異端の黒猫:邂逅
「――そう焦らない、ゆっくりとで良い…ゆっくりと〝組み上げ〟るんだ」
「ヌヌヌヌヌゥ…!」
(何この術式!…こんなの一個人の頭で作れるかー!?)
私はそう言い、脳裏に滲み出す〝幻影〟の通りに作る…作るんだけど…。
――パキンッ――
――パキンッ――
――パキンパキンパキンッ――
出・来・る・かァ!!!!…無理無理無理ッ、そもそもコレ構築じゃ無くて投影して作る物でしょ!?…術式を書いた物に魔力を流すのじゃ駄目だったの!?…。
「――駄目だとも、確かに、使い魔召喚の術式を自らの手で構築する者は少ない、多くが媒体を用いて簡易的な術式と共に召喚を行う…だがソレは〝使い魔〟を軽く見る行為では無いかね?」
「ッ……でも」
「でも、だってでは無い…コレは、即物的、合理的…いいや、ある種の〝ゲーム〟的な思考だよ、だがこの世は皆が思う程現実的じゃない、〝目に見えないだけ〟で其処には確かに、各々が形成する〝ステータス〟が有る」
私の言葉に付随する様に、師匠は…先生は語る…師匠は何時も小難しい話をする…ソレを理解した時、自分は更に一歩成長出来ると知っている分厄介だ。
「目に見えないだけで〝売買〟と言う工程を経る、〝労働〟と言う〝依頼〟を熟し〝金銭〟を得る、〝愛〟を育み、〝生命〟を育て〝エンディング〟を迎える…コレは本筋とは関係無い部位だ、此処までにしよう…兎も角だ、今回必要な部位は〝好感度〟と言うステータスだ、君は15歳前後だろうが、恋愛ゲームの一つや二つした事有るだろう?…それと同じだ♪」
先生はそう言い、1枚の紙切れを見せる…さっき脳裏に描いた物と、同じ物を。
「単純な事さ…想像して見て欲しい…例えば、漠然とでは在るが、偶然で在るが、己の血汗の努力で呼び掛けてくれた存在と、ただ与えられた物を与えられた用量で、欲望的に呼び掛けてくる存在…君ならば何方を選びたい…何方に〝運命〟を見出す?」
「ッ…それは、まぁ…前者…だけど…」
「それが答えさ、使い魔だって〝意思〟が有る、〝感情〟を有し、〝歪められない拘り〟が有る…量産品で満足出来る者達ならば良いだろう、だがそんな物で満足出来ない者は、決して〝コレ〟には応えない…」
師匠はそう言い、その紙切れを燃やす、その灰を風に拐わせながら、私を見る。
「君は確かにこの手の〝精密操作〟は苦手だろうが…しかし、それでも成し遂げられない事は無い…私は君に構築式の写しを見せてやるがそれだけだ…それ以外は〝教えない〟…使い魔契約に必要なのは〝理屈〟よりも〝感情〟だ…飽く迄も比重的な話だがね」
――トンッ――
「ッ…」
「さぁ、〝もう一度〟……先ずは頭を空にしよう、馬鹿になると言う意味では無い、所謂所の〝明鏡止水〟、〝無我の境地〟、〝悟り〟…汎ゆる意識的な欲を排斥し、〝無意識〟のみを残す事…息を深く吸い、吐いて…数度繰り返し、〝暗闇に慣れろ〟」
その言葉に習い、私は言われた通りに心を落ち着かせる…何度か繰り返しながら…少し時間は掛かったけど、大丈夫…ちゃんと〝出来た〟…。
「宜しい……次に本題の構築だ…コレを難しく捉える事は無い…要素を分解し、〝当て嵌めていけば良い〟……先ずは〝円〟…円環、循環、完全な〝無限〟を象徴する全ての〝始まり〟を…」
――ジジジジジッ――
「次に中身…〝肉を持たぬ獣〟、〝夢に生まれし獣〟、〝謳われ崇められし獣〟、〝求められぬ獣〟…即ち四の獣、形は問わない、猫で在れ、犬で在れ、〝無形〟ですら間違いでは無い…君が思う〝四の獣〟を描きなさい」
そして、私はその姿を綴る……それは猫の様で犬の様な、竜の様で蜥蜴の様な、豚の様で猪の様な、人の様で猿の様な…兎も角〝抽象的〟と言える姿。
「拙くも良く〝出来ている〟よ……次に、召喚を機能させる〝魔術言語〟…〝■■■■〟、〝■■■■〟、〝■■■■〟………何だ、やはりやれば出来るじゃないか♪」
その嬉しそうな、楽しそうな言葉がこそばゆい……自分でも驚きは隠せない、さっきまで難しくて仕方が無かったこの〝術〟が途端に靴紐を解くよりも簡単に感じるのだから。
「コレで〝完成〟…少なくとも〝陣は〟…だ、此処に足りないのは後一つ……それは、君の〝想い〟…君が、君の運命を共にする相方を呼ぶ事…それで〝真に完成する〟」
そう言うと、師匠はその手を離し…離れながら私へ歌うよう催促する…歌うとは、きっと歌をと言う意味では無いと分かる…つまりは〝詠唱〟として呼び掛けろと言う事なのだろう……でも。
――その必要は無い――
私の相方は、きっと私の声だけを望んでいる…私の〝呼び掛け〟を。
「――…〝来て?〟」
その瞬間、その召喚陣は私の視界の闇すら覆い尽くす程の閃光を放ち、視界を白に染め上げる…そして。
「『全く……何処ぞの物好きが私を呼ぶかと思って見れば、こんな童とは…挙げ句には何の祝詞も、招来の呼び掛けもなく〝来て〟だけとは…お前本当に魔術師か?』」
私はその視界の先に〝影〟を見た。
●○●○●○
異端、異質……世の魔術師が彼女を評価するのにはたった二文字、二つの言葉だけで事足りる事だろう。
それは正しく、そして愚かと言える…彼女はそんな単純な言葉だけで言い表せる存在では無い…。
凡そ魔術師として必要な能力はその殆ど…〝肉体強化〟と言う能力以外はその殆どが他の魔術師以下だ…出来ぬ訳では無いが恐ろしく〝難易度が高い〟…だが。
彼女は〝異端〟…そう、その〝異端〟と言う因果こそが…彼女の最大の〝資質〟…〝才能〟と言う奴なのだろう。
彼女の召喚に応じ、ソレに応じ現れたのは……〝一匹の黒猫〟だった…。
〝不吉〟、〝不幸〟、〝厄災の前触れ〟…様々な忌を着せられ、そして尤も〝想像されやすい魔女の従僕〟…私はソレを見た時、〝驚愕〟した…いや、〝感動〟した?…違う、恐怖?憤怒?呆然?困惑?…違う、違う違う違う…今浮かべるどの感情も、表現も正確では無い。
「『しかし、愉快よな…まさか、こうして〝同類〟と出会えるとは…つくづく愚かで、馬鹿馬鹿しく、同仕様もない〝人で無し〟よ♪』」
「〝人で無し〟ね……成る程、確かに」
その黒猫を見た瞬間、私はその存在が何で有ったのかを理解し、同時に己の内に燻るソレが何で有るかを理解した。
私は…〝既視感〟を覚えたのだ。
この黒猫…〝人から魔へ堕ちた〟…堕とされたのでは無い、自ら進んで〝堕ち〟…そして一切の後悔を持たない…己と同じ〝人で無し〟の〝異端〟に。
「『うむ、人世を離れ幾星霜…随分と世界は変わった様じゃ…一度訣別した物が再び戻るとはのう…愉快であり、途轍もなく興味を唆られるの♪』」




