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魔人教授の怪奇譚  作者: 泥陀羅没地
第二章:幻獣駆けるは科学の世界
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妬み蛇

――〜〜〜♪――


鼻歌が下水道の陰鬱とした道に響く…臭くて汚い、居るだけで気が滅入る様な場所に似つかわしくは無くとも、少なからず気を晴らす一助には成ったのか、私の隣を歩く女性は呆れ混じりの瞳を向けて告げてくる。


「……随分と機嫌が良いようですね?…コレから〝死ぬ〟かもしれないのに」

「ん?……あぁ、コレは済まないねぇ…いやなに、今日の講義の後、私の生徒…いや、生徒の使い魔から素晴らしい〝贈り物〟を貰ってね?」


そんな彼女へ私はそう言い、懐から〝緋色の羽〟を取り出し見せてやると、その女性は不思議そうにその羽を見る。


それは燃えるように揺らめく、靭やかで美しい〝淑やかな赤の羽〟…その羽に内包された〝力〟を感じ取ったのか、女性は私へ疑問を紡ぐ。


「この羽は…何だか、〝魔力〟を感じますが…?」

「〝幻獣の生羽〟さ…〝幻獣の肉体の一部〟、生命力を宿した正真正銘〝神秘の断片〟だとも」

「ッ!?――それは本当ですか…!?」

「無論本当さ…近々ニュースになるだろうし別に言っても構わんだろう…と、世間話をしたい所だが…流石に此処から先は〝慎重〟に行こうか」


そうして我々は雑談混じりに下水道を進んでゆく……其処は確かに〝何も無い〟が…その〝無人無物〟の様相が益々我々に不穏を煽る…。


「しかし……私的な話を言えば〝君の同行〟は不要だと思うんだがねぇ…字波理事長にもそう言っていたのに」


何だって〝超危険生物〟の調査及び無力化に余分な人員を割くのかね?…。


「そうは行きません、単独では何か合った際の対処が出来ません」

「ならば後10人は必要だろう……全く仕方無い…君、〝コレ〟を持っておき給え…具体的には〝肌身に触れさせて〟置くと良い」


私は隣の彼女にそう言い、その手の紅い羽を彼女に手渡す…すると、驚いた様な雰囲気と視線が私の頬に突き刺さる。


「――ソレはかなりの〝生命力〟を持っている…もし仮に〝対象〟が〝呪い〟等を利用してくる個体ならばソレが有れば死ぬ事は無いだろう…私は問題無いから心配は無用だよ」

「私がコレを持ち逃げした場合の事は?」

「特に何も?…君がその浅慮を選択した時点で君は日本中の魔術師達から信用を失う事に成る、利益よりも損益の方が大きい以上、君はその選択を取らないだろう…勿論一般的な教養と倫理、〝常識的な損得勘定〟を持ち合わせていればの話だがね」


そうこうしている内に、我々は〝以前の調査隊〟が最後に連絡していた地点に到着する……うむ。


「……〝何も無い〟ですね」

「そうだね…実に〝奇妙〟だ…血痕も、何かが争った痕跡も無い…〝何の変哲も無い下水道〟だ……だからこそ、〝奇妙〟だ」


私はその何も無い場所を丹念に調べて言う。


「〝瘴気〟や〝陰気〟…つまるところ〝負の力〟とは総じて〝日陰〟や暗がり、不潔や不衛生等のマイナスな場所に溜まりやすい…この下水道に入ってから感じ取っていた違和感だが、やはりそうだ……本来の下水道よりも遥かに〝瘴気〟が少ない」


可能性は二つ…一つは〝瘴気の浄化〟を促す〝何か〟が有ること、聖堂、協会等が最もその傾向が強く、現代社会のコンクリートジャングル等にも少なからずその手の力が働いている…夜門の固定座標等、例外は有るが。


「しかし、ソレは今回に限って有り得ないだろう……その手の浄化をするには下水道は広大過ぎる…少なくとも現状の〝妖魔の出現〟を抑制する程度が最も効果的だ…ならば、可能性は後一つ…」


