屍肉の中に宿る〝魂の形〟が、先程対峙した〝ソレ〟と似ても似つかない事に。


「サンプル採取の〝協力〟…感謝するよ♪」

「ッは……!?」


――ザシュンッ――


それに気を取られた瞬間、妾の腕が切り取られる…その痛みは、まるで…〝魂が引き裂かれた〟様な痛みで在った。


「ァァァァッ!?!?」

「良し、〝呪詛〟に汚染された魂魄を確保、強力な妖魔の〝右腕〟の確保も済んだ、素晴らしいねぇ!」


其処に居たのは、あの忌々しい男の姿だった…妾よりも遥かに劣る魔力の、その手に〝奇妙な剣の形をした物〟を握りながら、妾の腕と、死体の腹の中から〝真っ黒な水晶〟を取り出して笑う…その姿が在った。


「きさっ、貴様ッ…〝人間の魂〟を囮にするとは…人間の味方では無かったのか!?」


妾は、半ば叫ぶ様にそう言った…奴は人間の味方の筈だろう、そう言っていた癖に、〝人間の魂〟を加工する等――。


「勿論、私は〝善良な人間〟の味方だとも!…善良の定義は多種多様だが、少なくとも私は〝善良〟、〝中庸〟な人間には手を出しちゃ居ないさ!」

「ならばソレは――」

「〝悪人〟、〝罪人〟…まぁ〝悪性の人間〟だよ、うん…私の研究には時折人間の素体が必要でね?…でも無作為に人間を利用するのは倫理に反する…人道的とは言えないだろう?…だから、其処で目を付けたのが〝彼等〟だよ…人間社会の癌、膿、腫瘍…〝人間社会の負の側面〟…彼等は〝悪人〟だ、それも人殺しを厭わない、愉しむ様な〝人間〟だ…だから、私も良心の呵責無く彼等を使い潰せる、人間社会の浄化も出来て、私の研究も捗り、私の研究で人間社会は発展する…決して〝良い事〟とは言えないまでも、それでも〝価値は有る〟だろう?」


妾の言葉にソレはそう言う…ソレがまるで〝普通〟な事の様に。


「ッ――!」

「おぉ!?…コレは不味いかなぁ!?」


その瞬間、妾は下水道に飛び込んだ…その身を蛇に変えて…己の〝内の妖力〟をあの〝化物〟への呪詛に変えて。


「〝■■■■■〟――■■■■」


遠退くソレの気配に安堵した…その瞬間――。


――ドォッ――


「ッ〜〜〜〜!?」


妾の身体を…〝真っ黒な光条〟が掠めて行った…。




○●○●○●


「――ふむ…〝外れた〟か」


私はこびり付いた〝瘴気の残滓〟を〝吸収〟しながら…その〝剣〟を鞘に収める。


――カチャンッ――


「まぁ良い…〝コレ〟の性能は上々…必要量のサンプルは採取した…後は〝アレ〟をどう〝誘導するか〟だ」


――ドサッ――


「さて……今ので恐らく八咫烏の彼等にも察知されただろう…救助隊に連行されるまで、少し〝眠ろう〟か」


私は地面に倒れながら、軽く目を閉じる…そして、その十数分後に救助隊は現れ、私は八咫烏の医療機関に運ばれて行くのだった…。

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