私はそう言い、下水道の奥の奥を〝見る〟……。


――ヒックッ…ヒックッ…――


啜り泣きの声、響く音は幼気で、下水道の片隅で泣きへたり込む少女が見える。


「ッ――!」

「妖魔の出現による〝瘴気の吸収〟…かな?」


その少女を認識したのだろう、私の隣の女性は即座に杖を構え、〝詠唱〟する。


――ズドォッ――


その術が完成するより早く、私は啜り泣く少女の顔に魔弾を撃ち込み顔を吹き飛ばす。


――べシャアッ――


「――嘘…無詠唱の〝魔弾〟であんな威力…」

「その分些か扱いは難しいがね……しかし、君…今の行動は良くない…〝迂闊〟だよ」


驚く彼女へそう言うと、その言葉に疑問を抱いた彼女が口を開きかけ…そして。


――クックックックッ♪――


下水道の地面に血溜まりを作っていた少女の骸がユラリと起き上がる。


「痛い、痛いのう…こんな幼気な幼女に、何と酷い仕打ちをしてくれる物か♪」

「〝痛い〟に〝イタイ()〟気ね…中々駄洒落が上手いね君」


そんな返しをしながら、私は独りでに動く自分の腕に目を向ける。


――ベキベキベキッ――


「ッ腕が…!?」

「騒ぐない騒ぐない…君は今回〝調査記録〟を〝持ち帰る担当〟だ…映像は取ったね?…そう、撮るのは〝腕〟だけだ…くれぐれも〝少女〟は映すな…〝呪い〟、〝呪詛〟、〝呪術〟、〝邪法〟…〝負の術理〟、〝意思の魔術〟だ…やはり、推測通り彼女の由来は〝負の感情〟…〝妬み〟からの〝誕生〟だね」


私は己の腕を巻き付き、絡み付き、圧し折る…〝存在しない蛇の締め付け〟を受けながら、隣の女性に淡々と指示を出す。


「ささ、今回の調査はコレで終わりだよ…急いで離れ給え、本格的にアレが〝呪詛〟を謳う前にね…私が預けた〝羽〟は万能ではないのだから」

「しかし――」

「〝役に立たない〟から帰れと言ってるんだよ君…無駄死にしたいなら残ると良い」

「ッ……すみません」

「構わないさ」


私は彼女を叱責し、彼女の姿を霧で覆い隠す……少なくとも彼女の離脱は問題無い……さて。


「――どうかしたかね〝黒縄妬蛇〟…随分と静かだが?」

「……貴様、人間か?…否、腕を圧し折られて叫ばぬ人間は折らぬ、我が呪詛を理解して絶望せぬ人間は居らぬ…貴様、まさか〝同類〟か?」

「ハッハッハッ…いやいや、私は〝人間〟だよ、ほんのちょっぴり人じゃないだけのね?…君何かと一緒にするなよ〝蛇畜生〟め」


そう言い、眼の前の少女を模した〝ナニカ〟を観察する…頭蓋を吹き飛ばした程度では死なず…ソレは不思議でも無い、妖魔と動物、人と人外では似通った形でも弱点は異なる物だからだ…それはさておき彼女は〝かなり強い〟ね。


「〝対人間〟に滅法強い〝呪術〟を使うとは、相当の知恵者で有り、悪辣だねぇ…それに、狡い技術の扱い方も心得ている様で大変〝面倒臭い〟」


先程の物もそうだ…敢えて自らの存在を〝見せ〟…〝攻撃〟させる事で己の〝苦痛〟、〝恨み〟を術に組み込んだ…〝攻撃者〟を呪い殺す〝受けの呪術〟…一足遅ければ彼女は死んでいたろう事は一目瞭然だ。


「まぁ良い…仕事は仕事、文句は言いつつも与えられたノルマ程度には熟すとしよう……差し当たっては、そうだねぇ……」

「ッ!?」


――ヒュイッ――


「〝君への有効打〟を調べるとしよう」


――スパァンッ――


私は言葉と同時に、視界に移る少女の首に指で横に線を引く…その瞬間、私の視界の内で少女の首が跳ね飛ばされる。


「カァ…ッ……!?」

「まだまだ」


少女の驚きに満ちた顔を更に切り刻み、四肢も胴部も細かく切り刻む。


「ガァァァッ!?…痛い痛い痛い痛いッ!?」

「ほぉ、痛覚は有るのか…そして斬撃は弱点とは言えなくも有効、反面――」

「ッ――〝死ね〟!」


しかし、その行為は彼女に幾らかのダメージを与えると共に、火に油を注ぐ様な〝結果〟と成る。


――ギュゴッ、ゴリゴリゴリゴリッ――

――ベキベキベキッ――


「――カハッ…やはり呪術を相手に〝ただの攻撃〟は無意味か…」


彼女の憤怒憎悪の籠もった叫びに呼応して、私の腕を這い回る〝呪詛〟はその侵食を肩へ、胴へと拡げてゆく…締め上げられる肉が捻じれ、骨が折れ、臓腑へ突き刺さる…とても痛いが…しかし。


「――〝悪魔に呪詛〟で挑むのは無謀だな、黒蛇君?」


私は己の身から〝瘴気〟を噴出させ、身体に巻き付いた呪詛の〝蛇〟を呪い殺す。


――ベキベキベキッ――

――ゴリゴリゴリッ――


「――さて、続けよう」


そして、眼の前で少女とは思えない程顔を憎悪に歪めた少女へ、私は調査(解剖)を再開した。

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